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強欲【一次選考通過作品】

強欲【一次選考通過作品】

「誠 ビジネスショートショート大賞」事務局

ビジネスをテーマとした短編小説のコンテスト「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」(Business Media 誠主催)。ここではコンテストに関するお知らせや、一次選考を通過した作品を順次掲載していきます。


 「この汎用型ロボットの市場投入によって、わが社の業績及び株価はV字回復が見込まれ、経営危機は一気に払拭されるものと確信します!」

 

 日本有数の総合家電メーカー、東亜電器社長の飯島寛は銀行団の前で熱弁を振るっていた。

 

 「なるほど、本体価格150万円で耐用年数が15年という事は、月当たりのコストは約8000円。24時間動かせるから、3人の労働力に匹敵する。つまり、月額3000円と言われるミャンマーの人件費よりも安いコストで物づくりが出来るようになるわけだ。そうなると、日本企業はわざわざ政情不安な新興国に進出する必要がなくなる。空洞化が止まり、日本の産業界全体が活性化するというわけか・・・」

 

 メインバンクの帝都銀行、白鳥頭取が黄色く濁った三白眼で飯島を睨みながら切り出した。

 

 「し、しかも、このロボットは複数の動作を覚えこませることが出来るため、例えばレストランの厨房で調理を担当させることも出来ます。あるいは、物流センターでの荷出しや梱包などの単純作業も休むことなくこなせます。つまり、工場だけでなく、一次産業から三次産業まで幅広い業種がターゲットになるのです!」

 

 「なるほど。市場性が高いのは理解しました。では、東亜電器さんでは年間何台の生産が可能なのですか?」

 

 太平洋銀行の石橋頭取が、タブレット端末に目を落としたままで質問した。

 

 「現状ですと月産3000台、順次家電の生産ラインを切り替えてゆけば、初年度ざっと5万台は生産可能かと目論んでいます」

 

 「150万円の5万台と言う事は・・・全部売り切ったとしても750億円か。・・・話になりませんね。うちは6000億円を貸し出しているのですよ。これでは回収に何年掛かるかわかりゃしない。やはりウチとしては予定通り担保を売却して回収するしかないな」

 

 冷たく言い放った石橋頭取だった。

 

 「まぁ、待て、石橋君。ウチの債権は1兆円だ。そう簡単に東亜電器を潰されてはワシも困る。飯島社長、初年度10万台の生産体制を構築してくれたまえ。これなら株価もかなり戻すだろう。株価が戻ればCPの発行も可能になる。直接資金を調達して生産ラインを拡張すれば、数年で年間100万台の生産も可能になろう。ざっと1兆5000億の売上になるから、これで問題なく我々の債権は回収可能だ。いいな、飯島社長」

 

 否応なしに条件を突きつけた白鳥頭取は、飯島社長の回答を待たずに席を立ってしまっている。

 

 (かなりきつい要求だ・・・が、ここは呑む以外ないだろう。とにかく、これで5万人の社員の雇用だけは守ることが出来そうだ・・・)

 

 飯島社長は、内心ほっと胸を撫で下ろしていた。

 

 しかし、会議室を出かけていた白鳥頭取は突然立ち止まると、こう言い放った。

 

 「あそうそう、例のリストラ計画だがね、生産現場を全部ロボット化すれば4万人ぐらい減らせるだろ。そっちも併せてやってくれ。年間2000億円ぐらいは人件費をカットできる。こりゃ思ったより早く回収できそうだ、なぁ石橋君!がっはっは!」


 薄型テレビで一時代を築いた東亜電器は、過大な設備投資と韓国勢の価格競争に敗れ、倒産の危機を迎えていた。一時は台湾メーカーとの提携に活路を模索したものの、したたかな創業社長に翻弄された挙句、提携は解消されてしまった。

 

 結局銀行団に泣きつき、首の皮一枚で倒産を踏みとどまった東亜電器だったが、まさに銀行に生命維持装置をつけてもらったようなもの。完全に手足を縛られ、銀行の言うがままの経営を余儀なくされてしまっていたのだった。

 

 1ヵ月後、東亜電器の汎用型ロボットは国際ロボットショーで華々しいデビューを飾った。現在最も安価とされるミャンマーの人件費を下回るというコストパフォーマンスが注目を集め、たちまち注文が殺到。東亜電器では工場を24時間フル操業し、家電生産工場を次々ロボット生産工場に切り替えて行った。

 

 最初は社員による生産だったが、順次この汎用型ロボットが生産ラインに導入され、生産数が伸びれば伸びるほど、生産ラインの社員は次々解雇されるという皮肉な現象が起こっていた。

 

 やがて全国にロボットを導入した無人工場が建ち始める。精密機械などのハイテク産業に留まらず、繊維や食品といった労働集約型の工場も戻ってきた。減り続けていた日本の工場数が1年で倍増し、24時間操業によって生産量も飛躍的に拡大。品質に加え、低価格も手に入れた日本製品は瞬く間に中国製品を弾き出し世界市場を席巻してゆく。

 

 さらに、飲食店や小売店の無人店舗が誕生する。無人化によってコストが大幅に抑えられることから、低価格を武器に有人店舗を駆逐してしまう現象が続発。これが結果として、あらゆる業種でのロボット導入を一気に加速させて行った。


