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俺の英語がこんなに使えるわけがない【一次選考通過作品】
「誠 ビジネスショートショート大賞」事務局通信
俺の英語がこんなに使えるわけがない【一次選考通過作品】
ビジネスをテーマとした短編小説のコンテスト「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」(Business Media 誠主催)。ここではコンテストに関するお知らせや、一次選考を通過した作品を順次掲載していきます。
「人生相談があるのっ!」
システムの本番リリース前の最終確認作業で徹夜続きだった俺は、昨晩のリリースをつつがなく終了し、オフィスのデスクに突っ伏してつかの間の仮眠をとっていた。お昼まで待機して何も問題が起こらなければ、ようやく家に帰ることができる。
そんな幸せな午前中のひと時をぶち壊す声。
「だーかーら、人生相談があるのって、言ってるでしょーが!」
声の主を確認するために薄く目を開けてみるとそこにいるのは、栗色のセミロングの髪にくりっとした大きな目、有希だ。
有希は入社2年目いわゆるゆとり世代だが、その空気の読めなさは、先輩や上司にも臆せずに意見するという方向に発揮されており周囲の社員にもおおむね好評だ。
だがしかし、ここは空気読む場面だろ、常識的に考えて。俺はこの貴重な時間を守るために、慎重に言葉を選んだ。
「なんだ、夢か。じゃあ12時になったら起こしてくれ」
「夢なわけあるかー! てか夢の住人に目覚ましを頼むやつがいるか!」
失敗した。
「で、相談ってなんなんだ?」
「来週、アメリカの本社からデービッドが来るじゃないですか」
日本支社の規模はそんなに大きくないが、うちの会社はいわゆるグローバル企業というやつなので、本社やら他国の支社から外国人がやってくることも多い。デービッドは全社のソリューション開発ビジネスを統括する役員で、うちの部門も彼の担当範囲だ。
「そうだな。じゃあ12時に。おやす...」
「いやいやいや、まだ相談始まってませんてば。それで私がプロジェクトの現状を説明することになったんです。でも私、英語での会議なんて参加したことがなくて」
「そうか、おめでとう」
「ありがとうございます。お褒めに預かり光栄ですっ!.........ってそうじゃなくって!」
誤魔化せなかった。
「でも、英語のことなら鈴木に聞いた方がいいんじゃないの?あいつ帰国子女だし。」
「もう聞きましたよ。でも...」
なにか問題でもあったのだろうか?
「鈴木さんのアドバイスって、「とにかく気合だー」とか「相手の心をグーっと掴んで」って、アニマルさんやミスターさんみたいなことばっかりで正直よくわかんなくて」
「その点、日本を一歩も出たことがない上に、たいして英語が得意でもないのに、先月の報告会を成功させたという伝説をお持ちの先輩のアドバイスなら役に立つかと。英語できっこない同盟ということで教えてくださいよ」
相談される側なのに馬鹿にされてる気がする。こいつに必要なのは、「英語」じゃなくて「敬語」じゃないだろうか?
「先輩がどんなテクニックを使ったのか、私、気になります!」
有希はしゃがみこんで、机に突っ伏している俺の顔を見上げるようにして言った。つまり、上目遣いということだ。しかも、あごの下で両手を合わせてギュッって握ってやがる。お前のテクニックだって大したものだ。わかった。もうこれ以上抵抗するのもかえって時間の無駄だろう。
「わかった。教えてやる。が、一つ確認させて欲しい。さっきからのお前のセリフ、もしかしてお前ってアニオタ?」
「うるさいうるさいうるさーい」
やっぱりそうだった。
「まあ、英語の会議に必要な事なんて3つしかない」
「たった3つ?」
「そう。3つ」
「○○に必要な97のこと みたいなのじゃなくて?」
「97個も覚えられないだろ?」
「そうですね。で、その3つって何ですか?」
- その1 会議の主導権を握れ -
俺はいつものように無い胸(男だから当然だが)を張りながら、何かの本の受け売りを偉そうに語っていた。
「あの、うすうす気づいてましたけど、先輩ってもしかして馬鹿ですか?そんなことできるなら、わざわざ相談するわけないじゃないですか。確実に玉砕じゃないですか!」
「大丈夫。あなたは死なないわ、俺は守らないけどね!」
「守ってくれんのかい!」
「情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない。でも、聞いて」
「それ、どっちかっていうと私のセリフ」
「まあ、会議が上手くいかなかったくらいじゃ死なないだろうしね。それよりもネイティブ主導の会議に今の英語力で参加する方が玉砕必至だね」
「そんなもんなんですか?」
「たとえて言うなら、今のきみのレベルは車でいうとカローラ、でネイティブはF1」
「なんで、車?ていうかカローラってなんですか?」
