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「東電の債権放棄要請に理はあるか?」~良かれと思ってやったら・・・国民負担?~

「東電の債権放棄要請に理はあるか?」~良かれと思ってやったら・・・国民負担?~

川瀬 太志

ハイアス・アンド・カンパニー取締役常務執行役員。都市銀行・大手経営コンサルティング会社・不動産事業会社取締役を経て現職に。住宅・不動産・金融の幅広い経験を元に、個人の資産形成支援事業を展開中。

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こんにちは!ハイアス&カンパニーの川瀬です。

東日本大震災により被害を受けられた皆さまには心よりお見舞い申し上げます。
今回は東京電力の債権放棄をめぐるやり取りについてです。

■「地獄への道は善意で敷き詰められている」

イギリスの有名なことわざに、
<The road to hell is paved with good intentions.>
「地獄への道は善意で敷き詰められている」

良かれと思ってやっていることが、結果的に悪い方向に向かうことがある、というのがあるそうです。

東京電力の債権放棄を銀行に迫っている枝野官房長官はまさにそんな状況ではないでしょうか。

<東電債権放棄問題、枝野官房長官なお強硬 金融界に反発広がる>
(2011年5月23日付 日本経済新聞)

『東京電力の損害賠償の政府支援に絡み、枝野幸男官房長官が金融機関の債権放棄を促す強硬姿勢を続けている。国民の理解を得るには銀行の債権放棄が政府支援の事実上の前提となるとの考えを改めて示した。(中略)公的資金を投入するなら金融機関にも自主的なけじめを求めるとの思いは強いとみられ、「債権放棄を『事実上の条件』とする長官の認識に変わりはない」と周辺は見ている。ただ、法的根拠の無い債権放棄に金融界の反発は強い。』

おそらく枝野官房長官の考えは、「東電支援に関して国民負担はさせられない」という「善意の考え」がスタートとなっているのでしょう。
そこで、「まずは東京電力がリストラするなりして上限なしに負担する。
それから銀行にも貸し手責任があるから負担をしてもらう。」となったと思います。
でもこれは完全に裏目に出ます。
こんなことをしたら、結局国民が負担するしか選択肢がなくなってしまうと思います。

■まず、東電に賠償能力はあるか?

先日発表された東京電力の平成23年度3月期決算資料を見ました。
貸借対照表によると東京電力には賠償する財政能力がかなり厳しそうです。
賠償するためには現金化できる資産が必要ですが、総資産約14兆円のうち約12兆円が送電・発電・配電の設備といった固定資産です。当然すぐには現金化できません。
一方で借金は全部で約9兆円(社債:約5兆円、銀行借入:約4兆円)あります。震災前の第3四半期時点での銀行借入残高は約2兆円でしたので、震災後に、約2兆円の融資を新たに受けたことになります。
現預金に2兆2000億円計上されているのはその融資資金だと思われます。

社債を発行しての資金調達はすでに難しいと思われます。
社債格付会社であるムーディーズは東電の長期債格付けを投資適格で最低の水準にまで引き下げました。また震災後株価はどんどん下落して、時価総額はすでに5,400億円(平成23年5月24日時点)になりました。
ですから調達できたとしても数千億円程度でしょう。

社債での調達が厳しいとなると、今後も固定資産を担保に借入れをしなければなりません。
でももし銀行が債権放棄をすることになると銀行は債権放棄先には新たな融資ができなくなりますので、その選択肢はなくなります。
枝野発言が撤回されない限り、今後銀行は東電への新規融資は一切しないでしょう。つまり東電は賠償するための資金をねん出しようにも、外部からの資金調達の道はすでに閉ざされてしまったということです。

保険は現在行っている原発の復旧から閉鎖までにかかる費用に消えてしまうそうです。
そうなると選択肢は、公的資金を投入するか、電気料金の値上げで長い時間をかけて負担していくしかなくなったわけです。
これ結局、国民負担以外の何物でもないのではないでしょうか?


■銀行に負担を求めるのは筋違い

三菱UFJの永易社長は、「債権放棄というのは銀行が問題企業の再建に力を尽くしたものの失敗したときの最後の手段だ」と述べています。
「債権放棄」というのは一般的にはいわゆる倒産企業に対して行うものです。
銀行の決算でいうと、法的に倒産していない企業向けの債権を放棄しても損金計上できません。
つまり「有税償却」になります。
銀行が東電の債権を放棄するとなると、融資額の多額の損失負担に加え税負担も負うことになります。
破たんもしていない債権を放棄して多額の損失を出したら株主からも訴訟されることでしょう。
そんなこんなで枝野官房長官の発言後、銀行株が急落したのも当然の結果です。
メガ銀行3行の株価下落率は三井住友が5.8%、みずほが4.5%、MUFGが4.3%
となったそうです(5月13日~16日まで:日経新聞報道より)。
銀行株を持っている国民は怒っていることでしょうね。

そもそも東電向け融資に貸し手責任を求めること自体、理屈が通っていませんね。
貸し手責任というのは、「返済能力がないことが明らかな先」や、「社会的に問題があることが明らかな先」への融資に対して問われるものです。
例えば、サブプライムローンなんかはそうですね。
でも東電はどうでしょう?
なかば公共企業ですよ。こんな企業への融資にまで貸し手責任が問われるなら銀行はもうどこへも融資できなくなりますね。

枝野官房長官は「東電や銀行という強者をくじき、国民という弱者を助ける」という善意に基づく信念があったのかもしれませんが、結果は残念な方向に向かっています。
そのことに早く気付かれて方向展開されることを願っています。

今回は以上です。
次回、もっと日本が良くなっていますように。
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