 「しかし、ここまでロボット産業が伸びるとは、さすがのワシも想像できなかったわい」

 

 高級寿司店で大トロの握りに喰らいつきながら、白鳥頭取が旨そうに大吟醸を流し込む。

 

 「確かに、1年目にして本当に10万台の大台を突破するとは正直驚きです。しかも、一方で4万人のリストラもキッチリやってのけた。東亜電器の飯島社長、あれでなかなか使えますね」

 

 アワビの握りをコリコリと噛み締めながら、石橋頭取もビアグラスを傾ける。

 

 「まぁ、ワシら銀行にキンタマを握られてしまっている以上、奴らにNOという選択肢はない。つまり、奴らは皆、ワシらの忠実なロボットだってことだよ、がっはっは!」

 

 巨体を揺すって豪快に笑い飛ばす、白鳥頭取。

 

 「お陰で、東亜電器からの債権回収は順調に進んでいます。この分なら私が頭取の間に完了するでしょう。これも白鳥頭取のお蔭です」

 白鳥頭取の猪口に酒を満たしながら、石橋頭取が追従を並べる。

 

 「しかも、国内に工場が戻ってきたお陰で、設備投資資金の需要が大幅に拡大した。ウチだけでも40兆円近くも貸出が増えたようじゃ。がはは!これだけで寝ていても数兆円の金利が転がり込んでくるわけだ。資本主義とは所詮、資本を握った者が勝つ。つまり、銀行ほど強い業種はないんだ。こんな簡単な理屈にも気付かず、額に汗して働いておる民間企業が滑稽にみえるなぁ、石橋君!」

 

 「まさに。しかし、失業者問題はかなり深刻ですね。自殺者の急増や生活保護費の爆発などが明日の国会で取り上げられるようですよ」

 

 「まぁ、高コストな人間が低コストなロボットに取って代わられたんだから仕方がない。企業は利潤を追求する場だからな。人件費という最大のコストをカットするのは当然だ。それを雇用を守るのが企業の社会的責任だなどと眠たい事を言う奴らが多くてかなわん。人間を雇った結果、競争に負けてしまえば結局雇用など守れないではないか。ばかばかしい!おい、大将、コップをくれ!」

 

 グラスを受け取ると、並々と酒を注ぎ、一気にあおる白鳥頭取。

 

 「なるほど。しかし、このままだと、大半が失業者になり、ものを買う人がいなくなることにはならないのでしょうか?」

 

 「ふん。日本に買い手がいなくなっても海外には買い手がいるだろう。日本人の50倍も世界には人が溢れているんじゃ。まだまだ10年や20年は困ることも無いだろう」

 

 「では30年後は?」

 

 「知らんね。ワシはあの世に行ってるだろうから、そんな先のこと関心もないわ。とにかく、今を精一杯楽しむのがワシの流儀じゃ。先の事は、先の時代を生きる者が考えればいいことじゃ、がっはっは!」

 

 1升近い酒を短時間であおった白鳥頭取は、すっかり酔いが回ってしまっている。

 

 「大将!実に旨かった。やはり寿司は人の手で握ったものに限る。最近の回転寿司はみなロボットが握っているから、情緒がなくてかなわん!」

 

 「ありがとうございます。口に入れた時のシャリのほどけ具合だけは、ロボットにも真似は出来ないようですね。ただ、ウチも魚を捌く工程だけはロボットを入れているんですよ」

 

 実直そうな大将が、包み隠さず打ち明ける。

 

 「なに?ロボットが魚を捌いているだと?面白い、一度この目でロボットの仕事振りを見せてもらおうじゃないか。大将、ここか?」

 

 ふらつく足で、調理場に無遠慮に入り込む白鳥頭取。

 

 調理場には、2台のロボットが配備され、一方はマグロなどの大型魚、一方はアジなどの小型魚を捌いていた。

 

 「ほう、マグロも解体するのか。なかなか、見事な包丁捌きじぇねぇか、大将」

 

 「はい。包丁捌きは全て私のやり方を覚えこませていますから、私が捌いたものと全く変わらないですよ」

 

 「大将も歳だから、こういう体力の要る仕事はロボットに任せるのはいいかもしれないな」

 

 「はい。体力的に限界を感じ、そろそろ店を閉めようかと考えていたんですが、こいつのお陰でまだ10年はやれそうです」

 

 「がはは!ロボットのお陰で、ワシも旨い寿司をあと10年は食えるってわけか!ありがとうよ、ロボット諸君!」

 

 そういうと、ふらつきながらロボットに抱きついた白鳥頭取。

 

 次の瞬間、ロボットは白鳥頭取をひょいと持ち上げると、スッと音もなくまな板に乗せてしまう。大将と石橋頭取があっと思った瞬間には、日本刀のようなマグロ包丁が白鳥頭取の背中に突き立てられ、するすると滑る様に身を開いて行った。

 

(投稿者:早坂登

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【事務局より】「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」の一次選考通過作品を原文のまま掲載しています。大賞や各審査員賞の発表は2012年10月17日のビジネステレビ誠で行いました。