「世代間ギャップを感じる。じゃあビッツ」
「それも知りませんけど」
「じゃあフィアット」
「あっ!それなら知ってますよ。カリオストロの城に出てくるやつ」
なんか知識に偏りがあるような気がするが、とりあえず先に進めよう。
「で、F1のレースの最中にフィアットでコースに入ったらまず間違いなく事故る。これが今の状況」
有希は少し首をかしげている。
「ここで、多くの人はフィアットをチューニングしてレースに参加しようと努力する。しかし、その差は1週間や2週間の努力でどうにかなるものではない。つまり、そんな努力は無駄だ」
「じゃあ、今から英語を勉強しても無駄だって言いたいんですか?」
「そうだ」
言い切ってやった。
「ありがとうございましたせんぱいをたよったわたしがばかでした」
棒読みだ。あきれ顔で俺を見ている。
「だがしかし、ここでチェス盤をひっくり返す」
「たとえがチェスになった?」
「必要なのは流暢な英語を操ることかい?」
「違うんですか?」
「断じて違う。会議を成功させることが目的であって、英語はただの手段にすぎない」
表情に少し明るさが戻った。
「選手としてレースに参加するのは無理でも、ペースカーのドライバーとしてならF1マシンを先導することは可能。つまり、自分が会議の主導権を握ればつたない英語でも問題ない。周りが自分のペースに合わせてくれるのだから」
「でも、つたない英語じゃ会議の主導権なんて握れないんじゃないですか?」
「そう、だから準備が必要」
- その2 英語がしゃべれないなら、書いておけばいいじゃない -
俺はいつものように張るほどでもない胸(男だから当然だが)を張りながら、何かの本の受け売りを偉そうに語っていた。
「まず、つたない英語は相手が聞き取れないかもしれないから、あらかじめ書き出しておいて、会議の時にはそれをプロジェクタで映しながら話を進める。たとえばこんな感じで箇条書きにする」
Agenda - 3 things you need to know about the meeting with foreigner
1. Take Initiative
2. If you cannot speak, you can write down everything
「箇条書きには番号を振っておくとなおよし。そうすれば、議論になった時に「1番の件」とか「2番の件」と具体的な指定ができる」
「なるほど。でも、こっちの言いたいことはこれで伝えられますけど、相手の言っていることが聞き取れなかったら困りますよね?」
「Exactly. だから、相手の言うことも書いておく」
「??? 私、苗字は伊東ですけど、エスパーじゃないんで相手の言うことなんて事前にはわかりませんけど?」
「甘いっ!ここが力の入れどころ。株主総会とか重要な商談のときは事前に想定問答集を作っておくけど、それと同じことをやって、結果も一緒に書いておく。」
1. Take Initiative
How?
1.1 Assume chairman
1.2 Any other idea?
2. If you cannot speak, you can write down everything
How?
2.1 Prepare agenda
2.2 Prepare Q&A
2.3 Any other idea?
「つまり、事前準備に時間をさいて、会議の進め方、話すことをまとめて書き記しておけば、当日になってあわてることもないということ。議論もスムーズに進むし、場合によってはまとめてるうちに、メールでもよいかもということになって会議自体の数や時間も減らせる」
「なんかいけそうな気がしてきました。ありがとうございました」
よしっ!これでまた寝られる。最後に1つだけ気になっていることを聞いておこう。
「ところで、これどの辺が『人生』相談なの?」
「禁則事項です」
「?」
- 10分後 -
有希は、自分の席に戻ってからポイントをまとめていた。
「大事なことは3つ。1つ目、主導権をとる。2つ目、あらかじめ書き出しておく。3つ目???あれ?3つ目なんだっけ?まぁいっか」
そう、3つ目は細かいことは気にせずに前進あるのみ。
- 1週間後 -
有希が会議の結果を報告しにきた。なにやらとてもにこにこしているように見えるのは気のせいだろうか?
「奇跡も、魔法も、あるんだよ」
何言ってるのかわからんが、うまくいったことだけはわかった。
- 1年後 -
有希から写真付きの年賀状が届いた。
「私たち結婚しました。 Yuki & David」
(投稿者:TOH)
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【事務局より】「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」の一次選考通過作品を原文のまま掲載しています。大賞や各審査員賞の発表は2012年10月17日のビジネステレビ誠で行いました。