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ターゲット【一次選考通過作品】

ターゲット【一次選考通過作品】

「誠 ビジネスショートショート大賞」事務局

ビジネスをテーマとした短編小説のコンテスト「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」(Business Media 誠主催)。ここではコンテストに関するお知らせや、一次選考を通過した作品を順次掲載していきます。


 ゴールデンウィークも大して売上が伸びなかったなぁ。コンビニを始めて5年、最初の頃こそ右肩上がりで伸びてきたが、最近では横ばいか、月によっては前年より売上が落ちている。

 サラリーマンをこのまま続けていても出る芽がないと、一念発起して始めたコンビニ経営だったが、予想以上に大変な仕事だ。サラリーマンと違って自由度はあるが、それはバイトのシフトが安定していることが前提だ。しかし、バイトを使うにしても人件費を捻出するだけの利益がなければいけない。現状のままだと、アルバイトをリストラしなくてはならなくなる日もそう遠くない。

 自分はリストラされる前に早期退職制度を使って退職したが、まさかリストラする側になるとは思ってもみなかった。

 なんとか売上を伸ばさないと、バイトを減らしたら、家族との時間も取れなくなってしまう。本部のコンサルティング役である指導員に売上打開策を訪ねても、通り一遍の話しか出てこない。接客がどうとか長期的にどうとか、そんな話ばかりだ。それでは、現状打破は無理だと感じたからこそ聞いているのに、キャンペーンの話ばかりだ。キャンペーンの話が大事なことは分かるが、それは自身でちゃんとやっている。周りのコンビニを見ても、ウチほどちゃんと取り組んでる店舗は見当たらない。自分で言うのもなんだが、真面目だけが取り柄でやってきたつもりだ。

 何か良い案はないかと、インターネットを検索していると、現コンビニオーナーが書いているブログを見つけた。プロフィールには、コンビニ本部社員の経験もあると書いてある。"おでんを夏から売るとか馬鹿なの"と題されたブログなどは、本部への皮肉も込められていて、大変共感できる内容だ。接客に対する考えが載っているブログなどは、接客の難しさと面白さが書いてあり勉強になる。

 ん?コンサルティングもやっているのかぁ。ブログの下にホームページのバナーが張り付いているので覗いてみると"1時間1万円、3時間から"と、書かれていた。3万円かぁ、高くはないけど安くもないなぁ。数日悩んだが、本部からの助言が役に立たない以上、外部のコンサルティングを受けてみるもの一つの手だと、連絡を取ることにした。

 そろそろ梅雨に入ろうという6月に、カミシロと名乗る彼はやってきた。事務室にいると「こんちはっ!オーナーさん居ます?」と、デカイ声が聞こえてきた。事務室といっても、売り場と扉ひとつで隔ててあるだけなので、声に気が付いた私は、バイトが呼びに来る前に売り場へと出ていった。

 「ど~もど~も、オーナーさんですか、初めまして神城です。」と、言いながら握手を求めてきた。なんか軽い男だ。しかし、その軽快な口調に似合わず、見た目は悪人面。

 人を見た目で判断するのは良くないが、バイトの面接などをやっていると、見た目である程度の人物像は想像できるようになる。本部社員のようにありきたりな事を言われて、問題解決に至らず終了ってパターンになりそうだ。

 ガックリ肩を落とした私を無視するかのように「ちょっと売り場見させて下さいねぇ。」と、ニヤニヤしながら神城と名乗る男は売り場を眺めている。時折、売り場についての質問をされたが、3万円が無駄になるかもしれないことがショックで答えは上の空だった。一通り売り場の観察し終えた彼を事務室へと案内し、コンサルティングを受けることにした。

 「オーナーさんスゴイ良い売り場ですねぇ。」お世辞のつもりだろうか、売り場の商品陳列についてベタベタに褒められた。そりゃ3万円のカモが捕まったんだ、褒めるくらいしてくれないと、こちらも泣きっ面に蜂だ。

 「色々コンビニを見てきましたが、オーナーの店にような教科書的な売り場を初めて見ましたよ。」えっ、教科書的?それは褒めてるの?貶してるの?

