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曇り空の日本から【一次選考通過作】

曇り空の日本から【一次選考通過作】

「誠 ビジネスショートショート大賞」事務局

ビジネスをテーマとした短編小説のコンテスト「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」(Business Media 誠主催)。ここではコンテストに関するお知らせや、一次選考を通過した作品を順次掲載していきます。


 一体、自分は何なんだろう?

 こんな感じで人生を終えてしまうのだろうか?確かに仕事はそれなりのものをやっているが自分自身はほんの一部をやっているだけであり、まさしく部品の1つという感じだ。確かにそれは重要な部品であり、欠けることは大問題なのだが、そのために自分の人生を捧げることが出来るのか?と言われるとそれはノーだ。日本人の友人たちはそれが普通だと言う。趣味を見つけて人生を楽しんだ方がいいのだろうか?しかし、自分自身何かこれではいけないという思いが心の奥底から聞こえてくるように何とも言えない違和感を感じていた。一体自分は何をしに日本に来たんだっけ?ときどきそんなことを考えるようになっていた。

  そんなことを考えるようになったからなのだろうか、最近は家の近くの公園を散歩しながら物思いにふけるようになっていた。そんなある週末。いつものように公園内を散歩していたとき、すれ違いざまに聞いた一言によってその日だけは違う場所へ足を向けることにした。なぜそうしたのかは分からないが、素直に行ってみようと思ったのだ。

  「公園の近くにさ、結構大きな池があるんだって。池の周りに遊歩道があって人も少ないから散歩にはいいよ。結構分かりにくい場所にあるんだけどね。」

  その池がどこにあるのかは、学生時代から5年も住んでいるにも関わらず知らなかった。とりあえず、適当に歩いていればつくだろうと思ったので、方向を変え歩き始めたが、その池はあまりにも簡単に見つかってしまった。分かりにくいと言ったあの人の言葉の意味が分からなかったのと同時に、5年以上なぜ気付かなかったのだろうと不思議に思った。池には確かに周囲に遊歩道があり、人が全くいなかった。そして、何か懐かしい感じもした。少し休憩を取ろうと歩道沿いのベンチに腰かけてボーっと池を見ていた時だった。

  突然、目の前の池が故郷中国に住んでいた近所にあった池と重なり始めた。今ここが中国かのような錯覚に陥った。そのベンチからの風景があまりにも故郷の風景と似ていたのである。そして、池のそばに誰かの人影を想像せずにはいられなかった。それは、父親だ。そしてあの言葉を思い出した。

  『人の心に多くを残す人物であってほしい。だから、人へ何かを与えられる人になってほしい。』

  1千万人以上もの死者を出したと言われる文化大革命を乗り越えた父親は、自分の力で道を切り開いてきた人だ。いつの時代よりも苦労してきた人。そんな中でも育ててくれた最も尊敬している人物である。父親は人一倍苦労したせいか、息子には苦労をさせたくはないと思う一方で、強く生きて欲しいとも語っていたように感じる。これは、その時の言葉だった。

  父は何を言いたかったのだろうか?人の心に何かを残すとはいったいどういう意味だろうか?
しかし、昔その言葉を聞いた時、何かを感じたのは事実だった。自分をどこまでも突き動かす何か凄まじいエネルギーを自分の中に感じたのだ。それは、人生の全てをかけてでも実現するべきことのような強いエネルギーで満たされ、そして自分自身を突き動かした。雷に打たれたように自分の体中を駆け巡った。

  そう。私は得体のしれない大きな流れの中で生きることに疲れたのだ。何か物足りない、何か満たされないと感じていた原因はきっと父からもらったこの言葉にある。父親がどんな思いでこの言葉を発したのかは分からないが、この言葉は私の中心に間違いなく存在している。この言葉を聞いた瞬間からずっと私の心の中にずっと長い期間眠り続けていたのだ。そしてその言葉がすでに言葉としてではなく概念として私の中に広がりつつある。この言葉はすでに言葉ではなく、私の本質と言ってもいいほど私を構成する中心的役割を担っているのだ。

  「もう今の会社にはいられないな」

  私は明日、会社に辞表を提出することを決めた。迷いは全くない。あるはずがない。他に選択肢はあり得ない。小さく波打つ池の水面を見つめながらそう決意した。自分でも驚くべき変化であった。でも、人間が決意するときなんてそんなものだろうとも経験上思っていた。とにかく自分は限界だった。

