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いもうとOLといっしょ【一次選考通過作品】

いもうとOLといっしょ【一次選考通過作品】

「誠 ビジネスショートショート大賞」事務局

ビジネスをテーマとした短編小説のコンテスト「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」(Business Media 誠主催)。ここではコンテストに関するお知らせや、一次選考を通過した作品を順次掲載していきます。


 「社長! 空から女の子がッ!」

 といった感じで多くの物語が始まるのは、主人公と美少女との出逢いを簡略化しているわけで。

 結婚式の『ふたりの馴れ初め』のように長々と語るよりは、

 ――何かわからんが、とにかく出逢った。後は察しろ。

 としたほうが、いきなり派手なシーンで引きつけることができるからだろう。

 そういった事情を承知のうえで、『空から女の子』な作品は楽しまれているように思う。俺の知りうる範囲では、空から女の子が降ってくることなど、誰も信じてはいないし深く考えてもいないからだ。いいから次に進めと、読み飛ばしているのだ。様式美。昔々或るところにお爺さんと~と同じ、時候の挨拶と同じだと思うのだ。

 それなのに。

 あのアホは、本当に降ってきた。

 ふらりと、コンビニに酒を買いに出かけた時だ。

 「ひゃぁぁあああ――――!!」 

 あのアホは歩道橋から俺にむかって、美しすぎるダイヴをキメたのだ。

 頭が痛い。いろんな意味で。

 それに腰も痛い。アホ女が覆い被さっている。

 ピンクのツインテール。アホな子は、勢いよく立ち上がると、ばっちりウインク、

 「私は聖羅(せいら)! アナタは!?」

 右手を差し出した。握手をしようというのか、それとも、引っ張って起こしてやろうというのか。

 ......。

 とりあえず俺は、無視をした。

 あれから数日が経った。

 結論から言うと、俺の部屋には聖羅が住んでいる。

 居座っている、と言ってもいい。少なくともリビングは占拠している。

 どうしてこういう事になったかというと。

 聖羅が望んだのと、聖羅が強引だったのと、俺が不甲斐なかったからだ。......。

 もちろん、無理やり警察につれていくことも、マンションの管理組合にすがることも出来たのだが、それをしなかったのは、悪いことや根性のひん曲がったことをするような子には、とても思えなかったからだ。

 聖羅は気さくで可愛い女の子だ。自称二〇歳だが、どうみても中学生だし、ランドセルを背負えば小学生といっても通用しそうな幼さだ。

 ほっそりとした手足は長く、背が高い。その瑞々しい肢体は健康的な白さ、すうっと長い脚を純白のミニスカートが覆い、その上にはピタッとした高貴な紫のノースリーブ。崩れそうなほど華奢な肩。それにかかるツインテールは、さらさらと美しいストレートで、やわらかく薄いピンクに輝いている。

 ぱっちりとした、あどけなさを残した大きな瞳に、やっぱりあどけなさを残している、やや丸みをおびた頬。ただ、丸みをおびたといっても、他の部分に比べてというだけで、痩せすぎとも思える聖羅にとっては、その丸みが彼女の可愛らしさの源泉ではあった。

 そんなロリっとしてペタっとした聖羅が、高らかに宣言したのだ。

 「私は起業するッ!」

 なにを突然言い出すんだこのアホは、と思ったけれど。

 見てみたい、とも思ったんだ。

 まあ、このときの俺は、失業してからなかなか次の一歩が上手くいかなくてさ、ぷらぷらしていたんだ。もう失うものは何もないと、半ば投げやりだったんだな。――

 はじめの頃は。

 会社法や、ビジネスなんちゃらかんちゃら、起業うんたらかんたら、といった本を読んでいた。

 はじめの頃は、な。

 俺も起業を考えていたからよく分かる。手にとるように分かる。夢が、希望が、目標が、曖昧に消えて無くなっていくのが......聖羅がそれらを失っていくのが、俺にはよく分かった。

