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原子力論考(9) 「安全神話」と言われるものの実情について
»2011年6月26日
開米のリアリスト思考室
原子力論考(9) 「安全神話」と言われるものの実情について
社会人の文書化能力の向上をテーマとして企業研修を行っています。複雑な情報からカギとなる構造を見抜いてわかりやすく表現するプロフェッショナル。
当ブログ「開米のリアリスト思考室」は、2015年4月6日から新しいURL「http://blogs.itmedia.co.jp/kaimai_mizuhiro/」 に移動しました。引き続きご愛読ください。
原子力論考の9本目です。
この話はもう少し後に書こうと思っていたのですが、昨日、6/26のグロービス堀代表によるこの発言を見て、前倒しにすることにしました。
↓
(1)でも少し書いたように、感情的な脱原発政策がもたらす「電力供給の不安定化」は、製造業にとって致命的です。政治がこの問題を解決できる、と信頼できない情勢下では、製造業各社が、それも日本の付加価値の中心であった優良製造業各社が海外移転を選ぶのは止められません。
当然、国内の雇用は失われ失業者が増大し治安が悪化し給料が減ります。「今すぐすべての原発を止めろ」と主張する急進的脱原発派の人々はそこまで覚悟して言っているのでしょうか?(そうは思えません)
そんな事態を招いてはいけないし、そのためには原子力に関する多くの誤解を解く必要があります。そのために私はここまで「原子力論考」を1~8まで書いてきましたが、実は今まで書いてきたことは基本的にデータで語れる内容が多く、それほど「危ない話」ではありませんでした。
ですが今回は少々政治的にデリケートな問題について書きます。いつ書こうかそれとも書くまいかと考えていたのですが、やはりこの「政治が信頼されない」情勢下では書かざるを得ないでしょう。「安全神話」という4文字にまつわる、あまり知られていない実情の話です。
■叩ける相手を叩くのではなく、真の原因を究明しよう
福島原発事故以来、「東京電力は『原発は絶対安全です』と言って国民を騙して原子力発電を推進してきた。それなのに津波対策をしていなかった。原子力ムラの驕りと怠慢が招いた事故だ。責任を取れ!」といった論調が目につきます。そう言いたくなるのはもっともですが、事実を片方からだけ見ていると、バランスの悪い判断をしてしまう可能性が高くなります。真相を究明するためには反対側の意見も聞いてみることが大事です。
とはいえ、この情勢下では電力会社側からは反論はしにくいはずですね。事故の収束がまだ途上の段階で言い訳めいたことを言ったら、いっせいに反発を食らうことは目に見えています。だから、代わりに私が私の知っていることを書きます。といっても私は電力とも原子力産業とも何の関係もない人間なので、そちら側の事情はわかりません。しかし、何十年も前から反原発運動をウォッチしてきた人間として、「反原発」運動が持っていた、ある欠陥のことはよく知っています。ですから今回はその話を書きます。
「反原発運動が持っていたある欠陥」とは何か。ざっくばらんに言うと、
の2点です。まずは「全否定」のほうについて書きます。
■人は全否定に対しては全否定で対抗せざるを得ない
ある政策について反対するとしましょう。
その場合でも、同じ「反対」であっても、目指すゴールをどこに設定するかによって大きな温度差が生じるものです。
全否定派 :1ミリの妥協の余地もなく即刻全面中止を求める立場
段階的撤退派:時間をかけて少しずつ中止していこう、という立場
許可条件派 :欠陥が改善されるならばという条件付きで推進を認める立場
さて、1970~80年代の反原発運動を主導したのは左翼勢力、政党で言えば当時の社会党、共産党を中心とするグループです(中には極左過激派もからんでいました)。このグループ主導の反原発運動は基本的に1の「全否定派」的な立場を取っていました。中でも社会党系のほうがより「全否定」に近かったようです。
彼らが「全否定」のために主要な論拠としたのが、「事故の危険がある」ということと、「軍事転用される可能性がある」の2点です。
問題は、反対派に「全否定」路線で来られた場合は、賛成派も逆に「全否定」で返すしか無くなってしまうということです。
仮に、反対派の指摘する危険の一部が事実だったとしましょう。
と賛成派が正直に「Cのような危険がある」と答えたら、何が起きると思いますか?
