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KIZUNAベンダー【一次選考通過作】

KIZUNAベンダー【一次選考通過作】

「誠 ビジネスショートショート大賞」事務局

ビジネスをテーマとした短編小説のコンテスト「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」(Business Media 誠主催)。ここではコンテストに関するお知らせや、一次選考を通過した作品を順次掲載していきます。


 「ここなんですよ。」

 石井がそこを指差した。狭い道の向こうが大きな通りになっており、指はそこにある小さな広場を指していた。

 「先輩、どうです。いい場所でしょう。」

 佐々原は広場を眺めながら腕を組んだ。

 「確かに、立地としては悪くないな。」

 佐々原と石井はベンダー開拓担当である。ベンダーとは自動販売機のことだ。一般に自動販売機は設置場所を貸してもらわなければいけない。通常は希望者の申し出を受けて設置するのだが、販売本数が見込まれそうな良い条件の場所ならこちらからお願いすることもある。佐々原達の仕事はそんな良い設置場所を探すことなのだ。

 「ここはJRの駅にも近いし、高校と中学の通学路なので学生も多いです。そして何よりもあれです。」

 佐々原が振りかえった。さっき歩いてきた狭い道が見えた。その向こうに大きな工事現場が見えた。

 「県営の観光文化会館か。」

 「三年後に完成予定です。大物アーティストのコンサートやオペラもできる規模ですか。こりゃあ大きいですよ、きっと。」

 「そうだな。」

 佐々原がまわりを見渡す。まだ今は普通の町並みだった。しかし文化会館ができればこの辺りも開発が進むに違いない。さっき通った道も最寄り駅へのアクセスコースとして広く整備されるだろう。その道を出た先にある自動販売機なら。

 「どうですか、先輩。」

 「いいと思うぞ。良くやったな。」

 「へへ。」

 石井は照れたように笑った。石井は開拓担当になってまだ三ヶ月。自ら設置場所を探してきたのは今回が初めてだった。

 「それで、ここの持ち主は分かっているのか。」

 「もちろんです。ほら、この向かいの家です。」

 「そうか。じゃあ、行こう。」

 二人は交渉に出向いた。しかし結果を言うと、散々だった。

 住んでいたのは松下さんという老夫婦だったが、ご主人に散々怒鳴られ、すごすごと帰ってきたのだった。

 「あのおじいさん、すごかったですね。」

 「まあな。でも、こんなもんだ。最初はな。」

 「そうですか。」

 自分が見つけた手前、石井は不安そうな顔をしていた。

 「石井、まだあきらめることはないぞ。通って、通って、とことん通ったら、気に入ってもらえるかもしれないからな。」

 「そうですよね。がんばってやってみます。」

 石井は目を輝かせた。

 一週間後。

 「佐々原先輩。」

 「おう、石井。どうだ、あの後。」

 「ええ。あれから毎日通ってます。」

 「そうか。それで、感触はどうなんだ。」

 「それが。まだおやじさんからは散々なんですけど...。」

 しかし、奥さんは良くしてくれているらしい。少しずつだが会話も増えているようだ。

 「おやじさんはもともと八百屋をやってたんですが、息子さんが跡を継がなかったので、お店をたたんだんです。あの空き地はそのお店の跡らしいです。」

 「ああ、それで、あんまりいじって欲しくないだな。」

 「みたいです。」

 「それで、奥さんは?」

 「奥さんはもともと小学校の先生でした。やさしい先生だったようですよ。でも、定年してからは病気がちで、寝込んでることも多いんです。」

 石井は少し暗い顔になった。前からなんとなく感じていたのだろう。

 それから二週間後。

 「石井、どうした。元気ないな。」

 石井はがっくり肩を落としていた。佐々原の気遣いに、「先輩~」と石井が泣きついてきた。

 石井は、最近はもう習慣のように松下家に通っていたらしい。奥さんがとても喜んでくれて、いろいろとお世話をしてくれてたようだった。頑固親父のご主人も最近は怒ることもなかったらしい。ところが、ある時帰りがけに石井を主人が呼びとめた。そして大事な話をされた。

 「奥さんの病状、ほんとに良くないみたいなんです。医者からも覚悟してくれと言われたみたいで。」

 「そうか。」

 佐々原も一度は奥さんに会っている。確かに元気はなかったが、それ程とは思っていなかった。

 「本当は、あいつにずっと店を眺めていてもらいたかったんだよ。でもそれは無理だった。店はつぶれて、空き地になっちまった。でもな、あいつは今の風景を気に入ってくれてるんだ。これ以上、ごたごたした物であそこを汚したくないんだよ。どうか分かってくれないか。」

 おやじさんは涙混じりで訴えたそうだ。

 「どうして、そんな大事なことを、と聞いたんですけど。」

 おやじさんは奥さんが石井のことを息子のように大切に思っているからと答えたらしい。

 「そう言われると、僕もガックリしちゃって。もうあきらめようかなと思ってるんですよ。」

 さすがの石井も落ち込んでしまったようだ。佐々原は少し考えていたが、

 「石井、それは違うぞ。」

 さらに二週間後。

 夕方、三台の自販機が並んだ空き地はたくさんの学生たちで賑わっていた。

 「おばあちゃーん。」

 六年生ぐらいの女の子が松下家に入っていく。はいはいと、奥さんが出てきて両替してあげる。そのために自販機はわざとお札が使えないようになっていた。

 「よく部長が許しましたね、先輩。」

 松下家の前で石井が言った。

 佐々原はこの空き地を他の飲料メーカーの営業にも紹介した。部長は最初許可しなかったが、佐々原が説得したらしい。

 「せっかく設置するのなら、たくさんあった方がいいからな。」

 ベンチもあるので、学生たちは気楽に座って話をしていた。笑いが絶えない。

 「いかがわしい所へ行くぐらいなら、ここに居てくれる方が、親もいいんだよ。それに、ほら、あれ。」

 見ると年配の女性が松下家へ入っていった。すると「あら好子ちゃん」と奥さんの声がした。

 「ちょうど親御さんが、奥さんの教え子の世代なんだ。だからこうやって、子供が集まると親も自然と足が向いてくる。」

 「奥さんの声、明るくなりましたね。」

 「おう、あんたたちか。待ってたよ。」

 自販機にジュースを補充していたご主人が大きな声をかけてくれた。今までが嘘みたいないい笑顔だった。

 「じゃあ、行くか。」

 二人は門をくぐった。子供たちの笑い声がひときわ大きくなった。

(投稿者:みやびひろし)

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【事務局より】「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」の一次選考通過作品を原文のまま掲載しています。大賞や各審査員賞の発表は2012年10月17日のビジネステレビ誠で行いました。