 売場作りに自信のある私は頭に血が昇り、どういう意味ですかと、つっけんどんに尋ねた。「あれっ、ごめんなさい気に触りましたか?」と、まだ笑顔で話しかけてくる。「いやね、売り場がきれいなのはスゴイんですが、なんか特徴が見えなくてねぇ、スイマセン言葉使い悪くて、決して貶して言ったわけじゃないんですよ。」あぁ、こういう人居る。悪気を持たずに、ガンガン人の地雷を踏んづけていく輩。

 地雷?あれ?地雷ということは、自分が作った売り場を自分は彼と同じように見ていたということなのか。心の奥底で感じていたことをストレートに言われたから腹が立ったということなのか。

 神城は続けた。「多分オーナーさんは、本部からの案内を忠実に売り場へ再現してきたのだと思います。それは決して悪いことではないのです。本部は全国規模で展開してますので、平均という部分をよく捉えてます。コンビニに来る客層は全国的に大差はないから、平均的な売り場であっても売上を大きく落とすことはないと思います。でも、」と、彼は話を続けようとしたところで、夕方のバイトが出勤してきた。


 面接の時は愛想の良い子だと採用し半年が過ぎたが、今の子といった感じで、感情を余り表に出さない。いつもぼーっとしながらレジを打っている。

 突然、彼が「やぁ!こんにちは~、元気にバイトしますかぁ。」と、話しかけ始めた。不意を食らったバイトは「はぁ」と、目を丸くしながら答えた。神城は、「違う違う。やってるやってるぅって言ってくれなきゃ」と、拳を上下に振りながら、初対面のバイトとやりとりを始めた。「やってるやってるぅ」なんてジミー大西を見たことない世代に言っても分からないだろうに。あきれながらも、その様子を見ていると、バイトがケタケタと笑っているではないか。すかさず「いい笑顔だねぇ」と、今度は笑顔をベタ褒めしている。「こんな笑顔の素敵なバイトがいる店だから、こんな繁盛してるんですねぇ、オーナー」と、私に振ってきた。ありがとうございますとだけ受け応えして、バイトの出勤を促した。

 次の瞬間、売り場に出たバイトが、いつもと違った挨拶のトーンであることに気が付いた。常連のお客さんも変化に気が付いたのか「おっ、なんか今日はゴキゲンだねぇ」などと、話しかけ、しばらくバイトと話し込んでいる様子が防犯カメラのモニターに映し出されている。

 驚いた。笑顔で接客するようにと指導を繰り返しても、ぎこちない作り笑顔しか出来ないことが、気になっていたからだ。それをこの男は、モノの数分で本物の笑顔へと変えたのだ。


 「あっ、ごめんなさい。どこまで話しましたっけ」その言葉に我に返った私だったが、売り場のことより、今のやり取りの詳細を聞きたかった。その旨を伝えると、いや~とドヤ顔で話してきた。コンサルティングの腕は良さそうだが、なんかイラつく男だ。

 「高校生とかって部活の延長みたいな気分で働きに来てるじゃないですか。それを、無理やり"仕事"だと言っても伝わらないんですよ。高校生バイトにやって欲しいことは、お客様と仲良くしてもらうだけで、充分にその役割は果たしてると考えてましてねぇ。だから、笑顔で働いてくれるためにはどうしたら良いか。それは笑わせて店に出てもらえば良いと思っただけです。」確かにそうだ。それこそ、シフト通りに出勤してくれるだけでありがたいなんて思っているくらいだ、笑顔でいてくれたらパーフェクトだ。


 「しかし、従業員の教育は下地として必要なのですが、すぐに効果が見えるものではありません。もちろん、全くヤル気のないバイトだけしかいませんという状況ならば、それこそ売り場の何をいじろうと駄目なのですが、オーナーの店はベストじゃないけどベターな教育は出来てると思います。時間はかかるでしょうが、風土を変えていけば、オーナーの理想に近づけると思いますよ。」風土作りかぁ、難しいんだろうなと、上目遣いでいる私に「本日は、ある程度短期間で店の売上を改善したいということですので、その話をしていきたいと思います。」

 1時間前出会った時の彼に対する印象は少し変わっていた。


 「まず、今回売上を改善したいのは、どのターゲットを対象にしているのですか。」そりゃ、30歳代から40歳代がメイン客層ですから、大きいゾーンを拡げた方が早いと考えてますと答えた。

 「それは本部が勝手にやってくれます。最初にも言いましたが、オーナーは良くも悪くも本部の忠実な再現者です。現状のままで、メインターゲットへのアピールは出来ます。しかし、それじゃ物足りなくて私の所に連絡してきたのですよね。」

 そうだ。本部のありきたりな施策では、行き詰まり感を払拭できないから困ってたんだ。再度、現状認識をさせられた私は、続く言葉に耳を傾けた。

 「ですから、今度は別のターゲットを見つめてみませんか。」別というと女性客向けに何かをするとかですか?

