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隣の軍師様【一次選考通過作品】
「誠 ビジネスショートショート大賞」事務局通信
隣の軍師様【一次選考通過作品】
ビジネスをテーマとした短編小説のコンテスト「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」(Business Media 誠主催)。ここではコンテストに関するお知らせや、一次選考を通過した作品を順次掲載していきます。
荒木は嘆息した。それもそのはず。仕事が無いのだ。彼、荒木村雲はデザイナーである。建築デザインを専門にしてはいるが、仕事となれば今はどんな依頼も受けている。最近などは町おこしの一環だとかで萌え絵の依頼も受けた。萌え絵をあしらった地元名物の菓子は従来の顧客を遠ざけて終わり、何の話題にもならなかったようだ。2ちゃんねる掲示板で「また便乗商法かよ」と罵られることすらなく荒木の描いた萌え絵は風化していった。
「荒木殿は戦が下手じゃな」
そう言ったのはつい最近、荒木がアルバイトとして雇った山本寛奈である。本人は21歳と言い張るが、どこからどう見ても中学生くらいの背丈と容貌であった。荒木もどうして自分はこんな年齢不詳の人間を雇うことになったのかと困惑するのだが、いつも寛奈にうまくごまかされてしまうのだった。
「戦って、別に戦争が上手になっても仕方ないだろ」
「愚か者め。生きるということはすなわち戦うということじゃ。ドンパチするばかりが戦ではないぞ」
「つまり、仕事もまた戦、と言いたいのか?」
「いかにも」
寛奈は自称軍師である。以前、荒木が「軍を持たない軍師があるか」と突っ込みを入れたところ、グーパンでボコボコにされた挙句「わしの知略にはむかうとこうなるのじゃ」と脅しをかけられたことがある。
「兵法書に曰く、算多きは勝ち、算少なきは勝たず。荒木殿には算、すなわち計略が足りん。もっと仕事を得るために頭を働かさんか」
どうしてアルバイトにここまで責められねばならないのか。雇い主としてはいくらでも反論して良さそうなものだったが、寛奈の言葉には逆らえないでいる。実際のところ寛奈は仕事がよく出来た。プログラミングを組ませればテストまで完璧に仕上げ、契約書類を書かせれば教科書の見本のような仕上がりであった。その実力を目の当たりにして以来、どうにも頭が上がらないのだ。
「軍師であれば当然のことよ」
意味はよく分からなかったが、荒木はとりあえず首肯する。
「とは言っても、何をどう考えればいいのか。今はとにかく顔を覚えてもらうことが先決だと思うし、とにかく営業回りするしかないじゃないか。それとも寛奈は何かいい考えでもあるのか?」
「ふむ。実はすでに手を打っておる」
寛奈が不穏な笑みを浮かべてすぐ、事務所の部屋を鳴らすチャイムの音が響いた。荒木が応じるよりも前に扉が開けられ、そこには絶世の美女が立っていた。ある日突然、謎の美女がやってくるというのは世の男にとって最高のシチュエーションではなかろうか。夢が叶った瞬間であった。
「荒木殿は女に飢えておるからの。言葉を忘れたか。まるでバベルの塔じゃな。ノアの方舟には乗れそうもない、阿呆の面構えじゃ」
かなりひどいことを言われながら、荒木は全く意に介さなかった。それほど目の前の女性は美しかった。長い黒髪に艶やかな着物姿。まさに日本の美。
「機織綾羽、と申します」
「えっと、はたおりさん?」
「はい」
綾羽の包み込むような笑顔に荒木は完全に参ってしまった。寛奈は荒木を腹に一撃を加えた。荒木はくずおれた。
「っってえ、何でだよ!」
「人を致して人に致されず。荒木殿がわしの策に引っかかってどうするのじゃ」
「さく?」
「この女はわしの知人でな。今回は助っ人に頼んだ。今後、荒木殿に代わって営業回りをやってもらうことにした。兵法三十六計の第三十一計、美人計を行う」
美人計とは要するに美人の力で相手を骨抜きにしてしまおうというものだった。陰気くさい男が来るより、美女に来てもらった方が嬉しいのは当たり前と言えば当たり前。
綾羽はうやうやしく頭を下げ、寛奈の隣の椅子に座った。
「それでは荒木様。本日よりわたくし、機織綾羽が荒木様の手足となり働かせていただきます」