「全否定」を目的としている反対派は、その回答を持ち帰って仲間内で大宣伝を繰り広げるんですね。
と、こういう調子でです。
私は反原発運動については何十年も前からウォッチしていましたので、彼らがこういう戦術をワンパターンで使ってきたことを知っています。だから、電力会社が「絶対安全」を繰り返してきたことを批判する気にはなれません。
確かにそれは「まやかし」でした。「絶対安全」な技術なんぞありえないことぐらい、現場の技術者が一番わかっています。しかし、その「まやかし」をしなければ原子力開発を推進できない、という状況に追い込まれていたのが現実なのです。
「安全神話」で国民を騙した、と東京電力を批判することを止めはしません。ですが、批判するにしても、こうした背景事情を知った上で批判してください。
■反対派は、結果的に安全性の向上を妨害してきた
本来であれば、賛成派と反対派の間ではこんな議論が行われているべきでした。
賛成派:C、D、Eのような危険は確かにあります
反対派:それらの対策は可能なのですか?
賛成派:可能ですがすべての対策を取ろうとすると予算が足りません
反対派:では・・・・
この後の反対派の対応として次の2種類が可能です。
【段階的改善】では優先順位を我々と協議しましょう。その上で順次実行してください
【許可条件付け】では予算をとって実行してください。それまでは認めません
このどちらかであれば意味がありました。どちらを選ぶにしても安全性は向上します。
しかし現実に反対派が取ってきたのは「全否定」的な対応です。「全否定」の結果実際に原発を止められたのか、というと現実にはほとんどできませんでした。
逆に、その全否定的な対応への対抗として「絶対安全」と言わざるを得なかったがために、電力会社も国も原発事故を想定した防災計画を立てて訓練を行うことができなくなりました。
「原発事故の時に注意しなければならない放射性ヨウ素」への対応策を事前に知っていた人はどれぐらいいますか? それを原発立地自治体の住民でさえ知らなかったのはなぜだと思いますか?
事故が起こることを想定した防災計画を公表することができなかったからです。
結果として、「原発は危険だから止めろ」と叫んでいた反対派自身が、原発の安全性向上を阻害していたのが現実です。このことは、大いに教訓とするべきでしょう。
後編に続きます。
■開米の原子力論考一覧ページを用意しました。
→原子力論考 一覧ページ
この話はもう少し後に書こうと思っていたのですが、昨日、6/26のグロービス堀代表によるこの発言を見て、前倒しにすることにしました。
↓
http://twitter.com/YoshitoHori/status/84973729804861441
産業の空洞化が起こり、雇用が失われてく。職を失う労働者、雇用を得られない学生は、反原発派を恨むが良い。彼らの発言により、政策が歪められ、雇用が失われていく。日本の一大事だ。【産経】国内企業、電力不足で日本脱出続々"思い付き"脱原発にも不信感 http://t.co/VhYh5NT
(1)でも少し書いたように、感情的な脱原発政策がもたらす「電力供給の不安定化」は、製造業にとって致命的です。政治がこの問題を解決できる、と信頼できない情勢下では、製造業各社が、それも日本の付加価値の中心であった優良製造業各社が海外移転を選ぶのは止められません。
当然、国内の雇用は失われ失業者が増大し治安が悪化し給料が減ります。「今すぐすべての原発を止めろ」と主張する急進的脱原発派の人々はそこまで覚悟して言っているのでしょうか?(そうは思えません)
そんな事態を招いてはいけないし、そのためには原子力に関する多くの誤解を解く必要があります。そのために私はここまで「原子力論考」を1~8まで書いてきましたが、実は今まで書いてきたことは基本的にデータで語れる内容が多く、それほど「危ない話」ではありませんでした。
ですが今回は少々政治的にデリケートな問題について書きます。いつ書こうかそれとも書くまいかと考えていたのですが、やはりこの「政治が信頼されない」情勢下では書かざるを得ないでしょう。「安全神話」という4文字にまつわる、あまり知られていない実情の話です。
■叩ける相手を叩くのではなく、真の原因を究明しよう
福島原発事故以来、「東京電力は『原発は絶対安全です』と言って国民を騙して原子力発電を推進してきた。それなのに津波対策をしていなかった。原子力ムラの驕りと怠慢が招いた事故だ。責任を取れ!」といった論調が目につきます。そう言いたくなるのはもっともですが、事実を片方からだけ見ていると、バランスの悪い判断をしてしまう可能性が高くなります。真相を究明するためには反対側の意見も聞いてみることが大事です。