  日本に来たのはもう7年前である。中国の大学を卒業して日本の物づくりのレベルの高さに驚き、日本に対する強い憧れをもち日本の大学への入学を決意した。大学卒業時には、日本語は全く喋れなかったため、とりあえず来日して2年間日本語学校に通い、日本では一流大学の1つと言われる大学に入学し経営学を学んだ。もともと、将来会社を起こしたいと考えていたためだ。ただ、その頃は何のビジネスをしたいのかなんて全く分かっていなかった。日本での生活はそれなりに刺激があり素晴らしい仲間にも恵まれて充実した学生生活であった。そして、日本の流れに乗って就職活動を3年時に開始してメーカーに入社することが出来た。ここまでは本当にいわゆる普通の大学生であり、これといった特徴もなく何となく時間が経過し、気づいた時には日本人とほとんど同じような生活をしていた。会社では、海外営業を担当し言われた仕事を淡々とこなし、夜は飲みニケーションで会社の愚痴を言う日本のサラリーマンだった。自分自身、何かが違うことは分かっていた。でも、それが何なのか分からなかった。だから、ずるずると日本の生活を送り始めていた。みんなと同じように何か物足りなさを感じてはいただけだった。

  でも、それでも日本の社会はとても暮らしやすく大好きであることに間違いはなかった。衣食住の生活品質が高く色んなことが便利で、しかも安全に暮らせる日本は本当に居心地が良く世界を見渡してもこんな国はそうないと感じていた。

  しかし、それが本当にやりたいことから遠ざけていたのかもしれないとも思う。もしかしたら、その満足感こそが自分の中にある飢餓感というか達成したいという想いを弱めて思い出すこともないほど奥深くまで追いやってしまったのかもしれない。中国に行くたびに心のどこかで疼いた何かも日本に戻ればいつも通りの生活に戻ってしまっていたのはそのせいかもしれない。

  朝、出勤してまっすぐ上司を会議室へ呼んだ。

  「大変申し訳ございませんが、会社を辞めさせて下さい。決して、会社に不満があるわけではありません。原因は私にあります。」

  とにかく驚かれた。そりゃそうだ。昨日までは自分でも仕事を何となく長く続けようと思っていたのだから。上司が驚くのも当然だった。そして、あり難くも引き留めて頂いた時にはとてもうれしかった。何より今まで自分がやってきたことは決して間違いではなく、彼ら彼女らの心の中に何かしら残せたことがうれしかった。退職は1ヶ月後になり、その間引き継ぎや挨拶などをして回った。
職場のみんなは口々に残念だと言ってくれ、多くの送別会も開いてくれた。人間というものは不思議だなと思う。あんなに今の環境では自分のやりたいことが出来ていないと感じたのにみんなの心の中に自分がいる事を知ったとたんに今の環境でもいいのかもしれないと感じる。実は、あの池の前で感じたのは間違いではなかったのかとさえ思えた。きっと、人によってはここに残る決断をする人もいるだろうなと今更ながらに感じた。誰かの心の中に自分が間違いなくいて、その人たちのために何かすることが出来ることは何て素晴らしいことだろうと思った。人生に苦しみはつきもとだと考えればこの場所がこの環境が自分にとって最も良い場所だと考える人がいてもおかしくはない。それくらい素晴らしい職場だった。

  しかし、自分にはその安定がつまらなく思えたのも事実だ。自分の人生を終えようとしたときこの安定の中で過ごした毎日を誇れるだろうかという疑問があった。何となくこんな感じだろう。他の人も殆どがこんな人生だと自分を納得させることは十分に出来ると思えたが、しかし、結局は自分の人生に言い訳しているだけとしか思えなかった。たった一度の人生なのだから、他人がどうだとかは関係ない。自分がどうかだと思った。人が幸せを感じる時は、人と同じであることを感じた時ではない。答えは自分の中にしかない。

  世の中は常に変化している。この職場だって必ず数年後には違う場所に変わっているのだ。そう考えれば今の安定にしがみつく意味を感じなかった。この職場が結局はいまのままではいられないのであれば、変化を待つのではなく、変化したいと思った。

  また、日本は自分を押し殺して他の人を立てることに美意識を持っている民族である。もちろん、自分を押し殺すことは組織を維持していくためには絶対に必要なものだし、そんな日本は素晴らしいと思う。そうして、自分を押し殺し、安心感を得ているのだ。

  しかし、それらは与えられた、作られた、既に用意されたものに従順にしたがっているに過ぎない。教え込まれた生き方を生きているだけだ。そこには自分は存在しない。結局、一人一人は組織のために存在するのであって、個人のために存在するのではない。この個人よりも組織を大切にするのが日本人なのだ。この出来上がった完成された、成熟した、共通した生き方こそが新しいものを生み出せず、ジリ貧していく経済の最たる原因だとも感じている。日本人を見ていると、結局は何にも立ち向かっているわけではなく、懸命に現状維持をしているだけのように感じる。

  私は己の存在を否定せずして、さらなる高いステージへと到達するのは不可能だと思っている。これは中国人だからこそ認識できる部分なのかもしれない。この日本という素晴らしい一面を持つ国がさらにグレードアップしていくためには、今のこの状態を否定することが大切なのだと思う。そのために、私が少しでも役に立てることがあるのではないかと思うようになっていた。中国人だからこそ日本で出来ることがあると思った。そして、それを実現させるためにはサラリーマンはあり得なかった。