 「それもひとつの考えです。現在大手コンビニの多くは、女性、特に主婦層を捕まえようと躍起になってますね。デザートを充実させたりしているのは、最たる例です。しかし、それも平均でしかありません。個店にあったターゲットを見つめるのです。」うちだけのターゲット?常連さんを見直すってことですか?

 「常連さんの購買状況を見直すのも間違いではないですが、常連さんと言っても様々で絞りきれるもんではありません。見えてないけど確実に店に来ている層が居るはずです。少しデータを見てみましょうか。」

 店には、店舗の営業状況を見ることが出来る専用のコンピュータがある。商品別、日付別、時間帯別とあらゆる販売データが加工されている。客層別にも販売状況が見られる。レジスター精算時にお客さんのだいたいの年齢、性別に打ち分けるのだ。バイトに適当にレジ打ちされると役立たずなデータとなるのだが、今まで口を酸っぱくして精度を高めてきた。


 神城はデータをじっと見つめながら「オーナー、60歳以上の客層が他店に比べると多いようですが」

 そういえば前に本部社員からも言われたことがあるな。でも、多いと言ってもそんな気になるほどでもないと思うんだけどなと、普段の店の様子を思い浮かべてみる。

 「これは、この地域の人口統計です。」と、PCを広げて画面を指さした。「あまり細かい地域には区分されてませんが、年齢別住民数が分かると思います。」高齢化社会は問題視されているが、この地域も高年齢化が進んでいるんだなぁと、改めて店の様子を思い出す。

 あっ、そういえばココ最近立て続けに、老人介護施設が近所にできたっけ。老人ホームというより、老人が昼間集まって何かしているようだ。通ってくるだけに体に不自由はなく、帰り際、店に寄ってくれる人も多い。

 そこへ施設の職員が買い物しにやってきたので、様子を聞いてみた。職員の話だと、100メートルほど離れた古い団地に、独居老人が増えているということだ。それで、この地域に施設が増えているらしい。そのことを神城に伝えると「それが見るべきターゲットですね。」と、ニヤけた笑顔は消え、神妙な顔つきで言った。

 「通常、メインターゲットの顧客については、いつも考えてますよね。そのメインに隠れているが、確実に店の売上を作ってくれている顧客層が居るものなのです。しかし、意識しなければ、忘れられてしまう存在なんですよ。」なるほど、確かに来店してくる高齢者は多くはないが、客単価は高い。


 クックックと神城は笑いながら「爺さん婆さんは金になりますよ。」と、先ほど見せた真面目な顔つきは一瞬で消えた。なんだこの胡散臭い顔は、まるで老人達を集めて健康器具や羽毛布団でも売りつけるかのような話しぶりで、対高齢者向けの品揃えについて話し始めた。

 売上が伸びる要因を見つけたのは嬉しいが、なんか犯罪の相談しているような気分になり、老人をだますとか良くないんじゃないですかと、伝える。すると「何言ってるんですか、だますなんて人聞きが悪い。高齢者に対する商売は、平均的コンビニとは違う側面があります。平均的な売り場では対処できないのです。老人の心を捉えて、なんでもない物を高く売る、それはオーナーの言った羽毛布団販売とかです。しかし、我々はコンビニですよ。100万円する物を売るわけじゃないし、不良品を売りつけるわけでもありません。」まぁ確かにそうだ。

 「それにジジイ、ババアは金持ちです。世代別の貯蓄高を御存知ですか」と、再度PCの画面を指す。「住宅ローンがあるので、30歳代、40歳代の貯蓄が少ないのは分かりますが、それにしてもコイツらの貯蓄が多いでしょ。少し位無駄遣いさせた方が世の中の為です。」

 それにしても、この言い様、この人は老人に恨みでもあるのか、つい言葉に出てしまった。ガハハハと、大笑いして「すいません、言葉使い悪くて」とポリポリと頭を掻いてる。しかし、最初に売り場を指摘された時の嫌な感じはしなかった。こういう人と話す時は、こちらもラフになれば良いんだ。何か吹っ切れた思いだった。


 その後1時間、近所の老人達は何を望んでコンビニに来ているのか、何が必要なのかなどと、私も毒舌に巻き込まれながら話し合った結果、瞬発力のある商品を選択した。

 土用の丑の日用に品揃えされているうな重を、老人達に売り込むことにした。昨年は50個位売れたうな重だ。それでも頑張った方だが、神城は200個を提示してきた。

 ちょっと無理なんじゃないかと考え込んでいると「この店の60歳以上客の来店率からすると簡単にクリアできると思いますよ。」軽く言って帰っていった。


 翌日からバイトと面談をした。面談といっても出勤時に、うな重売り込みについて個別に話したのだ。主婦で固められている昼間のバイトには、現状の店のことを素直に話し、このままではバイトを減らさなくてはならない状況に来ているので、うな重を売り込んで売上を伸ばしたいと、早朝と夕方勤務の学生には、お客さんと日常会話をしていこうと、最初はうな重の話はしなかった。夜勤のバイトは、今回何も話しはしなかった。夜中にターゲットの老人は余り来ないので無視していきましょうと、神城からのアドバイスだ。