 観察していると、聖羅はまったく俺と同じ道を進んでいた。俺と違ったのは、劇的に展開が早いことだ。

 あっという間に、ゲームとアニメ、それにライトノベルを楽しむだけの日々となった。

 もちろん、メシは食うし、風呂も入る、規則正しくはないが寝る。ただ、家から出ない。俺の家なのだけれども。それでも、事あるごとに、

 「起業したら」

 と、熱心に買い物リストを更新していた。しばらくすると、それが「成功したら」となり、「お金があったら」となり、そのうち言わなくなった。更新しなくなった。見事に俺と同じ道を進んでいた。

 そんなある日のことだ。

 「ねえ、お兄ちゃん」

 「なんだそれは......」

 「じゃあ、旦那さま」

 「いきなり何を言いだすのかと、訊いている」

 「......社長ぉ」

 「俺が社長に見えるのかよ」

 と吐き捨てたら、これは飛躍しすぎね、と聖羅は呟いた。ような気がした。

 何をしているんだと訊くと、喜ばれる呼びかたを確かめているのだという。オッサンが喜ぶ呼びかたを、俺で確かめているのだという。

 「そんなもんは既に、データがあるだろう」

 「そんなあ、付き合ってくださいよぅ、部長さん」

 ヒキガエルのような部長の顔と、べちゃっとしたイヤミを思い出した。

 「うわっ......今、ガム踏んだみたいな顔をしたですぞ」

 「語尾は変えるなよ」

 「そっちも、確かめているのでござりまする。ラノベに興味を持っているオッサンに、ウケるキャラ創りでございますわン。わたし、とっても気になりますのッ!」

 「それこそ、ラノベそのまんまで良いじゃないか」

 「これだから。これだから、マスターは」

 聖羅は肩をすくめて両手をあげた。そのまんまじゃダメなんだ、そのまんまじゃオッサンには響かないんだと、嘆いている。

 「でも。俺は日ごろから、中高生と同じアニメ観てるからな。何もかも忘れて現実逃避したい、中学生の気持ちになって没頭したいってのもあるからなあ......」

 下手にオッサン向けに創られても困る。というか、何をしているんだ、この子は。

 「これだからオッサンは。まだ俺は若いんだと、すぐそうやって意地になる」

 「俺は若いというか、ガキのまんまだからなあ。若い子向けと同じで構わないよ」

 だったら打ってみなよと、唐突に。

 聖羅は顔を出した。頬を指差して可愛らしく挑発している。いつまでも前傾姿勢で頬を膨らませている。しょうがないなと軽くデコピンをしたら、聖羅は、

 「んほぉぉおおおっ! しゅごいいぃぃぃ頭バカになっちゃうぅぅんほぉおおおおおおおおおおっ!! むおぉぉぉぉんぃぐうぅぅぅぅうぅびゅぅぅうううん!!! バカになっちゃうぅぅん! 私バカになっちゃうぅぅん!! ご主人さまに激しくヤられてバカになっちゃうぅぅんほぉおおおおおおおおおおっ!!!」

 叫んだ。目をむいて、両手でVサイン。ダブルピースってヤツだ。

 「ほら、ドン引きしてる」

 聖羅は胸を張った。優越感に満ちたため息だった。

 「だから、相手に分からないように、相手に合わせたチューニングをしてるんだよぅ。その細かな設定に神経をすり減らしてるんだよぅ。そうやって創られた世界が、居心地良いんだよぅ」

 などと、ぶつぶつ言いながら、聖羅はライトノベルにマーカーを引きはじめた。

 嗚呼、脱線ここに極まれり。

 聖羅は二次元世界にのめり込んでいた。

 「あのな。手探りなのは結構だけど。実売データとか過去の実績もチェックしようよ。それになあ、そもそも何の話をしているんだよ」

 おまえ起業するんじゃあ、なかったのかよ。

 「後発だとさあ。ど真ん中じゃあ勝負にならないんだよね。だから、『気持ち悪い、けど心地よい』『嫌いだけど、なんか見ちゃう』というね。私はソコを研究しているんだよぅ」

