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「なぜアメリカの住宅価格は下がらないのか?(後編)」 ~効率的な市場をつくるために必要なこととは?〜

「なぜアメリカの住宅価格は下がらないのか?(後編)」 ~効率的な市場をつくるために必要なこととは?〜

川瀬 太志

ハイアス・アンド・カンパニー取締役常務執行役員。都市銀行・大手経営コンサルティング会社・不動産事業会社取締役を経て現職に。住宅・不動産・金融の幅広い経験を元に、個人の資産形成支援事業を展開中。

当ブログ「世の中の動きの個人資産への影響を考えてみる」は、2015年4月6日から新しいURL「​http://blogs.itmedia.co.jp/hyas/」 に移動しました。引き続きご愛読ください。




こんにちは!ハイアス&カンパニーの川瀬です。


前回は、アメリカ・ワシントン州シアトルの不動産流通視察の報告をかねて日米の不動産取引環境の違いについて書きました。今回はその続きです。

アメリカの中古住宅の価格を支えている大きな要因のひとつは取引件数の多さです。
日本とアメリカの一年間の住宅の取引戸数を比較すると、日本が新築・中古あわせて、約130万戸なのに対して、アメリカは約875万戸。その差、およそ6.5倍。中古に限って言えばなんと38倍です。
中古住宅の取引されている量が圧倒的に違います。
日本人が家を買うのは人生で1~2回なのに対して、アメリカ人は平均6~7回住宅を買い替えると言われています。
ほとんどクルマを買うくらいの頻度で、家を買い替えている感覚ですね。

その圧倒的な中古住宅流通量を支えているアメリカの不動産流通の「仕組み」とはどんなものなのでしょうか?


■日本の仲介では?

日米の不動産流通の仕組みでの一番大きな違いは「不動産情報の公開度」だと思います。

日本で中古住宅を探された方はお分かりだと思いますが、住宅探しはとても骨が折れるものです。
日本の住宅不動産の物件サイトを見ると必ずこういう表示があります。
「サイトに掲載されていない物件も数多くございます。ぜひご来店を!」
もしくは、
「当社の会員限定の特選情報がございます。ぜひ会員登録を!」

こういうメッセージを見ると、住宅を買いたい人からみればどこかに自分がまだ知らなくて探し求めている掘り出し物件があるように思えます。
日本の不動産仲介業界では、すべての売り物件の情報が公開されているわけではありません。また不動産仲介会社によって保有している売り物件情報は異なります。

ですから、買いたい人は何社もの不動産サイトの会員になって、何社もの不動産仲介ショップを回ってより良い物件情報を何か月も探し続けることになります。
その労力は大変なものになります。
満足のいく気に入った住宅を買うには、数多くの物件を見ることになりますが、物件を探すのにとても時間がかかりますから、最終的に住宅購入を決めるまでに数か月もかかってしまうことがザラにあります。


■アメリカの仲介では?

一方、アメリカでは売り物件はほぼすべての情報がオープンになっています。住宅を買いたい人は、現時点で売りに出ているすべての住宅情報を一覧することができます。有名なところでは、Zillow(ジロウ)とかRedfin(レッドフィン)といった不動産情報サイトがあります。当然どこの不動産仲介ショップでも同じ情報を持っています。そして、すべての売りに出ている情報が同じ基準で整理されていて比較できるようになっています。
ですから住宅を買いたい人がいくつものサイトに登録して隠れされた特選物件を待つこともないし、いくつもの不動産ショップを回り続ける必要もないわけですね。
比較検討しやすい環境があるので、契約までの期間もとても速いようです。

アメリカではどこの不動産業者も同じ物件情報を持っています。その基になっているのがMLS(マルチ・リスティング・サービス)というデータベースシステムです。アメリカのほとんどの不動産業者がMLSのメンバーであり共通のルールの下、同じシステムを使って仕事をしています。
MLSには、不動産業者が得た売り物件の情報は24時間以内にMLSのシステムに登録しなければならない、というルールがあります。これを怠ると厳しい罰則があります。

日本にも「レインズ」という不動産業者向けの売り物件情報のデータベースのシステムがありますが、即時の登録が義務付けられているわけではないし、かならずしも100%すべての物件が掲載されているわけではありません。


■アメリカ不動産流通の鍵である「MLS」とは?

