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「顧客視点に立て」などと簡単に言うな(1)
当ブログ「ビジネスライターという仕事」は、2015年4月6日から新しいURL「http://blogs.itmedia.co.jp/toppakoh/」 に移動しました。引き続きご愛読ください。
僕が何者なのかよくわからないという人が時々いますが、企業のPR用の文書を作成するライターが本業です。
といってもコピーライターではなく、ビジネスストーリーや導入事例などが専門です。
時々、IT関係の記事を書きますが、これは顧客企業のほとんど(現在ではすべて)がIT企業だからです。
一方で、自分軸発見支援というのもやっています。これは最終的には自己PRにつながるものです(自己PRというといやらしいので、いずれ改めて書きたい(こちらに書きました)と思っています。本当はもっと深いものを目指しています。今回はPR繋がりだと分かっていただければ十分です)。なので、生き方に関する記事を書くこともあります。時事的な記事を時々書くのも、この「生き方」と繋がっています。
そして、マーケティングや営業についても書いています。これは、PR用の文書を書くにあたって、この辺の知識が必須だからです。ライティングの技術だけでPR用の文書を書くと、あまりいい成果物は作れません。
ということで、僕の中では繋がりがあるのですが、こうして説明しないといけないのでは、あまりいいことではないのかもしれません・・・。
今回は、PRにおいて陥りがちな罠について書きます。本業ネタです。
「顧客視点に立てばいい」と簡単に言い放つ営業やマーケのコンサルタントがいますが、そんなことを簡単に言い放ってはいけない。このようなコンサルタントを僕は信用しません。
なぜならこんなに難しいことはないから。
例を挙げましょう。
先日、事例の注文をいただいた会社の担当者からこんな質問をいただきました。
「今まで自社で作っていた事例では、導入効果のチャートを入れていたのだが、森川さんの事例にはない。社内では入れた方がいいというのだが、どうだろうか」
導入効果のチャートとはどのようなものでしょうか。
たとえば「課題と効果」の一覧表を、事例の先頭の方に入れているページがよくありますが、こういうものです(「<IT企業名> 事例」で検索すればいくつも出てきます)。
実は、つい半年前ぐらいに僕もこの手のチャートを顧客に求められるまま作ってしまったことがあるので、冷や汗ものなのですが、でも書きます。
こういうものは原則として作ってはいけない。
なぜでしょうか?
導入効果を書いてはいけないということではないのです。
時系列に事例を書いていくと、最後のほうで、文章で導入効果を書くことになります。
これはかまわないのです。
何が違うのか?
それは、順序の問題なのです。
導入効果のチャートを作って先頭に置くこと自体が、顧客視点ではないということではありません。
それはそれで、読者の便宜を考えたのでしょう。その意味では顧客視点です。
一般に報告書などでは、最初に概要があり、それから詳細を説明するという形が喜ばれます。おおよそのことを頭に入れてから、詳しい説明を読むほうが頭に入りやすいからです。また、多忙な人はまず結論を知りたいというニーズもあるからです。
なので、PRではなく報告書であれば、導入効果のチャートを先頭にもってくることは、読者視点のいい文書ということになります。
しかし、PRや宣伝では、これはよくない。顧客視点とは言えません。
事例記事を店に例えましょう。
店に入ったら、いきなり店員が近づいてきて、「こちらを買われたお客様は、このように感想を述べておられました。他にもこのような良いところがあったと・・・」などとベラベラしゃべられたらあなたはどう思うでしょうか?
導入効果のチャートを作成したら、これは当然先頭に載せたくなります。提供者視点なら最初に強調したいところだし、読者の便宜という意味でも最初がベストです。
しかし、導入効果のチャートを先頭に載せることは、この店員の行為とまったく同じです。
普通はその店を出て行きたくなるでしょう。
事例を読む人も同じです。
いきなり"商品説明"を始められたら、そこで読み終わる人も多いはずです。
顧客のメリットについて書いてあるのが、どうして"商品説明"なの?と疑問に思った方もいるでしょう。
そう思った方は、すでに提供者のスタンスに立っています。
そして、それが普通のことなので、厄介なのです。
冷静に顧客の目で見てください(そうできればですけど)。
「これって、効果って書いてあるけれど、このシステム(あるいはソリューション)の特長だよね」
こう感じるはずです。つまるところ、商品の説明なのです。
ドンピシャの課題で悩んでいる人には響くかもしれません。しかし、事例の読者がそんなにピッタリ当てはまるということは少ないのです。
事例をWebにだけ載せて、そこからの問い合わせにだけ対応するということであれば、これでもよいかもしれません。しかし実際は、事例を印刷物にして、客先で説明するのに使うのが普通です。
Webからのプル型の問い合わせだけだと月に数件あるかないかだからです(そして、そのほとんどは資料を送ってくれというものです)。それではビジネスになりません。やはりプッシュしないといけない。
だとすると、営業マンが最初に"商品説明"をしてしまうような資料を作ること自体、大問題です(印刷物は導入効果のチャートを外すという手もありますが、たぶんそんなことはしていないでしょう)。
導入効果が"商品説明"であることは、一流のコンサルタントはみな知っています。
僕が、売れない営業マンをやっていたときに、ある外資系のコンサルファームとパートナーシップを組んでいました。
僕は、自分の扱っている製品がいかにすばらしいかを説明する資料を作りました。
その中には、導入効果の一覧表もありました。20社ぐらいのユーザー企業の導入効果をカテゴリ別に並べた、僕としては自信作でした。
そのときパートナーのマネージャに言われた一言が忘れられません。
「森川さん。もっとしみじみした事例がほしいんだよね」
外資系のいかにもインテリっぽいマネージャが「しみじみ」などという言葉を使う。まったく似合わなかったのですが、そのギャップもあって今でも忘れられないのです。
彼は、僕の作った資料が提供者視点の商品説明を束ねただけのものであることを、このように表現してくれたのです。
しかし、まだ経験の浅かった僕には意味が分かりませんでした。正直、彼の表現もちょっと深すぎたと思います。
結局、しみじみとした事例を書けないまま、売れない僕は会社を辞めたのでした。
「しみじみとした事例」とは「読者の心に響く事例」と言い換えてもいいでしょう。
そうすると、順序と書き方が圧倒的に重要になってきます。表面的な読者の便宜は二の次なのです。
その前に、もっと重要なことがありました。それは読者の想定です。
導入効果のチャートが有効な読者層が一つだけあります。それは大企業の経営幹部です。彼らに向けてであれば、このようなチャートを先頭に入れるのはいいことである可能性があります。彼らは忙しく、まず結論を求めるからです。
IT導入事例でいえば、読者層は大きく4つあります。システム部門の担当者、経営者、ユーザー、そしてベンダーのSEです。ベンダーのSEは自分の顧客への提案用にこの手の事例を探しています。あとの3つは説明不要でしょう。
そして、通常はシステム部門の担当者を読者として想定します。
実はこの辺があいまいで総花的な事例の制作を求められることがあります。これに対しては、僕は断固拒否しています。絞ってもらわないと書きようがないからです。絞らないで書いたものは必ず差し戻されますし。
長くなりました。回を分けます。
つづきはこちらです。