 2週間ほど過ぎて、改めてバイトと話した。今度は、日常会話が出来るようになった老人に「丑の日にうな重って食べますか」と、聞いて回るだけやろうと。食べるよと答えたお客さんにはチラシを渡すようにと指示した。売り込む必要はないと念を押した。これも神城からのアドバイスだ。理由を聞くと、そこまでいけば売れたも同然、何も「買ってくれ」と、わざわざ言う必要はないとのことだった。驚いたことに、チラシを渡す段階で9割の人がその場で予約を入れてくれたのだ。


 文字通りウナギ登りにうな重予約の件数が増えていった。要因は、昼間の主婦バイトが次から次へと予約を獲得したことにある。昨年もほとんどが昼間の主婦による功績だったが、今年は一味違う。ターゲットを老人だけに絞ったのが功を奏したのか、昼間来店してくる高齢者の常連さんからは全員と言っても過言ではない程、予約を獲得した。更にダークホースとして、神城と話した高校生アルバイトの変貌だ。

 ゲームみたいと、昼間のバイトの獲得数に一喜一憂しながら予約活動をしている。昼間より沢山取るんだと張り切っていたが、主婦パワーの予約数には勝てず終わった。それでも一人で30件もの予約を獲得した。本人は「あ~あ負けちゃった」と、肩を落としたが、予想以上の大活躍に感謝の言葉をかけた。笑顔で「またやりましょうね」と、言う彼女を見て、ついこの前まで、ぼーっとレジを打ってるだけだったバイトの成長ぶりに、嬉しくなった。

 土用の丑の日当日は、うなぎ屋にでも看板替えしたかのように、うな重引渡しが大変だった。当日に通常の弁当と混ぜて発注した分を含めて250件という、最終結果になった。


 怒涛の丑の日が終わり、1週間が過ぎた午後、神城が店を訪ねてきた。近所に別のコンサルティングをしに来たついでだと言う。

 一連の流れを話し、感謝を伝えると「いえいえ、私はターゲットを探すお手伝いをしただけです。ターゲットを分析し、ターゲットにアプローチしたのは、オーナーとバイトの皆さんですから」と、神妙に答えた。コンサルティングに来た時と様子が違う。顔は相変わらずの悪人面だが、言葉使いと態度に、あの軽さや胡散臭さは見えない。あっ、あの高齢者をターゲットに定めた時、一瞬見せた真面目な顔だ。

 そのことを伝えると、相手によって多少態度を変えて接するようにしているとのこと。コンサルティングの前に、お客として来店して店の様子を見に来たらしい。そこで、私の生真面目過ぎる店づくりを変えたくて、わざと豪快な人間を装ったそうだ。

 誰にでも演技しているわけではないらしいが、初対面の取っ掛かりとして演技が必要な場合は、相手に合わして様々な人物像を作るとのことだ。そのお陰で、私はうな重の売り込みと同時に大きく売り場を変更させていたのだ。今までのマニュアル通りな売り場ではなく、ターゲットそれぞれの趣味嗜好を深く考えるようになった。

 すごい才能だと感嘆している私に「オーナーにもできますよ。いや、すでにやってるようですね。バイト達の働きぶりを見てれば分かります。」と、言ってきた。ポカンとしていると「ターゲットを観察するだけです。観察し、ターゲットに合わせ、自分をちょっとだけ変える。自分を変えるといっても根本的に変えることなんて出来ませんから、そこは演技を少しいれるだけです。それは、今回のうな重獲得で、バイトやお客さんにオーナーがやったことと、何の変わりもないことなんですよ。」イマイチ理解できなかった。


 「では、これで失礼します。これからもがんばって下さいね。」えっ、ちょっと待って、今の話もう少し詳しく聞きたいんですけど、そう呼び止めると「コンサルティングの依頼ですか。1時間1万円3時間からとなります。」みるみる神城の顔が、ニヤニヤしたあの悪人面に変貌していった。

(投稿者:川乃もりや)

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【事務局より】「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」の一次選考通過作品を原文のまま掲載しています。大賞や各審査員賞の発表は2012年10月17日のビジネステレビ誠で行いました。