これにはさすがに荒木は慌てた。
「いや、ちょっと待ってください。そんなこと急に言われても、うちはもう一人バイトを雇う余裕なんて無いですよ。寛奈のバイト代だって出せるかどうかってくらいなのに」
「ご心配には及びません。わたくしは寛奈様の奴隷でございますから。寛奈様のためになることであれば、この命すら惜しくはございません」
さらりととんでもない発言をされたため、荒木の思考が追いつかなかった。その様子を見てとった寛奈がフォローを入れる。
「綾羽は生粋のガチレズであるからな。気にすることはないぞ荒木殿」
フォローになっていなかった。
「まあ細かいことは良いじゃろう。では綾羽、さっそく働いてもらおうかの。疾きこと風の如しなり」
荒木は実のところ、そんなに単純に行くのかと訝っていた。そして世の中意外に単純であることを思い知るのだった。いや、単純なのは世の中ではなく世の男どもであったか。
綾羽が営業に出るようになってから1週間ですでに2件のオファーを受けていた。小さな仕事ではあったが、荒木の専門に近いものだったので大いに喜んだ。
荒木が個室にこもって仕事をしているところ、営業回りから綾羽が戻ってきた。
「ただいま戻りました」
「うむ。ご苦労であったな。首尾はいかがじゃ」
綾羽は若干気落ちした様子で答えた。
「来年初に着工予定のショッピングモールの件ですが、どうにものれんに腕押しと言いますか、ぬかに釘と申しますか。社長の池田恒喜という男にはわたくしの色香は通用しないようでした。デザインのサンプルにも軽く目を通しただけで、しっかりと見ていただけたようには......」
「そうか。ぬかったな。敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり。わしとしたことがそなたに頼り切り、情報収集を怠っておったわ」
「ではわたくしがあらためて敵の内情を探りに」
「いやそれには及ばん。そなたではわしの求める情報はおそらく手に入るまい」
そう言って寛奈はパソコンに向かい何やら検索し始めた。真ん中に壺があり、変な顔のキャラクターが集まる画面を開く。さすがの綾羽も「それかよ!」と心の中で突っ込まずにはおれなかったが、寛奈は真剣そのものの表情である。
「ネットの情報は玉石混交などと言うが、情報は全て石じゃと心得よ。それを磨き、玉とするのはわしらの知恵じゃ」
あらかた調べ尽くし、寛奈は一つの結論にたどり着いていた。
「荒木殿。荒木殿、出てまいられよ」
ドアをコンコンと叩き、寛奈は荒木を仕事場から引き出した。若干眠そうな顔つきをしていたので寛奈はとりあえず荒木の頬を叩き、文句も言わせぬまま洗面所にて水攻めとし、顔を拭き、髪型を整え出来うる限りの男前に仕上げた。
「ふむ。なかなか良い面構えじゃ、荒木殿。ついにそなたの力が必要じゃ。実はさきほど綾羽が例のモールの件で先方の社長に会ってきたところ、なかなか色よい反応だったようでな。もうひと押しなのじゃが、やはり社長自らが出向くが筋と思うてな。荒木殿、是非参ってはくれぬか」
荒木はついに大きな仕事が出来ると喜び、慌てて出かけていった。その姿を見つめながら、寛奈はどこか物憂げであった。
「寛奈様。此度はどのような策を用いられたのですか?」
「同じじゃよ」
「は......?」
「此度も用いたのは美人計じゃ。まさしく、彼を知り己を知れば百戦して殆うからず。そして、算多きは勝ち、算少なきは勝たずであるな。調査を密とし、あらゆる手段を尽くす。これこそが兵法の極意である」
寛奈はどこかに電話をかけていた。おそらくダメ押しの一手をかけたのだろう。それがどのような一手であるか、綾羽は聞かぬこととした。兵は詭道なり。いつの時代も、戦は騙しあいなのであった。
(投稿者:入江祥太郎)
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【事務局より】「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」の一次選考通過作品を原文のまま掲載しています。大賞や各審査員賞の発表は2012年10月17日のビジネステレビ誠で行いました。