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原子力論考(15)無限・無期型ストレスとの付き合い方(前編)

原子力論考(15)無限・無期型ストレスとの付き合い方(前編)

開米 瑞浩

社会人の文書化能力の向上をテーマとして企業研修を行っています。複雑な情報からカギとなる構造を見抜いてわかりやすく表現するプロフェッショナル。

当ブログ「開米のリアリスト思考室」は、2015年4月6日から新しいURL「​http://blogs.itmedia.co.jp/kaimai_mizuhiro/」 に移動しました。引き続きご愛読ください。


 こんにちは、難解な知識を伝える・教える技術に命をかける開米瑞浩です。

 既におなじみの原子力論考シリーズもまだ続いています。これを書くことは私にとっては一種の社会貢献なので、本業にはまったく役に立たなくてもやっています。

 さて、今回は産業技術総合研究所デジタルヒューマン工学研究センターで興味深い解説論文を見つけたので、紹介がてらこの記事を書くことにしました。

地震・放射線のストレスと、うまく付き合い続ける方法
掛札逸美・著

 著者の掛札博士はリスク認知の社会心理学、ストレス・マネジメントのプロフェッショナル。
 そのプロの観点で見たとき、今回の東日本大震災と原発事故は未曾有の「低レベル・慢性ストレス」を日本人にもたらしている、と言います。そしてこの「低レベル・慢性ストレス」ははっきりと健康レベルを低下させるものであって、だから「ストレスとうまく付き合い続ける」ことが大事だ、と解説されています。

 豊富な研究の裏付けがあり、かつストレス・マネジメントの非専門家にもわかりやすく書かれているので、興味と時間のある方はぜひご一読ください。

 さて、そうはいってもこの解説論文もかなり長いもので(全34ページ)読むのはちょっと骨が折れます。かといってそれを私が要約紹介するのもちょっと難しい。

 そこで、要約ではなく、上記論文その他私がこれまで見聞きした情報をもとに

震災+原発事故に伴うストレスの影響と対策について、
開米が自分なりに理解したこと

 を視覚化してここに書くことにしましょう。そのほうが私らしい仕事になると思いますので。
 ただしあくまでもストレス・マネジメントの素人である私の理解ですから、そこは念頭に置いて読んでください。

■震災+原発ストレスは「無限・無期」型ストレスである

 まず1点目。「ストレス」そのものは平時の日常においても至るところに存在しますし、必ずしも悪いものではありません。逆に、「大口の見込み客へのプレゼンという重要な仕事を任されて責任を感じた(=これもストレス要因になりうる)けれどそれが私を成長させた(好影響)」という場合のように、ポジティブな影響をもたらす場合もあります。
 が、しかし今回の震災+原発事故がもたらしたストレスはその種の「平時の日常において存在するストレス」とは少々性質が違います。
 どのように違うのか? というと、鍵になるのは

予想しうるマイナス規模の大きさ
時間軸の限定の有無
 の2点の違い。これを図にするとこんな風になります。



 タテ軸に「そのストレスがもたらす影響がポジティブかネガティブか」をとり、ヨコ軸に時間軸を取ると、通常の日常生活や業務において受けるストレスはその大半が図中のA(緑色)に該当する「有限・有期」型です。つまり、

有限:ネガティブ度に限度がある。(たとえばプレゼンテーションで失敗したところで殺されるわけではないし、会社を首になることもめったにない)

有期:期間に限度がある。(たとえば、「来週のプレゼンが終わるまで」なら終わりが見える)

 というのが普通のストレスですね。人間はこういうものには対処しやすいのです。が、震災+原発事故ストレスはこれとは違います。

無限:ネガティブ度に限度がない。確率は低いながら、地震や放射線による「死の恐怖」がリアルに存在する(ここは実際の放射性物質の危険度とは無関係で、当人が恐怖に感じるレベルがそうだということ)

無期:期間に限度がない。(たとえば、「今日食べたこのお肉のせいで10年後にこの子が病気になったら・・・」という心配をせざるを得ないし、地震や原発事故も「期限」がなく、いつ起きるか分からない)

 これを視覚化すると前述の図になります。Aと書いてある緑の部分は「普通のストレス」であり、有期だから断続的に発生するのに対して、紫のBのほうは最底辺をドカンと占拠していることから、まったく違う性質のものだということがおわかりでしょうか。

 問題は、人間はこういう「無限・無期」型のストレスに弱いということです。
 「有限」型のストレスについては「なあに、死ぬわけじゃなし」と「たかをくくる」こともできますが、「無限」型だとそれが通用しません。
 また、「有期」型のストレスの場合は、とりあえずしのいでしまったら忘れられるのが普通です。たとえば、「最近お野菜がすごく高いのよね~」と財布が心配にはなっても、買ってしまった野菜についてはあとは食べるだけ、食べたら幸せになって心も体も疲労回復できます。しかし、「無期」型のストレスになると「これを食べたら10年後に病気に・・・」という心配がつきまとってしまい、心が安まる暇がありません。心が安まらないというのは結局身体も休まらないので、健康を害してしまうわけです。


■「心配要らないから心配するな」では、心配になってしまう人には通用しない

 さて、2点目。これは冒頭に紹介した掛札論文の15ページにあることですが、たとえば放射能汚染が心配で子どものことを思うと気が気じゃない、という人を安心させようとして

    「放射能なんて実際はまったく心配要らないんだから大丈夫だよ。
    根拠はこれだ」

 とエビデンスをつけて論理的に説明してもほとんどの場合無駄か逆効果になる、ということです。実際私もそれはなんとなくわかっていましたが、この掛札論文を見てあらためてやっぱりそうなんだな、と理解しました。
 実はこの原子力論考も「本当に不安な人の心には響かない」のは承知しています。だから「本当に不安な人」はもともとこの原子力論考の読者として想定していません。放射線の本当の危険性はどうなのか、原子力の存在意義はどうなのか、といった問いに対して多少なりとも冷静に答えを求める意識のある人を読者に想定してこのシリーズを書いています。

 とはいえ、そんなふうに「多少なりとも冷静に考えられる」という状態の人はもともとストレスそのものをあまり受けにくいのではないでしょうか。真に必要なのは、「不安で不安でたまらない」という状態の人へのケアです。そして、掛札論文にはそのための大事なガイドラインが載っています。

    (次号へ続く)


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