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恐怖のダダ漏れ飛行機
»2010年9月22日
読むBizワクチン ~一読すれば身に付く体験、防げる危険~
恐怖のダダ漏れ飛行機
アイデアマラソン研究所所長 ノートを活用したアイデアマラソン発想法考案者であり、電気通信大学講師。現役時代は三井物産の商社マン。 企業の創造性トレーニングでは、ジャパネットたかたの全社員運動、アサヒビールでの研修などを続けている。独創性を命と考えている。
当ブログ「読むBizワクチン ~一読すれば身に付く体験、防げる危険~」は、2015年4月6日から新しいURL「http://blogs.itmedia.co.jp/idea-marathon/」 に移動しました。引き続きご愛読ください。
飛行機珍体験集 その5
恐怖のダダ漏れ飛行機
サウジアラビア時代に、家族で休暇を取りケニアのサファリに出かけた。
1983年のことだ。1週間以上、有名な自然公園を車で周り、素晴らしい動物たちをたくさん観た後、ケニアの東海岸のモンバサへ。美しい海を堪能した。
数日間モンバサで過ごして、モンバサーナイロビージェッダと、乗り換えでサウジアラビアに戻る予定であった。
モンバサからナイロビまでは、問題はなかった。ナイロビの空港で出国手続きをして、サウジアラビアのジェッダ行きのケニア航空に乗るために、広いゲートで待ち始めた。
搭乗予定時間を過ぎても、アナウンスが無い。出発時間を半時間ほど過ぎたら、やはり誰もが心配になる。ゲートのカウンターにいる係官に問い合わせたら、「エンジンの調子が悪いので、機長が調整中だ」という。確か、ボーイング727だったと記憶しているが、間違っているかもしれない。
「まいった。こんな飛行機に乗るのか」
3時間ほど遅れが生じている。これはもう空港の中で泊まりになるかと思った時、突然、アナウンスがあって、
「エンジンが掛りましたので、急ぎ搭乗してください」と係官が叫んだ。みんな掛け足で搭乗した。席に座って、「さあ、行くぞ」とシートベルトを掛けて、待っていたが、また1時間も経過した。
「技術的問題が解決していないので、もう一度、降りてください」と、アナウンスがあって、乗客全員がもう一度、ロビーに戻った。午後4時ころ出発する予定だったのが、もう辺りは暗くなってきていた。
我々の落胆は大きかった。(これは相当の長丁場だ)私の家族にとっては、三男がまだ赤子だったから、オムツの替えが足らなくなってしまうのが、問題だった。
ロビーに座って数十分したら、またまた係員が、大声で「エンジンが掛りましたので、急いで搭乗願います」と、叫び、どたばたと難民が乗るトラック並みの忙しさで、全員(?)が飛行機に飛び乗った。
やれやれ、エンストを起こしたバスをみんなで押して、エンジンが掛ったからさあ、乗ろうという感じだ。飛行機で、こんなのありか?
我が家族は5名(赤子を含んだ子供が3人とヨメサン)だったから、最前列を横一列に座った。私たちの前は搭乗したドアとトイレとスチュワーデスの座席とギャレーがあった。ギャレーの手前はカーテンが掛っていた。
乗客全員が着席して、ドアが閉められ、飛行機がタラップから外れて滑走路に向けて動き始めた時は、そんなに異常はなかった。ヨメサンは三男の面倒を見て、私は長男と二男の面倒を見ているが、子供たちはもう疲れて、座席に付いた途端に寝始めた。
飛行機が、滑走路を走りだした途端に、何か違った。
「これは一体何だ」と、その飛行機が普通ではないことに気が付いた。それは機内というか、私たちの座っているところの前で、とほうもない轟音がするのだ。
「ゴー」という音がする。信じられないほどの大きな音だった。ヨメサンと話が聞こえないほど大きな音。それでも、飛行機は無事に上昇していった。
シートベルト着用のサインが消えたので、私はおそるおそる、ギャレーのカーテンを覗いて、
「この音は一体何ですか」と、スチュワーデスに尋ねたら、
「ああ、ドアの隙間から、空気が漏れている音です。ただ、同じ量の空気をコンプレッサーで取り入れていますから、機内は大丈夫です。
「はあ、そうなんですか。そんなものですか」と、理由を聞いて席に戻ったが、がっくりときた。空気がダダ漏れの飛行機なんてあるのか。
「大変な飛行機に乗ってしまった」とヨメサンに話したが、
「気にしないで、寝た方がよいわよ。もうどうしようもないじゃない。乗ったんだから」と、堂々たるものだ。男に生まれてくればよい度胸だ。「私ね、さっき、ロビーで待っている間に食べたから、何も食べないでとにかく寝ます。起こさないでね」とさっさと寝てしまった。子供たちも、もう寝ている。
私一人がどうしようもなく、おろおろしていた。
「ええい、こうなったら」と、ギャレーに行って、スチュワーデスに「食事は要りません。寝ますが、その前に、ウイスキーのミニチュアボトルを4本ください。飲みます」と頼んだ。「氷は要りません。ミネラルウォーターだけです」と、貰ってきて、グビグビと飲んだら、今日一日の疲れがどどどっと出てきて、私は寝込んだ。起きたら、早朝のジェッダに到着していた。
禁酒の国に、若干二日酔いで到着した。
