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開発の点描【一次選考通過作】
「誠 ビジネスショートショート大賞」事務局通信
開発の点描【一次選考通過作】
ビジネスをテーマとした短編小説のコンテスト「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」(Business Media 誠主催)。ここではコンテストに関するお知らせや、一次選考を通過した作品を順次掲載していきます。
当社、医用画像機器開発部の歴史からエピソードを3つ選んでお届けする。
まず、開発初期の話。今から30余年前のことである。
『第1話:いのち、見えますか?』
川口一朗は、東京は練馬区のある産婦人科病院に会社のライトバンで向かって
いた。
彼の開発する医用画像装置は、山科電機の創業以来初の医療機器であった。山科電機創業者の山科壮助は「人の命に関わるものは手掛けるな」というポリシーを持っていたが、人体に作用する治療用ではなく、診断のみの安全なものということで、事業場長をはじめとする幹部が山科に直訴し、特例として開発を許可してもらっていた。試作一号機が一週間前に完成し、安全性試験もクリアしたので、ついに病院での治験となったのである。
ちょうど彼が病院に向かっていた、その頃。
病院に救急車で妊婦さんが運ばれてきていた。庭の草むしりをしていたところ急にお腹が痛くなり、出血したとのことであった。
「切迫流産だね」、診察した院長が言う。
お腹の中の胎児が生きているかを調べるには、トラウベと呼ばれる木でできた聴診器のようなものが昔から使われており、妊婦さんのお腹にあてて胎児の心音を聞くが、妊娠初期の場合は心音が小さく、聞こえないので、確かめようがない。このときも心音は不明であり、それを告げられた妊婦さんは不安と困惑でぼうっとした様子であった。
「そういえば、今日は山科電機さんがくる日だったな」、院長は思いだし、妊婦さんに呼びかけた。
「ちょうど今日、山科電機さんが新しい器械を持ってくるんですよ。その器械で診ればわかるかもしれませんので、少々、待ってもらえませんか」
妊婦さんは、コクコクと小さくうなずいた。
そこへ、川口が到着した。いきなり玄関先で院長と立ち話となる。
「お願いがある。緊急の患者さんがいるんだ」、事情を説明されて川口は緊張した。
「わかりました。すぐに準備します」、
川口は器械の梱包を解き、配線を接続、電源を投入した。装置の状況を素早くチェックする。
「先生、セッティングが終わりました。センサーを当てればすぐに診れます」
念のため川口は衝立の後ろに待機することになった。
看護婦さんに押された車椅子に乗った妊婦さんがあらわれた。
「ようし、では診てみよう」、妊婦さんが緊張した顔で大きく息を吐いた。
衝立の後ろの川口も緊張し、両手の指を組み合わせて固く握った。
「見える見える」、普段は冷静な院長が上ずった声を出した。
「心臓が動いている」、装置の画面には胎児の心臓が小刻みに拍動しているのが映っていた。
「よかったね、赤ちゃんは大丈夫ですよ」、院長の言葉に、妊婦さんは泣きながらこう言った。
「ありがとうございます。山科電機さんは、、、、本当に良い器械を作ってくれました」
衝立の影で川口も思わずもらい泣きをし、ワイシャツの袖で涙を拭った。
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というのが開発初期のエピソードである。筆者はこの話を入社当時に聞かされ、大いにモチベーションを上げた記憶がある。
しかし、あとでわかったことだが、この時期にはすでに他社から同様な装置が開発されていた。まだ、普及率が低かったので、この病院には、導入されていなかったということである。
というわけで、プロジェクトなんとかもびっくりというほどの話では、実はなかったのである。ちょっと残念かもしれない。
『第2話:若気の至り』
「おお、ついに完成だぞ」、
入社七年目の青井智が感激の声を上げた。
前の話から五年後のことである。
診断機事業は順調に軌道に乗り、オランダのナール社を販売チャネルとしてOEM(相手先ブランドによる販売)供給されていた。
青井はメンバー二人とともに、新しい装置の開発を行なっていた。彼らが手がけていたのは山科電機初の持ち運び可能な医用画像装置であり、早期の立ち上げが望まれていたが、進捗は思わしくない状況が続いていた。一因には青井をはじめとするメンバー全員が若く、経験が不足していたことがある。
電子回路を搭載する基板の設計にも失敗が多かった。
基板は絶縁板の上に銅箔でレイアウトされたパターンにより、部品間の配線を行なうものだが、そのパターンのあちこちが切られ、電線で別のパターンが形成されるという、いわゆる「切った貼った」の状態になっていた。見映えより動作を第一優先した結果である。
また、基板間や、基板と電源、基板とセンサーをつなぐ配線にもミスが多発しており、本来あったはずの配線は切られ、別の配線につなぎ変えられ、絶縁のためのテープがあちこちにグルグルと巻かれているなど、原型を留めない状況を呈していた。
