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なぜ経験の少ない若者ほどサービスを立ち上げたがるのか

なぜ経験の少ない若者ほどサービスを立ち上げたがるのか

島田 徹

株式会社プラムザ 代表取締役社長。システムコンサルタント。1998年に28歳で起業し、現在も現役のシステムエンジニア、コンサルトとして、ものづくりの第一線で活躍しつつ、開発現場のチームとそのリーダーのあり方を研究し続けている。

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これは、若者批判ではなく応援と捉えていただきたく。


■プログラマ志望の若者はたいていサービスを立ち上げたがっている

ここのところ何人か、20代前半から中盤の若者と会う機会が続きました。私はたいてい飲みに連れ出してしまうので、おっさんの長話にお付き合いいただいて、誠にご苦労様、ご愁傷様でございます。

また、プログラマーを志望して弊社に面接を受けにくる若者とも会っていまして、そういう人とは飲みには行ってないですが、まあ、平均して年間20人から30人くらいの若者と会っているでしょうか。

プログラマーを志望する彼らにだいたい共通して言えることは、「プログラムができるようになって、将来的には自分でサービスを立ち上げたい」というところです。

好きです。

面接などで、そういうことを言われると、たいてい「やってごらん」「応援するよ」と言います。直近で採用した社員にも確かそう言った覚えがありますね。後述のような理由で、これは半分本気であり、半分ウソ気ですが。

で、多くの場合、彼らは、サービスを立ち上げた後は、うまくIPOして創業者利得で大金持ちになりたいとかは言いません。

まあ、そんなことを言えば、「馬鹿だな、そんなのはほんの一握りの成功者だけだ」と一笑に付されるのを知っているからかも知れません。本当はそういう野望を持っているのであれば、それはそれでいいと思いますけどね。

表面上は、彼らは、生活に最低限必要となる、たとえば年収300万というような所得をも求めていなかったりします。

たいてい彼らは、何か自分の力でやってみて、社会に大きなインパクトを与えてみたいという動機を持っています。

「他の職業では腕一本で社会を変えるのはなかなか難しそうだが、それを可能にするのがプログラマーだ」

とプロファイルして、それを目指しているのでしょう。

「ははは、、」と笑いつつも、内心「困ったなあ」と思ってしまいます。


■サービスを立ち上げたがるのはなぜか?

いや、彼らの気持ちがわからないわけではないです。私も、もし今まだ20代前半だったら同じようなことを言っていた自信があります。

しかし、それは今の私が思えば、ちょっともったいない方向性だと思うのです。

なぜ彼らがサービスを立ち上げたいかと言うと、それは、彼らがまだ社会にコミットメントできていないからです。

コミットメントできている状態というのは、簡単に言うと、こういうことです。

居酒屋の個室席で友人知人たちが集まって飲んでいる。
   ↓
襖をがらっと開けて「ごめんね、遅れた」と申し訳なさそうに登場する。
   ↓
みないっせいに振り向き、
「おおー、来た来た!」「こっちこっち」と厚い歓待を受ける。

こういう状態です。

「忙しくて行けないかも」と言ってあって、無理やり都合をつけていくと、みんなもそれまでは「あいつはいつも忙しいから来れないよなー」と半分諦めていたのですが、遅れて来てくれたのを見るや「うぉー!!」と拍手喝さいを受ける。これがコミットメントMAXバージョンです。


学生や、プログラマー志望の若い人たちというのは、まだ、社会でそういう歓待をされた経験もないし、どこで飲み会が行われているのかもよく知りません。

だから、仕方なく、自分の知っている世界の中で、とりあえず歓待されそうな襖を開けてみたいと言っているのでしょう。インターネットを覗くとなんとなくそんな襖がたくさんあるように見えます。

ところが、襖を開けても、そこは誰もいない。あるいは、ものすごい広い部屋に5人くらいバラバラに座ってる。霧がかかっていて奥がよく見えない。人はいて盛り上がっているようだけど、イバラが敷き詰めてあって入っていけない。

通常、見つけやすい襖なんていうのは、そんなのばかりです。

実は襖は、インターネットで見つかる数の1兆倍くらいあるのですが、モニターの前にいる限り、それにはなかなか気づけません。


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■仕事でプログラムを書くこととサービスを立ち上げることは、本質的には同じ

昨日、誠ブロガーの生内氏と飲んでいたのですが、彼なんかは私から見ると社会に超コミットメントできているプログラマーです。

彼を「プログラマー」と表現すると、本人は「いや、僕はプログラマーではなくデザイナーです。表現のために必要にかられてプログラムをやっているだけです。」とか面倒なことを言うのですが、それはほっておきまして、とにかく彼のところには、引く手あまたで仕事が次々入ってきています。

忙しすぎて家庭不和に発展しているとかいないとか。

そのようにきっちり社会にコミットメントできていると、どんなに腕の立つプログラマーも「自分でサービスを立ち上げたい」という欲求がなくなってきます。

そして、大事なことは

「なんかオレ、枯れたなー。昔は自分でサービスを立ち上げたいとか思っていたのに...。」

などとは露とも思わない点です。


要は、サービスを立ち上げる目的を、仕事として社会から求められるプログラムを書くことで達成できてしまっているので、サービスを立ち上げること自体に意義を感じなくなってしまうのです。


いつまでも「サービスを立ち上げたい」ということにしがみついて、そればかり目指していると、ストイックな努力の積み重ねの割に社会へのコミットメントが得られずだんだんふてくされてきがちです。

それは精神的にもよろしくないですし、惜しすぎる社会的損失だと思います。

「職業でプログラムを書く...」などというと、なんかとても夢がないような気がすると思うのですが、そうでもないのです。

それによって、社会に貢献でき、いつでも飲み会に呼ばれる、いや呼ばれなくても行けば超喜ばれる立場になるというのは、とても夢のある幸せな生き方だと、私は思います。

今後のご参考になれば。