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営業刑事(デカ)は眠らない【一次選考通過作品】

営業刑事(デカ)は眠らない【一次選考通過作品】

「誠 ビジネスショートショート大賞」事務局

ビジネスをテーマとした短編小説のコンテスト「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」(Business Media 誠主催)。ここではコンテストに関するお知らせや、一次選考を通過した作品を順次掲載していきます。


 正直言って、僕はその人を馬鹿にしていた。その人、というのは僕の会社の同僚ではあるのだが、同じ営業の仕事をしていても所属部署が違うので、あまり話をしたことがない。

 

 けれど僕は、変な意味で、ずっとその人のことが気がかりだったのだ。

 

 僕が勤めている会社は様々な商品を取り扱っている商社で、部署は違えど全ての営業マンの成績が、毎月発表される仕組みになっている。入社三年目の僕は、持ち前のアクティブさで何度かトップに近い成績を収めさせてもらったことがあるのだが、その人といえば、毎回決まったようにビリの欄に名前が載っていた。

 

 万年ビリの「営業二課の山崎さん」というその人の存在が、どうにも不思議で、また厳しい営業の世界の中にいて、それ相応の歳にもなっているのに「それでいいのか」という義憤のようなものを感じていたからかもしれなかった。

 

 思いあまって、お酒の席で上司の課長に尋ねてみたことがある。

 

 「ほら、あの。二課の山崎さんっているじゃないすか。なんていうか、ずっと・・・、ビリの」

 

 「ああ、ヤマさんな。彼がどうかしたか?」

 

 「いや、僕が口出すことじゃないんすけど、ずっと、よくあの成績でいられるなっていうか」

 

 飲んでいた、というより飲まれていたに近かったのだろう。山崎さんに対して失礼なことを直球で言っていたのだが、その時の僕は、『なにもずっとビリってことはないだろう!せめて何度か順位が入れ替わるとか、そういうやる気みたいなものがないなら、辞めればいいのに!』ぐらいに本気で思っていた。

 

 そんな僕の気持ちを知らずに、課長は自分の焼酎のグラスをカラカラ回しながら、

 

 「ヤマさんにはお世話になったなあ」

 

 と昔を懐かしむように言った。

 

 「以前はやり手の方だったとか?そういう感じっすか?」

 

 僕が訊くと、課長は首を横に振る。

 

 「じゃあ、数字は少ないけど、昔からの馴染みの顧客を担当してるとか」

 

 「いいや、そうでもない。・・・まあ、お前もいつかヤマさんの世話になる日がくるさ。一言で言えば、彼は『売る営業マン』ではない、ってことかな」

 

 「営業がモノ売らなくて、何の仕事になるんですか。わっからないなあ!」

 

 「まあまあ、そのうちわかるよ」

 

 結局、課長との謎掛け問答はそれきりになってしまい、僕にはいっそう山崎さんの存在がなんとも気持ちの悪い、割り切れないものになっていった。


 

 「あの、○○さんからの支払い、まだみたいなんですけど、事情知ってます?」

 

 それからしばらくしたある日のこと、僕は事務の女の子から小声で耳打ちされて驚いた。僕が担当している顧客から、売掛金の入金がない、という。慌てて電話を入れてみても、「お客様のおかけになった電話は・・・」という冷たいメッセージしか返ってこない。

 

 ヤバい!と一瞬に心がざわめき、すぐに会社を飛び出して顧客の元に走ったが、時すでに遅し、自宅も事務所ももぬけの殻としか言いようがない状態だった。

 

 『顧客の状況を管理するのも営業の仕事だろう!』

 

 『回収できない売り掛け、どうするんだ!』

 

 『こうなる前に、気づいてなかったのか!』

 

 周りから飛んできそうないろんな声が頭に浮かんでは消え、会社に帰る足取りも重くなった。

 

 それでもなんとか、上司にだけは報告しておかないと、と震える手で携帯電話をかける。

 

 「あの、・・・僕です。ちょっと、大変なことになったみたいで・・・。」

 

 『・・・事情はわかった。とりあえずすぐ帰ってこい。それから、山崎さんには話しておくから、戻ったら営業二課へ行って彼の指示を仰ぐといい』

 

 僕には、最初課長の言っている意味が全くわからなかった。どうしてここで「あの」山崎さんが登場するのか。それと今の状況と、どう関係があるというのか。

 

 「や、山崎さんですか?」

 

 素っ頓狂な声を上げる僕に課長は言った。

 

 『ああ、張り込みのヤマさん、別の名は聞き込みのヤマさん。彼は我が社きっての、営業刑事だ』

 

 ・・・僕は、よけいに、わけがわからなくなった。

 

 営業二課の山崎さんは、僕の第一印象通り、一見すると穏やかそうな、落ち着いた初老の方だった。その穏やかさをおとなしさだと勘違いして、僕はずっと馬鹿にしていたのだが、直接話してみると、彼は意外にもしっかりした鋭い目をしている。