 話がまるでかみ合わない。

 何に、夢中になってるんだよ。いつまでも、逃避してるんじゃねえよ。

 俺の呆れるさまを見て、聖羅は激昂した。

 「なんで納得しないかなあ!? テンプレートな王道は、すでにやり尽くされているんだよ!!」

 「『先人が思いついたけど、敢えてやらなかったこと』という話なら知っている」

 「だとしても! 私はソコを目指すッ!!」

 吐き捨てて、聖羅は洗面台に駆けていった。

 最後まで、話がかみ合わなかった。

 聖羅は俺の言葉を無視して、一方的に話していた。顔を真っ赤にしていた。大きな瞳には、涙を溜めていた。絶対に引けないのだと、歯を食いしばっていた。声を荒げていた。

 ああ、なんか。

 そういうの、忘れてたな。

 格好悪いからと、恥ずかしいからと避けて、やらなくなったよな。そういうの。

 俺はベッドに横になり、天井を見ていた。

 暗くなって、天井がよく見えなくなっても、そしてまた見えるようになっても、そのまま、いつまでもずっと見ていた。

 いつの間にか、寝てしまったのだろう。リビングに行くと、朝食が置いてあった。

 聖羅が作ってくれたのだろう。それに、ゴミ捨てや掃除もしてくれたようだ。

 宿泊費のかわり、なのだろうか。

 ......。

 俺たちは、この日から徐々に距離をとるようになった。

 いや、今までが近すぎたのだ。家族じゃあるまいし。馴れ馴れしかったのだ。これくらいの距離感が常識的だし、健全なのだと思う。

 そして。距離をとるようになった俺たちは、お互いに。

 異性として意識をするようになった。

 そういう目で見ると聖羅は、可憐で気配りのよくできた子だった。時折見せる、真剣な眼差しと寂しげな笑いかたが女を感じさせた。

 ただ相変わらず、ひたすらゲームとアニメ、それにライトノベルの日々を送っていた。相変わらず、足をパタパタさせて、ひいひい笑っていた。

 以前と違うのは、そんな聖羅と目が合うと、聖羅は目を伏せ、足をきゅっと閉じて、シャツをぐぃっと下まで引っ張るようになったことだ。それを見た俺も、なんだか気まずくて無言で冷蔵庫をあさりにいくようになった。

 青くさい。

 でも、嫌いじゃない。

 そんな日が何日か続いて。

 唐突に。

 聖羅は去った。――

 ぼんやりと、天井を見ていた。

 あれからの俺は不抜けて、いや、もともと不抜けてはいたのだが、更に不抜けて。

 どうしようもないまでに、ダメ人間になっていた。人間かどうかも疑わしい。

 ただ、目が覚めて、ケータイをいじって、気が向けばメシを食らい、眠くなって寝る。ただそれだけ。

 そんな日が無駄に積み重なったある日。

 一通の手紙が送られてきた。

 聖羅から、だった。

 起業したという。ノマド――特定のオフィスを持たない働きかた、そんな働きかたをする人たち――に、ウケるサービスを提供するのだという。

 ぜひ利用してほしい、と書いてあった。

 騙すような事をしてごめんなさい、とも。

 封筒のなかには、手紙のほかに名刺が入っていた。

   ノマド喫茶 いもうとOLと いっしょ
          代表取締役 風祭聖羅

 つい、ゴミ箱に投げつけてしまった。

 しかし、しばらく考えると俺は。

 ノートパソコンを抱えて、ゴミ箱から名刺を拾い、部屋を出た。  

(投稿者:二〇十三)

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【事務局より】「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」の一次選考通過作品を原文のまま掲載しています。大賞や各審査員賞の発表は2012年10月17日のビジネステレビ誠で行いました。