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原子力論考(52)原発が原爆にはならない理由

原子力論考(52)原発が原爆にはならない理由

開米 瑞浩

社会人の文書化能力の向上をテーマとして企業研修を行っています。複雑な情報からカギとなる構造を見抜いてわかりやすく表現するプロフェッショナル。

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 10日ほど前にtwitterで「マジで、原爆と原発の区別がつかないと言う人、原発は絶対に核爆発を起こさないということを納得できない人がいたらリプライください。僕のできる限り解りやすく説明します」と書いたところ、50件以上リツイートされて要望もいただいたので、書くことにします。

■まずは、時間のない方向きの短い説明。

 原爆を作るためには、U235の濃度を90%以上に濃縮しなければなりませんが、原子力発電所の軽水炉で使われている核燃料のU235濃度は 3~5% です。
 これが料理のスープであれば煮詰めれば濃度が上がりますが、ウランは「過熱すると勝手に濃度が上がる」ようなものではありません。
 したがって、原発が核爆発を起こすことはありえません。



 短く説明するなら、以上です。

 さらにここから先は、核分裂のメカニズムを踏まえた理由を知りたい方のためにもっと詳しく書いてみましょう。

 まずはウランの核分裂とは何かという話から。
 ウランの同位体のうち、自然界には0.7%しか存在しない U235 には、中性子を当てると大きなエネルギーを出しつつ分裂する性質があります。



 (1)U235に中性子を当てると、(2)原子核が分裂して2~3個の中性子が飛び出し、(3)その飛び出した中性子がさらに別のU235に当たるとまた(2)の反応が起きます。

 この反応が継続すると、1個が2個、2個が4個、・・・と倍々ゲームで増えていって急速に反応が拡大するんじゃないか・・・と思いますよね? 
 実際、原爆の場合はそういう倍々ゲームを100万分の1秒程度のごく短時間の間に繰り返させることで大爆発を起こします。
 原子炉の場合はその反応を制御して少しずつ進め、数日かけて定格出力に達したらそのまま維持させます。



 では次に「核分裂反応」が連鎖する仕組みをもう少し詳しく見てみます。
 核分裂で飛び出した中性子の行方をおおまかに追うと、(1)次のU235に当たって再び核分裂を起こすか、(2)ウラン原子のスキマを抜けて核燃料の外へ出るか、(3)U238に吸収されてPu239になるかのいずれかです。




 さて、ここでもし「原爆」を作りたいならば、次のような条件が必要です。



 まず、(a)高速中性子による反応 であること。高速中性子とは何かは後で説明します。
 次に(b)中性子がスキマを抜けて外へ逃げられないほどの大量のU235のカタマリがあること。ウラン型原爆を作る場合は20kg程度のU235のカタマリが必要とされています。
 さらに(c)U238の比率が低い必要があります。U238があると高速中性子を吸収してしまい、核分裂が続きません。そのため、U235濃度が90%以上になるように濃縮しておかないと、原爆にはならないわけです。

 一方、原子炉の中ではどうなっているかというと、まず、原子炉の燃料棒のU235が分裂すると、そこで出てくる中性子はいったん減速材(水)を通って減速され、低速中性子になります。高速、低速というのは中性子の速度のことで、核分裂によって飛び出した直後の中性子は光の速さの数分の1という非常な高速のため「高速中性子」と言います。それが水分子中の水素との衝突を繰り返すと減速されて低速中性子になります(ただし普通は熱中性子と呼びます)。

 原子炉内では(a)低速中性子が反応の主役になります。これがU235にぶつかって核分裂を起こしますが、(b)原子炉の核燃料は小さなペレット状になっていて、「中性子がスキマを抜けられないほどの大量のU235のカタマリ」ではありません。しかも、(c)中性子を吸収してしまうU238の比率が高いため、原爆のような高速中性子による反応は継続しません。



燃料棒
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%87%83%E6%96%99%E6%A3%92
原子炉の燃料ペレットは、二酸化ウランを直径、高さとも約1センチメートル程の円柱形に焼き固めたもの。

ウラン原爆の臨界量
ガンバレル型原爆には約22kg(球体の場合で直径10cm強)のU235塊が必要

 というわけです。「原爆を作るための条件」がことごとく成り立ちません。そんなわけで、原子力発電所が核爆発を起こすことはありえないのです。

(13日21時追記)
原発は原爆のような「核爆発」は起こしませんが、では一切の爆発的現象を起こさないか、というとそういうわけではないのは福島原発事故で水素爆発を起こしたことでおわかりのとおりです。

「核爆発」とは違う小規模な爆発については、何種類か異なるメカニズムで起きる可能性がありますが、本稿ではそれらについては省略しています。あくまでも「原爆にはならない」ということを説明するのが本稿の目的だからです。

「原発は原爆にはならない」というのは、分かっている人にとっては当たり前すぎることですが、残念ながら一部の学者や学者モドキの活動家は、この点についてミスリードするような主張を行い、原子力への恐怖を過剰に煽るような言動を繰り返しています。そういうミスリードを防ぐのが本記事の目的です。


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