しかし、ついに彼らは、まともに動作する装置を完成させることができたのである。
開発中に付着した手垢や汗などでなんとなく薄汚れた筐体(ケース)を洗浄剤で布拭する、という最後の仕上げを終えた装置を社内の梱包課に送り届け、彼らのミッションは終了した。
装置は航空便でオランダのナール社に一週間後に届くことになっていた。
とりあえず青井らは、ドキュメントの整備などの残された業務をのんびりとこなしながら、ナール社からの反応を待った。
しばらくして、ヤール社からFAXが届いた(当時はまだメールがなかったのである)。
FAXには、こう書いてあった。
「Do not send garbage.」(ゴミを送るな)
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ウソのような話だが、実際にあったらしい。ナール社のスタッフも中を開け、くんずほぐれつの配線を見て、さぞかしびっくりしたことと思われる。
経験値が足りないとどうしてもカットアンドトライになってしまう。見通しが利かないので手探り状態でシステムを組み上げていくわけである。
あちらを立てればこちらが立たずというようなシステムの破綻もしばしば起こり、その都度、場当たり的に対処していくため、日程も遅れがちとなる。
ところで、この「切った貼った」であるが、最近はあまり見かけなくなった。理由のひとつには部品の物理的なサイズが小さくなり、「切った貼った」が非常に難しくなったことが挙げられる。
また、部品が高機能で専用化してきており、今まで複数の部品を組み合わせなければできなかった機能が1つの部品で実現できてしまうようになっている。性能も出やすくなっており「切った貼った」の余地がなくなってきている。
こういった部品を使うことで、装置はより小さく、より高性能に、より多機能に、より省エネに、そして市場への投入時期を早くすることが可能になる。
しかし、当社がそうなったということは、他社も同じことができるようになるわけであり、かくして現場の開発設計者の苦難は続いていく。
『第3話:Great!』
事業はさらに順調に推移し、内臓などの形のほか、血液の流れも検出できる装置が開発された。この血液の流れを見る装置を開発していたのが三ノ宮淳司と彼のプロジェクトメンバーである。
ひととおりのプロセスを経て、とりあえず装置は完成した。しかしながら装置はできたとはいえ、問題を抱えていた。
感度が足りないのである。血液の流れが、うっすらとしか表示されない。いろいろと策を講じてみるのだが、感度の改善は進まなかった。
そうこうしているうちに、OEM先のヤール社から連絡があった。「とりあえず」でも、できたのなら見たいので来社するという。
三ノ宮本人は断るつもりでいたのだが、約束した期日も過ぎている上に、ヤール社のセールス部門からの強い要請もあり、山科電機上層部の判断でヤール社の来日が決まった。
困った三ノ宮は、一計を案じることにした。
デモの当日のことである。山科電機の来客用会議室でヤール社のメンバーを迎えたあと、デモの前に、三ノ宮は「Just a moment, Please.」と言い、廊下に出た。
左右を見回して誰もいないことを確かめた三ノ宮は、床に手をつくと、おもむろに腕立て伏せを始めた。少しでも血液の流れを速く、多くして、感度が高いように見せようという魂胆である。
二十回ほど腕立て伏せをすると、何事もなかったように立ち上がり、両手をはらうと会議室のドアを開けた。
「Ok. Let's start.」 三ノ宮は言い、自分の首にセンサーを当て、デモを始めた。
腕立て伏せの効果か、そこそこの感度で血液の流れが表示され、見ていたヤール社のメンバーからは「Great!」という声が飛び、拍手があがった。
「Thank you, Sir.」 三ノ宮は、ニヤッと笑って応えた。
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血流を速くする方法として、腕立て伏せを選んだところがミソであろう。走ってきたのでは息が切れてしまうと思われる。
のちに筆者もヤール社の前で同じようなデモをやったことがある。この時には既に感度の問題は解決されていたが、外国人の前でデモをするという緊張のあまり、脈がとても速くなっていて(リアルタイムに表示される)、皆に大笑いされた。
医用機器の開発は、身体との距離が近いゆえに、悲喜こもごものエピソードがつきもののようである。また、そこが医用機器開発の醍醐味と言えるかもしれない。
(投稿者:鳴見砦)
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【事務局より】「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」の一次選考通過作品を原文のまま掲載しています。大賞や各審査員賞の発表は2012年10月17日のビジネステレビ誠で行いました。