  退社まであと1週間とせまった週末。とりあえず中国人が日本で企業するときに支援してくれる会社がセミナーを開催しているというので参加することにした。特にこれといったビジネスを思いついていない状態ではあるが、とにかく行動しなければと考えた。セミナーは大繁盛だった。こんなにも日本で起業したいと思う中国人がいるのかととても驚いた。自分も負けてはいられない。なにしろ、ここで失敗したら無一文で中国にさえ帰るお金もなくなってしまうかもしれないのだから。

  セミナーの講師は、日本で実際に起業した経験のある中国人だった。今では、立ち上げたビジネスは他社に売ってこの講師だけをやっているそうだ。そして、彼の言葉にここまで感動するとは思っていなかった。

  「日本での起業は中国同様に厳しい。悪いことを言わない。絶対にやめておいた方がいい。もし、少しでも怖いとか大丈夫かな?っと不安に思っている人がこの中にいるのであれば心を込めて言わせてもらいたい。絶対にやめた方がいい。もしかすると死ぬかもしれない。友人も家族も誰もかもあなたの周りからいなくなるかもしれない。今の仕事を続けていればある程度の幸せは手に入れることは出来る。特に日本はそうだ。そう思う人は、今すぐにこの席を立ち、会社に行き家族と共に幸せな毎日を送るべきだ。それでもなお、起業への気持ちがおさまらないのであればこのままこの席に座っていて欲しい。」

  もちろん、そのまま座り続けた。ぬるま湯に浸かってふやけてしまう事の方がよっぽど恐ろしかったからだ。やるしかないのだ。しかし、数人は会場を出て行った。講師は続けた。「今出て行った彼らはとても懸命だ。実に賢い。そして、ここまで来た彼らの強い気持ちがあれば絶対に幸せになれるだろう。しかし、今ここに座っている人間はある意味バカだ。しかし、君たちは勇敢な人間でもある。そして、何かを変える可能性があるのはあなた方だけだ。」

  幸せの形は人それぞれだ。この起業という形は多くの幸せの形のほんの一つでしかない。そして、この起業という形は多くの不幸も生み出す可能性もある、そういう生き方の一つなのだ。

  「日本で起業するにしても、中国で起業するにしても、共通したものがある。それは、人の心を満たせるかどうかだ。これを満たせないのであれば日本でも中国でもその他の国でも絶対に失敗する。100人会社を立ち上げたとすれば、90人以上の人が失敗する。そして、命まで失うこともある。彼らが足りなかったのは、人の心が分からなかったか、もしくは、どうすれば心を満たせるのかが分からなかったかのどちらかだ。会社経営も結局は、人間づきあいのようなものだ。誰かの心をあなたの魅力だけでどれだけ多くのことを満たすことが出来るのか。多くの人の心の中にあなたの存在があるのであれば、多くの人が助けてくれ、そして協力してくれ、あなたを求めてくれる。同じように、会社経営でもあなたが提供する製品・サービスが人々の心の中にどれだけ多くの領域を占めることが出来るかどうかであなたの会社の運命が決まる。会社経営というのは誰の心をどのように満たすのかという具体的な方法が大切なのだ。」

  自分は間違っていなかったと確信した。この言葉を聞いた瞬間、再び心の奥底からエネルギーが溢れだすのを感じ、このエネルギーを何とかしてすぐにでも何かに向かって使いたいというとても強い感情をとても熱く感じた。今、こうして座っているだけのためにこのエネルギーを浪費することが何とも耐えがたかった。

  出社最終日。社員証と名刺を返却した瞬間は、まるで自分自身を捨てたかのような感じがした。
 これからまさに自分自身との戦いが始まるのだ。私は日本人ではない。日本で生きていく覚悟ではあるが中国人である。中国人が日本で生きるとは、日本人になることではなく、最後まで中国人として生きるということであると思っている。中国人でいるからこそ、日本人にはない部分を補える。日本人化してしまえば中国語のしゃべれる日本人と何ら変わりはない。中国人であることを活かさなければ日本では生きてはいけない。そして、父親とともに私はこれからも生きていく。いつか必ず自分が成長した姿を見せに父親に会いに行こうと心に誓った。

  会社を出ると、今までの人生を思い出した。生まれてからのこと小学校・中学校・高校・大学・社会人そんなことを思い出しながら、また新しい旅が始まることを実感した。見上げた空は今までと全く違う空だった。

(投稿者:赤沼悠介

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【事務局より】この作品は「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」の一次選考で当初、基準に達していなかったため落選していたのですが、最終選考前に改めて審査員の間で協議した結果、テーマの重要性からぜひ紹介したい作品であるということで、追加で一次選考通過となりました。大賞や各審査員賞の発表は2012年10月17日のビジネステレビ誠で行いました。