誠ブログは2015年4月6日に「オルタナティブ・ブログ」になりました。
各ブロガーの新規エントリーは「オルタナティブ・ブログ」でご覧ください。
ゴールポストはどこですか?【一次選考通過作品】
「誠 ビジネスショートショート大賞」事務局通信
ゴールポストはどこですか?【一次選考通過作品】
ビジネスをテーマとした短編小説のコンテスト「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」(Business Media 誠主催)。ここではコンテストに関するお知らせや、一次選考を通過した作品を順次掲載していきます。
大学4年生の夏、就職活動を続けるあたしが先輩と会ったのは本当に偶然だった。
53企業の説明会に行き、32企業の面接を受けてすっかりあたしは就活のベテランになった。
だけど内定者のベテランにはいつまでもなれないまま、その日33社目の面接を受けた帰り道のこと。
もうずっとこのままなんじゃないか、っていう被害妄想、というよりは漠然とした予感に、家へ帰るのも大学へ顔を出すのも嫌になって、オフィス街を行き交う人たちをなんとなく眺めて過ごした。
鹿島? と呼びかけられて顔を向けると、ビジネススーツにきっちり身を包んだ大高先輩が困惑した表情で立っていた。
「どうした?」
目を細めて「大高先輩」と言った。
眩しく見えたのは夕陽のせいだけではないだろう。
「卒業以来じゃないか」
「そうですね」
近くのカフェに誘われて2人、窓の外を向くカウンター席に腰掛けた。
大高先輩は一つ上の先輩で、この春めでたく一流のヘルスケア機器メーカーに就職した。
自分の届かない場所にいる先輩が遠い存在に思え「仕事どうですか?」と遠慮がちに訊いた。
だけど先輩の答えは予想に反してぐったりしていた。
「もう辞めたい」
「え......?」
そこから続いた言葉は、以下のようなものだった。
例えばだ、鹿島。製品化判定会議というものが存在する。
あー......その前に少し説明すると、俺は製品企画部門というところに属している。
ここはどんな製品を作るかという細かい仕様を決めていくところだけど、俺はまだ入ったばっかだし、どっちかというと作ると決まった製品を予定どおり開発できるように、進捗管理をしてる。
でまあ、それは別にどうでもいいんだけど、製品は企業にとってビジネスの中心だから、色々な部門と関わって会議をすることがある。
その一つが製品化判定会議だ。略して製判会。
何か製品を作るときには必ず関係各部署を招集し、合議によって意見収集、その製品を本当に開発するかどうかを決定する。
例えばこの前、android搭載の万歩計を作ろう、という企画が挙がった。
要はあれだ、スマホのアプリで万歩計機能とかが使えるだろ?
あれで万歩計の市場が減ってるから、取り返すには万歩計を作ってるうちみたいなメーカーが、逆に多機能な万歩計を作ろう、という発想だよ。
その発想の是非は置いておいて、他部署の反応が酷い。
まず営業部長が「こんなもの売れるか。市場をちゃんと見ろ」って言った。
ここまではまだいい。だけど「うちの売り上げが落ちてるのは、開発が売れるものを作らないからだ」と続いた。
次にサポート部の部長が「こんな複雑な仕様の製品、うちでサポートしきれない」と嘆いた。うちはあくまでハードウェアの故障対応が基本なのに、androidを搭載すればソフトウェアに関する質問も多く来るだろうし、動作不具合がハードウェアの故障とは限らなくなる、ってわけだ。
さらに技術部門部長は「一体誰が担当するんだ。ノウハウがないんだ、うちのソフトウェアエンジニアにできる人間がいるとは思えない」と言った。
それらに対して戦略部門部長は「確かに戦略的には新規事業を立ち上げろという話になっている。しかしこれ単体では何の先も見えない。一体この製品をトリガーに、どういう事業展開をすることになるのか明示してくれ」と言った。
そして俺たち企画部門の部長は「スマートフォンに出来ることが多岐にわたっていて、既存機器の市場を食い潰すという現状はご存じのはずです」と、皆が解っている前提の話を延々続けた。
俺はそこに勉強だ、という前提で連れていかれて隅のほうでじっと聞いていただけだけど......だからこそ感じたのかもしれない。
全然会話が噛み合ってない、って。
俺さ、高校までサッカーやってたって話、しただろ? 実は今もたまに休日とか地元のチームでやってんだけど......まあそれはいい。
実を言うと会議の間、俺はサッカーのことを考えていたんだ。
営業がフォワードだとしたら「俺たちが点を取れないのはボールが悪いからだ」と言ってるのと同じ。
サポートがディフェンダーだとしたら「あんな強いオフェンスが来たら止められるわけがない」と言っているのと同じ。しかも実際オフェンスが来る前に。
技術部門がボールを作るところだとしたら「俺たちの中にボール職人はいない」だ。
戦略部門が監督なら「確かに点を取れとは言った。だがこのボールでどう点を取るか明示してくれ」かな。
企画部門は「だって今までのボールは部材が生産終了になってもう作れないんだもん」かもしれない。
目的が見えてない、としか思えなかった。
新人が偉そうに、と思われるから誰にも言えないけどさ。
会社の目的って一体何なんだろう?
サッカーなら勝つこと、つまりより多く点を取って、失点を防ぐのが目的で、そのために割り振られた各担当が、監督も含め自分たちの実力でベストを尽くすだけだ。
実力が足りなければメンバー交代も普通にあり得る。少なくとも「俺の実力じゃここは守りきれない」とか「点を取れない」とか言ってる奴はレギュラーになれない。だろ?
勝つためにどうするかを話し合うのが会議の意味だと思ってたのに、まるで集まった部長たちは勝てない理由を次々に吐露してるように見えた。
俺の感覚がおかしいのかな? いやそんなことないだろ。
同じ目的を全力で追える環境が欲しい。
そんなの当たり前だと思う。だからあんなところは辞めて、その当たり前の環境を探したいんだ。
「でも先輩」
話を一応は理解した上で、あたしはすぐに言った。
ガラスの向こうを行く人たちの足取りには迷いがない。帰りたい場所へ向かうという「目的」がはっきりしているからかもしれない。
「あたし、53社に落ちてます」
隣を見なくても、先輩の頭がうなだれるのが解った。
「そうなんだよなあ」
静かに声が続く。
「今のチームを離れても、移籍先が容易に見つかるとは限らない。しかも移籍したチームが今より強いかどうか解らない。いや強くても、チームワークがいいかどうか、自分に合う仲間かどうかは解らない......か」
「今の話を聞いて、あたしは就職する意欲が落ちましたよ」
苦笑しながら右を見ると、先輩は机に突っ伏していた。
「この歩いてる人たちの何人が、会社と明確な目的を共有できてるんだろうな」
「さあ?」
走り出さないのも怖い。あさっての方角に走り出すのも怖い。
走り疲れて走れない理由を並べるようになるのも怖い。
あたしたちは、黙って途切れることのない人波を眺め続けた。
(投稿者:桜庭三軒)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【事務局より】「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」の一次選考通過作品を原文のまま掲載しています。大賞や各審査員賞の発表は2012年10月17日のビジネステレビ誠で行いました。