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メールの奴隷

メールの奴隷

吉岡 綾乃

Business Media 誠で編集長をしています。本ブログ&Twitterでは、Webメディアや紙メディア、ネットビジネス、携帯電話、非接触ICなどについての話題が中心になる予定。


もう10年以上前の話だが、今でもよく覚えていることがある。

1998年の暮れのことだ。当時パソコン雑誌の編集部にいた私は、ジャストシステムから翌年発売予定の「インターネットブーメラン」というソフトのベータ版をお借りして、ちょっとした興奮状態にあった。

インターネットブーメラン(今思い返しても面白い名前だ)とは、メール、ローカル文書、インターネット上のテキストなど、パソコンに取り込めるさまざまなテキストファイルをPCのハードディスクに取り込んでデータベース化するというもので、自分が知りたい言葉を自然文で入力すると必要な情報をピックアップしてくれる、個人向けソフトだった。例えば、

「前に聞いた便利そうな本、何ていうタイトルだったかな?確かセキュリティに関しての辞典ぽい参考書だったはず。Webサイトで見かけたのか、それともパソコン通信のログで見かけたのだったか......」

といった場合には「セキュリティに関するリファレンス本」などと入力すれば、PCに保存されたデータを検索して、類似性の高いものをずらっとリスト表示してくれるという感じである。当時の常識だとデータベースを作るときにあらかじめキーワードを振っておき、そのキーワードを対象に検索するのが普通だったので、自然文で検索できるのは新しかった。たしか音引きなどの表記の揺れにも対応していて、「セキュリティ」と「セキュリティー」、「リファレンス」と「レファレンス」などで迷わなくても、適当な自然文を入力するだけで検索できるという点が画期的に便利だ、と、当時の私は興奮したのだ。 

実際にベータ版を試してみると、結果は出てくるものの、期待していたほどの"情報ザクザク感"ではなく、自分の記憶&予測の範囲内でしか検索結果はでてこなかった。いや、インターネットブーメランに罪はない。ちゃんと自然文でPCのローカルテキストファイルをなめるように検索してくれるのだけれど、そもそものデータベースが貧弱すぎたのだ。

当時私のPCのローカルファイルにあったテキストといえば、インターネットのhtmlファイル(今よりも情報はとても少なく、ジャンルも偏っていた)や、ハードディスクに保存したライターさんの原稿、パソコン通信のログテキストくらい。そして当時の私は思ったのだ。「インターネットメールでみんなが仕事のやりとりをするようになったら、このデータベースはものすごく貴重なものになるんじゃないか。FAXや電話なんてやめて、みんなメールで仕事の連絡をするようにならないかな......」と。当時はまだまだインターネットメールの黎明期。たとえ深夜でも早朝でも、自分が好きな時間に送れば相手が都合の良いときに読んでくれる利便性もあいまって、当時の私は心から「インターネットメールの普及」を夢見て望んでいたのである。

 

 ●10年前に思い描いた通りになったけど

あれから10年。日本では本当にインターネットメールでのやりとりが当たり前になった。会えない場所にいる相手とのやりとりはもちろん、社内で直接会って話したことでさえ「念のため送ります」といって議事録がメールで送られてくる。プレスリリースも毎日メールで送られてくる。会議の招集も食事のお誘いもクレームも相談事も褒め言葉も悪口もみんなメールで送られてくるようになった。なったのに......

正直に告白すると、10年前に望んだ通りの未来がやってきたのに、今の私はメールが嫌いだ。というか、メールに負けて、埋もれている。1日200~300通送られてくるメールを読んで、返事を書いているだけで、ものすごい時間がかかる。下手をするとメール処理で一日が終わってしまう。メールの返事を放っておいて仕事をしている日は、みんなに「さっきメールしたのに!」と怒られて「まだ読んでません、ごめんなさい」と謝ってばかりいる。

自分の好みのメールクライアントでなく、会社指定のWebメールを使うようになってからは、効率が下がってますますメール処理に時間がかかるようになってしまった。インターネットメールが普及した結果、私は、本来道具であるはずのメールに使われる、ある意味"メールの奴隷"になってしまったのだ......。

 

● 電話もいいね、と最近は思う

最近私は、意識して電話をかけるようにしている。例えば人に会う予定を決めるときも、電話してパパッと話せば数分で話は決まる。「めんどくさいなあ」と思いながらメールを書いて返事を待つより、精神衛生上もいい。相手も忙しいからいないこともあるが、それはそれ。電話がだめならメールを書く。

上にも書いたが、自分の都合のよいときに送っておけば、相手も都合の良いときに読んでくれるメールは本当に便利だ。やりとりがログとして残るのも、特に仕事の場合は履歴をたどれてありがたい。メールの利便性に異議を唱えるつもりはないけれど、ブラウザを開いて未読のメールが何十通もあると、ゲンナリしてしまう自分の心もまた現実である。 

10年前に夢みた「テキスト情報を自然文で検索」は、今は日常的なことになった。ジャストシステムの技術ではないが、Google検索などではみなが利用していることだ。ローカルPCのハードディスクではなく、インターネット上にあるデータから検索結果を探してこられるようになるとは、当時は思っていなかったけれど。

私の熱い期待とは裏腹に、インターネットブーメランはあまり売れず、販売を終了してしまった。補足すると、個人向けソフトとしてのインターネットブーメランはもうないが、このソフトの技術は「ConceptBase」といい、法人向けソフトとしては現役で活躍中。企業の顧客サポート用システムや、企業サイトのFAQページなどに今も生かされている。→