 

 「・・・というわけで、すみません。課長から山崎さんの指示に従うようにと言われまして・・・」

 

 僕が頭を下げると、ヤマさんは「ああ」とだけ頷いて、あまり多くを尋ねようとはせず、こう言った。

 

 「聞いてるよ。まだ経験3年だけど、活きがいい元気な奴が頑張ってる、って」

 

 僕のことを知っていることが、少し驚きだった。

 

 「たまには痛い目みることもあるが、それもこの仕事には大事だから仕方ない。・・・それよりも、とりあえず明日朝、午前五時に下の駐車場に集合できるか?」

 

 ヤマさんは、突然そんなことを言い出した。

 

 「ご、午前五時ですか?」

 

 「時間外勤務だと思って、ちょっとつきあってくれ。これは俺の事件なんだが、お前のはその後で手伝ってやる」

 

 「ま、まだ始発も動いてない時間ですよっ」

 

 ヤマさんはにやりと笑って言う。

 

 「だから五時集合なんだ。張り込みだからな」

 

 営業刑事、というのはあながち嘘でもないらしい。

 

 「は、はいっ!」

 

 慌てて返事をする。僕はすでにヤマさんのペースに巻き込まれているのを感じていた。

 

 翌朝五時。眠い目をこすりながら僕は会社の駐車場でヤマさんと合流し、そのままヤマさんの車でドライブすることになった。

 

 張り込み、と言っていたとおり、ヤマさんの車は十数分してとある住宅街に着いた。エンジンを切って空き地の端に車をそっと駐車させる。

 

 「あの・・・、これから、何が始まるっていうか・・・」

 

 僕が尋ねると、ヤマさんは小声で言う。

 

 「○田工業こと○田○男、あのマンションの一室に潜伏してる。うちへの売り掛けがだいぶ残っているが、いっこうに支払わないので裁判にまでなった。むろんうちが勝訴したんだが、それでも支払いが滞っててな。最近、別の仕事に転職したらしいので、職場を見つけ出して、給与を差し押さえる。だから、出勤前のこの時間から、張ってなきゃならないんだ」

 

 ヤマさんの視線の先には、マンションの出入り口と駐車場の乗用車。絶対に目を離そうとはしない。

 

 なんだか、いつもの僕の仕事とは勝手が違って、思わずヤマさんに訊いてしまった。

 

 

 「あの・・・、いや、おっしゃってることはわかるんすけど、裁判とか、差し押さえとか、僕らの仕事なんですか?」

 

 「じゃあ、誰の仕事だ?」

 

 ジロっと僕ははじめてヤマさんに睨まれた。

 

 「でっかい会社なら、顧問弁護士がいたり、損金で落としたり、いろんな方法もあるだろうが、うちみたいな中小企業で金払ってもらえなかったら、誰が落とし前つけられる?営業マンが代わりに払うのか?」

 

 「・・・いえ、そ、それは・・・」

 

 「だったら、できるとこまでは、自分でやらなきゃ仕方ないだろう。不可能なことまではやらなくていいが、顧客を捜すとか、ちゃんと合って話し合うとか、自分たちでできるとこまでは、やるべきだというのが、仕事だと思ってる。法的手段も、その中のひとつだ」

 

 「・・・はい。そうですね」

 

 「営業マンはな、『売ってなんぼ』だと思ってたら大間違いだ。お金をいただいて初めて、商売は成り立つんだ」

 

 ガツン、ときた。僕はこの人を馬鹿にしていたことを、後悔して、とても恥ずかしいと思った。

 

 そんな僕の肩をバシッと叩いてヤマさんは言った。

 

 「ほら、奴が出てきたぞ。地図開いて、しっかりナビ頼むからなっ」

 

 「はいっ!」


 それから小一時間、僕は必死で地図を片手にナビゲートし、ヤマさんは派手なカーチェイスをすることもなく、至極静かに車を運転しながら、ついに、○田の再就職先の追跡に成功した。

 

 「よし、これで奴の在籍の裏がとれたら、すぐに差し押さえを執行する」

 

 ヤマさんはテキパキと会社に連絡して、裁判所へ出す書類の決裁を社長に頼んでいた。

 

 「社長と直に話しなさってるんすね、すごいや」

 

 「当たり前だ。裁判所への書類はすべて代表取締役名で出すからな。ただ、覚えておくといいが、140万以下の案件は代理人、つまり社長でなくても担当営業マンが直に裁判に出られる。簡易裁判所扱いのものは、俺たちでも対応できるってことだ」

 

 「裁判までやってるんすか!」

 

 「ああ。裁判書類だって書くし、法廷にも立つぞ。もっとも、そんな事件にまでならんほうがよっぽどいいんだが」

 