あの轟音を立てて飛んでいたケニア航空、これも私の関心の高い航空会社であったが、2000年1月に、アフリカの西部海岸のアイボリーコーストの首都アビジャンで、離陸直後に墜落して、169名が全員亡くなっている。同じ機種かどうかは知らない。(ケニア航空は2007年にもボーイング737が、カメルーンで空中爆発墜落しているが、これはなにやら謀略臭い感じがする)
教訓 飛行機に乗るのも、本当に心して、乗る航空会社や飛行機を吟味することだ。
恐怖のダダ漏れ飛行機
サウジアラビア時代に、家族で休暇を取りケニアのサファリに出かけた。
1983年のことだ。1週間以上、有名な自然公園を車で周り、素晴らしい動物たちをたくさん観た後、ケニアの東海岸のモンバサへ。美しい海を堪能した。
数日間モンバサで過ごして、モンバサーナイロビージェッダと、乗り換えでサウジアラビアに戻る予定であった。
モンバサからナイロビまでは、問題はなかった。ナイロビの空港で出国手続きをして、サウジアラビアのジェッダ行きのケニア航空に乗るために、広いゲートで待ち始めた。
搭乗予定時間を過ぎても、アナウンスが無い。出発時間を半時間ほど過ぎたら、やはり誰もが心配になる。ゲートのカウンターにいる係官に問い合わせたら、「エンジンの調子が悪いので、機長が調整中だ」という。確か、ボーイング727だったと記憶しているが、間違っているかもしれない。
「まいった。こんな飛行機に乗るのか」
3時間ほど遅れが生じている。これはもう空港の中で泊まりになるかと思った時、突然、アナウンスがあって、
「エンジンが掛りましたので、急ぎ搭乗してください」と係官が叫んだ。みんな掛け足で搭乗した。席に座って、「さあ、行くぞ」とシートベルトを掛けて、待っていたが、また1時間も経過した。
「技術的問題が解決していないので、もう一度、降りてください」と、アナウンスがあって、乗客全員がもう一度、ロビーに戻った。午後4時ころ出発する予定だったのが、もう辺りは暗くなってきていた。
我々の落胆は大きかった。(これは相当の長丁場だ)私の家族にとっては、三男がまだ赤子だったから、オムツの替えが足らなくなってしまうのが、問題だった。
ロビーに座って数十分したら、またまた係員が、大声で「エンジンが掛りましたので、急いで搭乗願います」と、叫び、どたばたと難民が乗るトラック並みの忙しさで、全員(?)が飛行機に飛び乗った。
やれやれ、エンストを起こしたバスをみんなで押して、エンジンが掛ったからさあ、乗ろうという感じだ。飛行機で、こんなのありか?
我が家族は5名(赤子を含んだ子供が3人とヨメサン)だったから、最前列を横一列に座った。私たちの前は搭乗したドアとトイレとスチュワーデスの座席とギャレーがあった。ギャレーの手前はカーテンが掛っていた。
乗客全員が着席して、ドアが閉められ、飛行機がタラップから外れて滑走路に向けて動き始めた時は、そんなに異常はなかった。ヨメサンは三男の面倒を見て、私は長男と二男の面倒を見ているが、子供たちはもう疲れて、座席に付いた途端に寝始めた。
飛行機が、滑走路を走りだした途端に、何か違った。
「これは一体何だ」と、その飛行機が普通ではないことに気が付いた。それは機内というか、私たちの座っているところの前で、とほうもない轟音がするのだ。
「ゴー」という音がする。信じられないほどの大きな音だった。ヨメサンと話が聞こえないほど大きな音。それでも、飛行機は無事に上昇していった。
シートベルト着用のサインが消えたので、私はおそるおそる、ギャレーのカーテンを覗いて、
「この音は一体何ですか」と、スチュワーデスに尋ねたら、
「ああ、ドアの隙間から、空気が漏れている音です。ただ、同じ量の空気をコンプレッサーで取り入れていますから、機内は大丈夫です。
「はあ、そうなんですか。そんなものですか」と、理由を聞いて席に戻ったが、がっくりときた。空気がダダ漏れの飛行機なんてあるのか。
「大変な飛行機に乗ってしまった」とヨメサンに話したが、
「気にしないで、寝た方がよいわよ。もうどうしようもないじゃない。乗ったんだから」と、堂々たるものだ。男に生まれてくればよい度胸だ。「私ね、さっき、ロビーで待っている間に食べたから、何も食べないでとにかく寝ます。起こさないでね」とさっさと寝てしまった。子供たちも、もう寝ている。
私一人がどうしようもなく、おろおろしていた。
「ええい、こうなったら」と、ギャレーに行って、スチュワーデスに「食事は要りません。寝ますが、その前に、ウイスキーのミニチュアボトルを4本ください。飲みます」と頼んだ。「氷は要りません。ミネラルウォーターだけです」と、貰ってきて、グビグビと飲んだら、今日一日の疲れがどどどっと出てきて、私は寝込んだ。起きたら、早朝のジェッダに到着していた。
禁酒の国に、若干二日酔いで到着した。
あの轟音を立てて飛んでいたケニア航空、これも私の関心の高い航空会社であったが、2000年1月に、アフリカの西部海岸のアイボリーコーストの首都アビジャンで、離陸直後に墜落して、169名が全員亡くなっている。同じ機種かどうかは知らない。(ケニア航空は2007年にもボーイング737が、カメルーンで空中爆発墜落しているが、これはなにやら謀略臭い感じがする)
教訓 飛行機に乗るのも、本当に心して、乗る航空会社や飛行機を吟味することだ。