MLSは、全米各地の不動産業者が集まって構成された団体で、業界で働くプロの支援や教育を行っています。
MLSですべての売り物件の情報を一か所に集めて、広く公平に情報を公開する取り組みが始まったのは1970年代頃からだそうです。
1970年より以前は今の日本と同じでした。

つまり、不動産業者は売り主を探し出して、売却依頼を受けたら、物件情報を公開する前に自分で買い主を探して、売り込む。そして成約時には仲介手数料を売り主から3%、買い主からも3%、合計で6%をもらうというやり方です。一人の業者が持っている買い希望者の数には限りがありますから、必然的に買い主を見つけて契約に至るまでの時間は今の数倍はかかっていました。また売却価格も仲介業者の交渉のさじ加減で決められていました。つまり、売り主、買い主双方の利益が損なわれていたと言ってもいい過ぎではない状態にあったわけです。

MLSも取り組み始めた当初は売り物件情報をたくさん持っている業者や大手業者ほど反対したそうです。せっかく苦労して集めた売り情報をなんの情報も持っていない業者と共有する必要などない、という考えでしょう。
でもいくらたくさんの売り物件情報を集めても、契約が成立しない限り報酬はありません。頑張って買い希望の人を集めても契約までに長い時間がかかるならそれは結局経営コストに跳ね返ります。

そして何より、より速く適正な価格で売りたい売り主のためになりません。情報をオープンにしてより多くの買い希望のお客様にその情報を提供して取引スピードを速くした方が売り主にも自分(業者)にも利益がある、ということがわかりはじめて、徐々にMLSに参画する業者は増えていき、今ではスタンダートになりました。今は売り物件情報を公開せず、隠すことは多くの州で違法となっています。

当初は紙で流通していた売り情報が、今ではインターネットで誰でも閲覧できるようになっています。もはやMLSはアメリカの不動産流通にはかかせない存在になっています。


■わかりやすい指標のデータベースとしてのMLS

MLSにはすべての売り情報や過去の取引データが入っていますから、マーケットの指標としても非常に有効に機能しています。
自分の家が今いくらの価格なのかが誰でもすぐにわかります。
過去から現在までの取引実績データがあるからいくらが適正な売却価格かがわかりますし、買う方もすべての近隣物件が比較できるからその物件の売り出し価格が妥当かどうか判断できます。
それなら取引スピードは速くなりますよね。

物件の調査業務、登記の状態、所有者の確認、過去の価格データ、などなどありとあらゆる情報が載っていますから、銀行のローンの査定にも不動産鑑定にもMLSの統計データが使われています。だから銀行によってローン審査の額が違うということも、不動産会社によって売却査定額が違うということもないのです。


■不動産仲介業者の本質的な役割とは?

日本の政府は今後、中古住宅の取引量を劇的に増やすことを目指しています。
そのためには税制によるメリットなどを与えて消費者に家を買うモチベーションを高めるだけでなく、業者間の住宅情報流通の仕組みを変える必要があります。まずは売り物件情報のオープン化に取り組まないといけません。
そのためにはアメリカがそうであったように、業者の意識が変わる必要があります。
売り主と買い主の、可能限り速く適正な価格で取引をしたいというニーズに応えるのが業者の役割である、ということを本質的な意味で深く認識しないといけないと思います。

「消費者はより常により良いものを求める」、という原則に照らしたとき、すべての情報が同じ基準で、網羅的に公開されていて、比較可能な状態にしておくことはとても重要なことです。取引の場を提供する仲介業者は市場をそういう効率的な状態にする使命があります。それが消費者からの信頼を得ることにつながるし、結果として業務の効率を高めて業者の利益にもつながっていくものと思います。

今の日本は約40年前のアメリカと同じ状態です。この40年の遅れを取り返すべく行政と業界が一体となって意識改革をしてもらいたいものだと、今回シアトルに訪問して改めて強く思った次第です。



今回は以上です。

もっと日本が良くなりますように。



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