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原子力論考(49)電力品質が下がることを想定しておかなければならないか・・・

原子力論考(49)電力品質が下がることを想定しておかなければならないか・・・

開米 瑞浩

社会人の文書化能力の向上をテーマとして企業研修を行っています。複雑な情報からカギとなる構造を見抜いてわかりやすく表現するプロフェッショナル。

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 原子力というよりは電力システムの話です。電力屋でもない私がこれを書くのもおかしな話ですが、まあ私が書くことで現実を知ってくれる人が1人でもいれば価値はありますので書くことにします。少々めんどくさい話ですが、ご容赦ください。

 電力というのは発電所で電気を起こし、それを何段階かの変電所を通して電圧を変えながら、(通常は空中の)電線を通して送電・配電される、という経路をたどって需要家に届きます。これらの一連のしくみを電力系統と呼びます。図中「変電所」は3段階で書いてありますがこの段数は固定ではありません。



 この「電力系統」は、おもしろいことに、全体が完全にシンクロして動くようになっています。
 シンクロするというのはどういうことかというと、「交流の位相が完全に揃っている」ということです。発電機は複数あってそれぞれが独立に発電しますが、その複数の発電機が生成する交流電力の波形はピタリ一致するように作られています。これができないと系統全体で安定した電力の融通が出来ず、場合によっては発電機の破損を起こします。
(参考→発電機の非同期投入による事故例について
 ちなみに、一般の企業や病院等に設置されている非常用発電機、自家発電機にはこの「位相を合わせる」系統連携ができないものが多く、そういうものはそもそも電力系統に接続されていません。「自家発電」は埋蔵電力として当てにはできないわけです。





 さて、このように電力系統は「電圧と周波数が安定するように」作られているわけですが、問題は「その安定を妨げる要因」が存在することです。

    簡単に言うと

        電力供給 = 電力需要

 がいついかなるときも成り立っていれば、つまり電力の供給と需要が24時間365日どの瞬間においても完全に一致していれば、電圧・周波数は安定します。逆に言うと、電力の供給と需要がアンバランスになると、電圧・周波数が変動し始めます。

 ここで電力の「供給側」と「需要側」の「変動」に関する特性をまとめるとこうなります。



  電力供給側、つまり「発電所、送配電網」については今までは9電力体制で集中管理されていたため、電力会社が細部まで状況を把握しコントロールできました。
 一方、電力需要側は一般の工場・家庭・オフィスなどであり、電力会社が瞬時瞬時の電力使用をコントロールすることはできませんし、細部の状況把握をすることも不可能です。
 また、発電量を急激に変動させるのは技術的な理由から難しいため、需要の変動が想定を超えて激しくなると大規模停電が起こる可能性があり、それが実際に起きた例もあります(1987年7月23日 首都圏大停電)。

 こうした事態を受けて再発防止のため対策が進められました。その対策の1つであったのが「揚水発電所の増強」です。実は揚水発電というのは「発電出力を短時間で需要の変動に追随させる能力」にかけてはダントツであり、単に夜間の余剰電力を活用するという以上の意味があるわけです。脱原発論者の一部には、「揚水発電は原発とセットのものであって揚水のコストは原発のコストに組み入れるべきだ」と主張する者もいますが、そういう人物はたいていこの話には口をつぐんでいます。

 さて、ここまでは「過去に起きてきて、現在こうなっている」話です。
 今後はどうでしょうか?

 自然エネルギーの全量買取制度がスタートすると、当然ですが「自然エネルギー(不安定電源)」が増加することになります。たとえば太陽光発電パネルを各家庭に設置すると、電力系統上は「需要家」の位置に、超小型の「発電所」が登場することになります。

 いいことじゃないか、何が悪いんだ? と思われることでしょうが、電力系統が安定するためには

        電力供給 = 電力需要

 が瞬時瞬時に成り立っていなければならないことを考えると、「不安定な電源」が、「電力系統の末端に」増えることはかなりの不安材料なのです。

 たとえばどこかの自治体が盛大に補助金を出して、○○市○○区のような狭い地域でガンガン太陽光発電パネルを設置したとしましょう。
 ある晴れた日、しかし所々に雲が浮かんでいる、そんな雲の1つがたまたまその○○区にさしかかるとその地区の発電量が急減し、雲が通りすぎるとまた急増することになります。太陽光発電の電力は基本的にその所在地域内で消費されるため、こういう場合、その地区でだけ電圧が不安定になる、ということが起こりえます。電圧が変わると誤動作したり、場合によっては破損する機器もあります。これは軽視してはいけない問題なわけです。

 現在はこうした事態を防ぐために、「太陽光による発電を電力系統が吸収しきれない場合は売電できない」という制限があります。

 しかし、大々的に太陽光発電を導入していったときに、その制限はそのまま維持できるでしょうか? 現在程度の微々たる導入量であっても「余剰電力があるのに売電できない」現象が起きるのに、自然エネ買取法案で導入が加速したらそういう事態が格段に増えるでしょう。そうなると、「制限を緩めろ」という政治的な要求が強まり、電力会社がその要求に抗しきれなくなるかもしれません。
 しかし電力というのは物理現象であって、政治的に解決できるものではありません。
 「太陽光発電の無制限の売電を認め」て、かつ「電力の品質を維持する」ためには、送配電網に対して新たな投資が必要です。その投資がいくらになるのかはわかりませんが、自然エネルギーを過剰に賛美する人はどうもそのあたりの事情をまったく無視しているように思われます。

 少なくとも分かっておいて欲しいのは、現在の電力系統は太陽光発電のような不安定電源を大規模に導入することを想定して構築されたものではない、ということです。そういう無理をすると、どこかにひずみが出ます。具体的には

    電力品質
    電力会社の財務

 という2点に悪影響があります。財務状況が悪化したら品質を維持するための投資も出来なくなるのは当然です。
 となると、我々は「家庭に供給されている電力の品質も悪化すること」を想定しなければならないかもしれません。皆様、UPSの準備は十分ですか?
 ちなみに私は業務用のパソコンには3万円程度のUPSをつけてあります。自然エネルギーの買取法案は、単に電力料金の高騰を招くだけでなく、電力品質の悪化にともなう対策をも各企業・家庭に強いる可能性が高い、ということは知っておいてください。


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