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原子力論考(102)「批判」が先立つと検証が甘くなります
»2013年7月22日
開米のリアリスト思考室
原子力論考(102)「批判」が先立つと検証が甘くなります
社会人の文書化能力の向上をテーマとして企業研修を行っています。複雑な情報からカギとなる構造を見抜いてわかりやすく表現するプロフェッショナル。
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こんにちは。たまにエネルギーや安全保障問題についての駄文を書きますが、本職は文書作成能力向上トレーナーの開米です。
前回の「原子力論考(101)せめて一次ソースを確かめましょうよ」の続きです。
やはりこの話は既に議論されて指摘されていたらしく、去年9月の時点でこういうまとめが出来ていました。
↓
"広島型原爆の4023発分!チェルノブイリの4倍!→広島型原爆の100発分 チェルノブイリの10分の1 "
http://togetter.com/li/371614
↑これを読みまして、どうしてこのような誤解が生まれたのか、だいたいの経緯が分かりました。分かってみると、この誤解の構造は今後も再発しそうなので、あらためてここに書いておくことにした次第です。
(しかし・・・少々ややこしい話です。まあ、飽きられるのを覚悟で書きます)
まずは「国際原子力事象評価尺度(INES)」という概念があります。
チェルノブイリと福一はレベル7で東海村JCO臨界事故はレベル4だ、のように聞いたことがあると思いますが、その「レベル」を定義したものがINESです。
原子力事故が起きたときに、INESレベルを決定するための評価基準のうちの1つが「原子力施設外への放射性物質の放出量」です。しかし、原発事故のようなケースでは何種類もの放射性物質が放出されるため、すべての種類の放射性物質をいったん「ヨウ素131に換算して」計算することになっています。その仕組みを簡略化して書いたのが下記チャートです。
たとえばある事故でヨウ素131が400,000TBq, セシウム137が9000TBq放出されたとしましょう。これが放出量(実数)です。(TBq=テラベクレル)
ヨウ素とセシウムでは種類が違うので、この数字はそのまま合計できません。そこで、合計できるようにするために、セシウム137の量を「ヨウ素131に換算したらいくら?」という数字に変えます。そのためにセシウムの放出量(実数)を40倍します。
ここで掛け算する換算係数は、放射性物質の種類毎に決まっていて、セシウム137の場合は40倍です。(なお、簡略化するために図中ではヨウ素131とセシウム137のみ書いていますが、実際にはもっと多種類の放射性物質について換算係数が決まっています)
9,000TBqを40倍すると360,000TBqになりますが、この数値はヨウ素換算値なのでヨウ素131の400,000TBqと合計できます。
合計すると760,000TBqになり、この数字をINESレベルを決めるために使用します。
と、ざっとこういう仕組みが背景にあるわけですね。
さて、ここまで頭に入れた上で、次に前回紹介した英語のガセネタブログがソースとして使ったらしい読売新聞の記事を見てみましょう。
(読売2012/5/23) 原発事故の放射性物質、保安院試算の1・6倍(→日本語 )(→英語(魚拓) )
英語のほうはリンク切れでしたが、魚拓が残っていたので魚拓へのリンクを載せておきました。
この記事を見ると、載っているのは下記チャートの赤枠内の数字でした。
ここで、問題は2点あります。
1つは、「ヨウ素換算値」の算出のベースになったであろう「放出量(実数)」の記載が無いこと。セシウム137のヨウ素換算値360,000TBqという数字が出てくるからにはセシウム137の実数は 9,000TBqのはずですが、それが読売記事には書かれていません。
2つめは、日本語版のほうでは「セシウム137が36万テラ・ベクレル(ヨウ素換算)」と書いてあるのにもかかわらず、英語版の表現は「400,000 terabecquerels of iodine-131 and 360,000 terabecquerels of cesium-137」で、セシウム137の数字が「ヨウ素換算値」であることが書かれていない、ということです。