 そりゃ、この人を「売り上げ」だけで判断できなくて当たり前だ、と思った。課長が昔お世話になったのも、会社がヤマさんの成績を問題にしないのも、すべてこういう訳だったのか、と僕は完全に打ちのめされた。


 「そんなポカンとしてないで、つきあってくれたお礼をしなきゃならん。今度はお前の案件だ。顧客がトンズラしたって?」

 

 「はい。昨日行ってみたら、もぬけの殻で・・・」

 

 「うちへの売り掛けだけで夜逃げはしない。どうせ別の業者にもたんまり残があったんだろう」

 

 それに、とヤマさんは付け加えて言った。

 

 「夜逃げにもいろいろある。本気の夜逃げと、夜逃げごっこだ。とりあえず払わずにバックれてしまえば、どうにかなると簡単に思っている客もいる。そして、売る方も売る方で、それっきりにして見逃してしまうのだってたくさんいるのが現実だ。本気で逃げたなら痕跡は残さないが、一時的に払えなくなって慌てただけなら痕跡が残る」

 

 「痕跡、って何ですか」

 

 「たとえば、その客には子供がいたか?」

 

 「はい。たしか小学生の子供さんがいたと思います」

 

 「じゃあ、子供を学校にやらなきゃならんだろう。住民票がないと転校もできない。おそらく、住民票を移す手続きだけはしているはずだ。」

 

 「住民票が、なんの役に立つんです?」

 

 ヤマさんは、かっかっかっと笑った。

 

 「それが役に立つんだな。いいか、住民票を取ると、転居した場合引っ越し先の情報までちゃんと載ってるんだよ!ダメもとかもしれんが、調べてみる価値はあるな」

 

 「マジすか!」

 

 とたんに僕は、アホみたいに笑顔になった。すごい!と心からヤマさんを尊敬した。

 

 「よし、そうと決まれば、会社に戻るから取引を証明できる資料をかきあつめてこい!俺は社長に掛け合ってお前の社員証明と誓約書を作成してもらう。あと、免許証と保険証も忘れるな!」

 

 ヤマさんによると数年前までは全くの他人でも簡単に住民票がとれたらしいが、さすがに今ではそうはいかないらしい。

 

 逃げた顧客と会社の取引関係の証明、そして住民票を取ろうとしている僕たちの社員としての証明や住所などの証明、それから取得した住民票の正当な使用目的を記載した誓約書など、揃えるべき書類が整えば、他人でも住民票が取れる、とヤマさんは教えてくれた。

 

 「わかりました!さっそく準備します!」

 

 僕らは会社に戻り、すぐに書類を揃えるべく走り回った。


 「課長、決済お願いします!」

 

 息をきらせながら、集めて回った書類を課長に提出する。中には、社長のハンコがないとだめなものもあるからだ。

 

 「ヤマさん、どうだった?」

 

 課長はそんな僕をにやにやしながら見て言った。

 

 「あ、あの・・・、その・・・、すっごい人でした!」

 

 「そうか。俺が彼に世話になったのも、ちょうど入社3年目だったかな。もちろん、彼のやり方を評価する人間もそうでない人間もいる。だが、お金をきちんと貰うことは、ビジネスには絶対に必要な視点だと思って、彼に引き合わせた」

 

 「・・・はい。その、・・・売るってことの意味、甘く見てました。申し訳ないです」

 

 僕は深々と頭を下げた。あの酒席でのことも、ちゃんと課長は覚えていたようで、顔から火が出そうになった。

 

 「よし。じゃあ、頑張って行ってこい。追跡先が北海道になるか沖縄になるか、貰った住民票次第でどこまで追いかけることになるかわからんが、きちんと顧客と話し合いできることを祈ってる」

 

 「はい!」

 

 そんな僕と課長に、部屋の入り口からヤマさんが声をかけた。

 

 「準備出来たら行くぞ!」

 

 そして、

 

 「・・・いい部下を持ったな、昔のお前さんにそっくりだ」

 

 課長に向かってそんなことを言う。

 

 「ヤマさんこそ。そのエネルギーをちっとは売る方に傾けてくださいよ」

 

 「馬鹿言うな。売る方の営業マンなんてそこらへんにゴロゴロいるだろう。俺が引退したら、昇進なんかさせないでお前にこの役を継がせるからな」

 

 そんなことを言いながらオヤジ二人は、大声で笑っている。

 

 僕はつられて笑いながら、仕事っておもしろい、と心から思った。営業の仕事は、売るだけじゃない、モノを納めて、お金をいただいて、そして、仲間と協力して進めていくものだと、心から実感したのだった。

 

(投稿者:吉家孝太郎)

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【事務局より】「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」の一次選考通過作品を原文のまま掲載しています。大賞や各審査員賞の発表は2012年10月17日のビジネステレビ誠で行いました。