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音楽珍体験 その10 君は覚えているかしら

音楽珍体験 その10 君は覚えているかしら

樋口 健夫

アイデアマラソン研究所所長 ノートを活用したアイデアマラソン発想法考案者であり、電気通信大学講師。現役時代は三井物産の商社マン。 企業の創造性トレーニングでは、ジャパネットたかたの全社員運動、アサヒビールでの研修などを続けている。独創性を命と考えている。

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音楽珍体験 その10 君は覚えているかしら
 西アフリカのナイジェリア・ラゴスに駐在したとき、年末の日本人会の忘年会の運営委員の一人になった。日本人は当時、家族も含めて500人ほどラゴス周辺に生活していた。


 忘年会の催しに、当時のナイジェリアでもっとも有名なバンドに演奏してもらう日本の有名な曲ということで、私が提案した。忘年会運営委員会で了承を受けて、私が交渉して、そのバンドに、日本のフォークソングを教えた、(すごい)と思ったのは、たった一度、私が口ずさんだ曲を、ばっちりと演奏したことだった。


 忘年会の当日になった。大きなホテルの会場に超満員の日本人家族。大使夫妻も、着席されていた。日本人会長の簡単な挨拶、そして日本人商工会長の挨拶と続いた。

 趣向は、まずナイジェリアの曲をぶつけて、(今日は、ナイジェリアの曲ばかりかな)と観客に思わせて、突然、「さくら、さくら」を演奏させ、その後、立て続けに日本の曲を演奏していく。私ももう一人の某商社の駐在員もナイジェリアのヨルバ族の服装をしていたが、彼が舞台に躍り出て、ナイジェリアのバンドの演奏で、(37年前のことだから、お許しあれ!)「神田川」を唱った。

 完全に予想通りの良い反応があって、大きな拍手、更に何曲か、日本の曲が演奏されて、他の催しや日本人学校の子供たちの歌や踊りがあって、お楽しみの抽選会があって、いよいよ大団円。もう一曲、最後の一曲。バンドに演奏を私が指示した。
(これも、37年前のことだから、お許しあれ!)ビリーバンバンの「白いブランコ」だった。

 そして、客席から一人、日本人会の理事が予定通り飛び出して、白いブランコを唱い出した。
~「君は覚えているかしら、あの白いブランコ~」

客席もみんな唱っていた。それほど当時、有名だった。知らない人はいなかった。そして、この曲で忘年会もお終い。なかなか上手く行ったではないか。

 曲が終わった時、誰かが「アンコール!」と叫んだ。次々にアンコールの声、「白いブランコをもう一度!」という声も聞こえた。その時、客席前方の真ん中の席の大使が、「そうだ、樋口君、彼に歌ってもらおう」

 私はマイクをつかんだ。そして、広い舞台に躍り出た。バンドのメンバーも、私が出たことで、一層の迫力。左の方に、私のヨメサンが手を振っていた。
 前奏曲があって、始まった。
~「君は覚えているかしら」私もこの曲が好きだった。「あの白いブランコ~」
「......」(ええっ)その後を忘れてしまっていたことに突然気が付いた。緊張のあまりか、何もかもすべて忘れてしまっていた。(こ、これは)

 バンドの演奏が滑っていく。私はクチパクの状態が続いた。単に忘れたとはいえ、終わりまで歌えなかった。
 どのようにして舞台を降りたのか覚えていないが、降りた途端に、同僚の息子に「ど恥かき」と言われたのが、グサッととどめを刺した。大使が「樋口君、どうしたのかね」と言われているのがかすかに聞こえたが、私は呆然としていた。悪夢だった。

 その日は寝られず。1週間ほどは、思い出すだけで、胸がズキンと痛んだ。1ヶ月ほどは、胸にが締められる感じをもった。
PTSDは、それから37年経った今も、この文を書くのに、3日掛かっている。さっき確かめたら、まだ覚えていなかった。どうなっているんだ、この頭は。

 

 

 

 

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