その結果、おそらくこういう事態が起きたものと思われます。
・・・・という流れで、まあ、なんというか・・・・嘆かわしいですね。
(1) もし、読売(英語版)が「ヨウ素換算値」であることを書いていたら。
(2) もし、Higginsが東電のプレスリリースを確認していたら。
(3) もし、Higginsがセンセーショナルな煽り文句を付け加えていなかったら。
(4) もし、Higginsの記事を読んだ日本人が東電のプレスリリースを確認していたら。
このようなガセネタが広まる事態は起きませんでした。
しかし、あらためてこうしてみますと、(1)は単なる英訳時の不注意でしょうが、(2)(3)(4)についてはおそらく根底にこんな問題が存在します。
しかし、そういうことをしていると、「ガセネタ」はいつかバレますし、ばれたときにはガセネタで人を非難していた自分のほうが立場が悪くなるだけです。
だから、「人を批判するべきではない」・・・・・とは言いません。
批判するならするで、せめて一次ソースを確認する習慣は持っておきましょう、ということです。報道機関が誤報を流しているケースは非常に多いものです。今回の件も発端はおそらく読売の英訳時のちょっとした不注意ですが、それが「センセーショナルな記事を書きたい」という偏向のある人間の手で増幅された結果、とんでもないガセネタになりました。
こういうガセネタを真に受けて拡散させるのは、自分自身の信用を失墜させる自殺行為です。そういう落とし穴にはまらないためにも、一次ソースを確認することを習慣づけておきたいものです。
■開米の原子力論考一覧ページを用意しました。
→原子力論考 一覧ページ
前回の「原子力論考(101)せめて一次ソースを確かめましょうよ」の続きです。
やはりこの話は既に議論されて指摘されていたらしく、去年9月の時点でこういうまとめが出来ていました。
↓
"広島型原爆の4023発分!チェルノブイリの4倍!→広島型原爆の100発分 チェルノブイリの10分の1 "
http://togetter.com/li/371614
↑これを読みまして、どうしてこのような誤解が生まれたのか、だいたいの経緯が分かりました。分かってみると、この誤解の構造は今後も再発しそうなので、あらためてここに書いておくことにした次第です。
(しかし・・・少々ややこしい話です。まあ、飽きられるのを覚悟で書きます)
まずは「国際原子力事象評価尺度(INES)」という概念があります。
チェルノブイリと福一はレベル7で東海村JCO臨界事故はレベル4だ、のように聞いたことがあると思いますが、その「レベル」を定義したものがINESです。
原子力事故が起きたときに、INESレベルを決定するための評価基準のうちの1つが「原子力施設外への放射性物質の放出量」です。しかし、原発事故のようなケースでは何種類もの放射性物質が放出されるため、すべての種類の放射性物質をいったん「ヨウ素131に換算して」計算することになっています。その仕組みを簡略化して書いたのが下記チャートです。
たとえばある事故でヨウ素131が400,000TBq, セシウム137が9000TBq放出されたとしましょう。これが放出量(実数)です。(TBq=テラベクレル)
ヨウ素とセシウムでは種類が違うので、この数字はそのまま合計できません。そこで、合計できるようにするために、セシウム137の量を「ヨウ素131に換算したらいくら?」という数字に変えます。そのためにセシウムの放出量(実数)を40倍します。
ここで掛け算する換算係数は、放射性物質の種類毎に決まっていて、セシウム137の場合は40倍です。(なお、簡略化するために図中ではヨウ素131とセシウム137のみ書いていますが、実際にはもっと多種類の放射性物質について換算係数が決まっています)
9,000TBqを40倍すると360,000TBqになりますが、この数値はヨウ素換算値なのでヨウ素131の400,000TBqと合計できます。
合計すると760,000TBqになり、この数字をINESレベルを決めるために使用します。