とはいえ、この情勢下では電力会社側からは反論はしにくいはずですね。事故の収束がまだ途上の段階で言い訳めいたことを言ったら、いっせいに反発を食らうことは目に見えています。だから、代わりに私が私の知っていることを書きます。といっても私は電力とも原子力産業とも何の関係もない人間なので、そちら側の事情はわかりません。しかし、何十年も前から反原発運動をウォッチしてきた人間として、「反原発」運動が持っていた、ある欠陥のことはよく知っています。ですから今回はその話を書きます。
「反原発運動が持っていたある欠陥」とは何か。ざっくばらんに言うと、
- 原子力開発の試みを全否定しようとしたこと
- そのために推進側に対して人格を否定するような攻撃を行ったこと
の2点です。まずは「全否定」のほうについて書きます。
■人は全否定に対しては全否定で対抗せざるを得ない
ある政策について反対するとしましょう。
その場合でも、同じ「反対」であっても、目指すゴールをどこに設定するかによって大きな温度差が生じるものです。
全否定派 :1ミリの妥協の余地もなく即刻全面中止を求める立場
段階的撤退派:時間をかけて少しずつ中止していこう、という立場
許可条件派 :欠陥が改善されるならばという条件付きで推進を認める立場
さて、1970~80年代の反原発運動を主導したのは左翼勢力、政党で言えば当時の社会党、共産党を中心とするグループです(中には極左過激派もからんでいました)。このグループ主導の反原発運動は基本的に1の「全否定派」的な立場を取っていました。中でも社会党系のほうがより「全否定」に近かったようです。
彼らが「全否定」のために主要な論拠としたのが、「事故の危険がある」ということと、「軍事転用される可能性がある」の2点です。
問題は、反対派に「全否定」路線で来られた場合は、賛成派も逆に「全否定」で返すしか無くなってしまうということです。
仮に、反対派の指摘する危険の一部が事実だったとしましょう。
反対派:A、B、Cという3つの危険があるから即刻中止を求めます!
賛成派:AとBは間違いです。Cの危険は確かにありますが発生する恐れは低いので順次対応を進めていく予定です
と賛成派が正直に「Cのような危険がある」と答えたら、何が起きると思いますか?
「全否定」を目的としている反対派は、その回答を持ち帰って仲間内で大宣伝を繰り広げるんですね。
○○電力自身が認めたCの危険性!!
このような危険な原子力発電を絶対に許すことは出来ない!!
我々はあくまでも即刻全面中止を求めて戦います!!
と、こういう調子でです。
私は反原発運動については何十年も前からウォッチしていましたので、彼らがこういう戦術をワンパターンで使ってきたことを知っています。だから、電力会社が「絶対安全」を繰り返してきたことを批判する気にはなれません。
確かにそれは「まやかし」でした。「絶対安全」な技術なんぞありえないことぐらい、現場の技術者が一番わかっています。しかし、その「まやかし」をしなければ原子力開発を推進できない、という状況に追い込まれていたのが現実なのです。
「安全神話」で国民を騙した、と東京電力を批判することを止めはしません。ですが、批判するにしても、こうした背景事情を知った上で批判してください。
■反対派は、結果的に安全性の向上を妨害してきた
本来であれば、賛成派と反対派の間ではこんな議論が行われているべきでした。
賛成派:C、D、Eのような危険は確かにあります
反対派:それらの対策は可能なのですか?
賛成派:可能ですがすべての対策を取ろうとすると予算が足りません
反対派:では・・・・
この後の反対派の対応として次の2種類が可能です。
【段階的改善】では優先順位を我々と協議しましょう。その上で順次実行してください
【許可条件付け】では予算をとって実行してください。それまでは認めません
このどちらかであれば意味がありました。どちらを選ぶにしても安全性は向上します。
しかし現実に反対派が取ってきたのは「全否定」的な対応です。「全否定」の結果実際に原発を止められたのか、というと現実にはほとんどできませんでした。
逆に、その全否定的な対応への対抗として「絶対安全」と言わざるを得なかったがために、電力会社も国も原発事故を想定した防災計画を立てて訓練を行うことができなくなりました。
「原発事故の時に注意しなければならない放射性ヨウ素」への対応策を事前に知っていた人はどれぐらいいますか? それを原発立地自治体の住民でさえ知らなかったのはなぜだと思いますか?
事故が起こることを想定した防災計画を公表することができなかったからです。
結果として、「原発は危険だから止めろ」と叫んでいた反対派自身が、原発の安全性向上を阻害していたのが現実です。このことは、大いに教訓とするべきでしょう。
後編に続きます。
■開米の原子力論考一覧ページを用意しました。
→原子力論考 一覧ページ