と、ざっとこういう仕組みが背景にあるわけですね。
さて、ここまで頭に入れた上で、次に前回紹介した英語のガセネタブログがソースとして使ったらしい読売新聞の記事を見てみましょう。
(読売2012/5/23) 原発事故の放射性物質、保安院試算の1・6倍(→日本語 )(→英語(魚拓) )
英語のほうはリンク切れでしたが、魚拓が残っていたので魚拓へのリンクを載せておきました。
この記事を見ると、載っているのは下記チャートの赤枠内の数字でした。
ここで、問題は2点あります。
1つは、「ヨウ素換算値」の算出のベースになったであろう「放出量(実数)」の記載が無いこと。セシウム137のヨウ素換算値360,000TBqという数字が出てくるからにはセシウム137の実数は 9,000TBqのはずですが、それが読売記事には書かれていません。
2つめは、日本語版のほうでは「セシウム137が36万テラ・ベクレル(ヨウ素換算)」と書いてあるのにもかかわらず、英語版の表現は「400,000 terabecquerels of iodine-131 and 360,000 terabecquerels of cesium-137」で、セシウム137の数字が「ヨウ素換算値」であることが書かれていない、ということです。
その結果、おそらくこういう事態が起きたものと思われます。
1. 読売新聞が2012/5/23記事の英訳をするときに不注意で「ヨウ素換算」の記述を落としてしまった
2. Alexander Higginsがその英語版記事を読んだ
3. "360,000 terabecquerels of cesium-137" という記述を見て「放出量(実数)」を表すと誤解した
4. チェルノブイリのセシウム137放出量(実数)85,000TBqと比較して4倍である、と思い込んだ
5. その後、Higginsは東電の一次ソースを検証することなくブログに書き、そこで「チェルノブイリの4倍、広島型原爆4000発分」というセンセーショナルな煽り文句を付け加えた
6. それを読んだ日本人が真に受けて拡散した。
7. さらに該当する日本語報道がないことに気がついた誰かが「東電による隠蔽工作だ」と非難を始めた
・・・・という流れで、まあ、なんというか・・・・嘆かわしいですね。
(1) もし、読売(英語版)が「ヨウ素換算値」であることを書いていたら。
(2) もし、Higginsが東電のプレスリリースを確認していたら。
(3) もし、Higginsがセンセーショナルな煽り文句を付け加えていなかったら。
(4) もし、Higginsの記事を読んだ日本人が東電のプレスリリースを確認していたら。
このようなガセネタが広まる事態は起きませんでした。
しかし、あらためてこうしてみますと、(1)は単なる英訳時の不注意でしょうが、(2)(3)(4)についてはおそらく根底にこんな問題が存在します。
東電という「悪者」を批判したい、という隠れた欲求。「あいつは悪い奴だ」と誰かを批判することは、自分が何の建設的な努力もしなくてもできる手軽な娯楽なんです。この娯楽にのめり込んでしまうと、「批判できる材料」をガセネタでも疑わずに受け入れてしまうようになります。
一次ソースを確認する、という基本的な習慣の不在。
しかし、そういうことをしていると、「ガセネタ」はいつかバレますし、ばれたときにはガセネタで人を非難していた自分のほうが立場が悪くなるだけです。
だから、「人を批判するべきではない」・・・・・とは言いません。
批判するならするで、せめて一次ソースを確認する習慣は持っておきましょう、ということです。報道機関が誤報を流しているケースは非常に多いものです。今回の件も発端はおそらく読売の英訳時のちょっとした不注意ですが、それが「センセーショナルな記事を書きたい」という偏向のある人間の手で増幅された結果、とんでもないガセネタになりました。
こういうガセネタを真に受けて拡散させるのは、自分自身の信用を失墜させる自殺行為です。そういう落とし穴にはまらないためにも、一次ソースを確認することを習慣づけておきたいものです。
■開米の原子力論考一覧ページを用意しました。
→原子力論考 一覧ページ