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受からない男【一次選考通過作】

受からない男【一次選考通過作】

「誠 ビジネスショートショート大賞」事務局

ビジネスをテーマとした短編小説のコンテスト「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」(Business Media 誠主催)。ここではコンテストに関するお知らせや、一次選考を通過した作品を順次掲載していきます。


 くしゃくしゃの髪を掻き毟りながら私が挨拶をすると、面接官の表情は更に険しさを増した。

 「あの......よ、よろしくお願いします」

 「ああ、はい、よろしく、じゃ座って」

 無愛想に席を勧める面接官をねめつける様に眺めながら座り、彼の言葉をジッと待つ。

 「......」

 「それじゃ早速なんだけど、この会社を志望した動機を教えてくれる?」

 目の前に置かれた履歴書にスッと目を通すと、彼は本題を切り出し始めた。

 「そうですね、この会社に興味がありますので、ここで働かせてもらいたいと思います」

 こちらの言葉に何も反応を示さず、今の台詞と履歴書の動機欄が全く同じことを確認すると、短いため息と共に次の質問が提示された。

 「ああ、そうなんだ、ふぅん、で具体的には何がしたいの?」

 「あ......ええと、だからこちらで扱っている商品をお客様に進め、それを販売したいです」

 「そりゃウチの会社はそういう業務だけどさ、そうじゃなくて、この会社に入ったらまずはどんな事がしたいのかって話よ」

 「......」

 私は俯いて黙ると、彼の口元に僅かな綻びが浮かんだ。

 「なるほどね、あまりウチの会社の事を理解している訳ではなさそうだね、ウチの会社大きいからね、いろいろあるよウチの業務は、まあどうでもいいんだけど」

 話を切ろうとする彼に食い下がろうと私は金魚のように口をパクパクさせる。

 彼は私を見ると、あからさまに優越感の見える顔をして次の質問を切り出した。

 「ああ、もうその話はいいから、特技に料理とか書いてあるけど何か得意料理とかあるの?」

 その質問に、曇っていた私の目は少しばかりの輝きを取り戻し、初めて気力を込めて口を開いた。

 「は......はい、味噌汁とか得意です」

 語気を強めてそう答えると、口元を更に歪めながら彼は面白そうに話し始めた。

 「へえ、そうなんだ、ボクなんか毎日に家族全員の朝ごはん作ってるよ、週末は食材とか買いに行ってさ、ボクも得意料理は味噌汁なんだけどさ、味噌もこだわって普通の人が取り寄せないようなところから仕入れたりしてるのよ、具も大切だけどやっぱりダシの方が絶対に大事でさ、妻に大好評なのはダシをアゴで摂ったものなんだけど、やっぱり味が変わるよね、物凄く深みが出るというかさ、それを飲んだらもう他では飲むことが出来ないとか言われちゃってさ、半分はお世辞かもしれないけどボクもそんな風に思うんだけどね、ああ分かるかなアゴ、アゴだよアゴ」

 自分の話に陶酔してきた彼は、先程よりも早口で自分の日常を捲くし立てると、思い出したように私に話を振ってきた。

 「あ......はい、分かりますアゴですよね、あれは美味しいですね」

 私が適当に答えたのは分からなかったのであろう、黒板に書いた問題をあっさり解かれた教師のように幾分か不機嫌になると、もう一度履歴書に目を通して彼は今までに何度も聞いたことのある締めの言葉を話し始めた。

 「ふぅん分かるんだ、まぁいいか。ともかくさウチの会社って結構大きくてさ、キミみたいな人がいっぱいいるんだよね。たぶんさウチじゃない職場でキミのような人が生かされる所はどこか他にあると思うよ。時間も無いし面接はここまでかな、合否はこちらからまた連絡するよ」

 「あ......はい、そうですか。あ、でも合否はいつ教えてもらえるのでしょうか」

 そわそわと立ち上がりながら元々に皺の着いた背広を叩いて見ると、履歴書を折りたたんで懐にしまう彼と目線が合った。

 「ああ、たぶん一週間以内には行くと思うよ」

 「え......はい、分かりました」

 「はい、おつかれさま、出口は向こうだから」

 面接が終わり、私は肩を落として足を引きずり扉へと向かった。振り向くと彼は違う扉から出て行ってしまったようで部屋にはもう誰もいなかった。

 受付の前を通り外に出ると、ゆっくりと伸びをした私は一旦に事務所の方へ帰り、ボサボサの髪を整え背広を着替えてもう一度外出し、今度は先ほどと違う会社へと足を運んだ。

 受付を済ませて最上階の部屋に通されると、そこには風格然とした老人が似つかわしい立派な椅子に座り私を出迎えた。

 「どうだったかね、あの会社は」

 私は懐からレコーダーを取り出すと老人に渡した。

 「駄目ですね、詳しい報告は書面に纏めてお渡ししますが、ご希望の通りなるべく酷いDタイプだったとはいえ面接官の対応は最低でしたね。彼の着ていたスーツの生地や着こなしから人事課でも高い地位にいる人だと思われるのですが、終始において全くやる気がありませんでした。最初から真面目に面接なんて行う気なんて無かった様で、全くやる気を出さず礼儀的な対応をする事も行わず、会話の殆どが会社と自分の趣味の自慢で終わりました」

 「それほど酷かったのかね」

 「ええ、こちらに聞くことなど無いといった様子で。ダシはアゴが良いらしいですよ」

 「アゴ、アゴかね」

 「そうですアゴです、アゴはトビウオの九州方面の呼び名なのですが、それの焼き節を使うと風味の良い美味しい出汁が取れるんです、まあ彼は何でもアゴで使うのが好きなんでしょう。人事がこうである以上、あの会社の内情も推し量れますな」

 老人はため息を溢しながらごちた。

 「確かにな、人事課で決められる事が全てではないが人員配置や社員評価などその会社の中核を決めることの多い部署だ、そこが駄目なら会社も自ずと判断できるというものだ」

 彼の言葉に私は理解を示し言葉を返す。

 「確かに業務成績がどれほど良くても人との付き合いをないがしろにしたり業務を疎かにする様な会社は取引相手も大事にしようとしませんからね。だからこそ最近は特に私共の行っているような"面接落選代行業者"が増えているんですよ。これからも御用が御有りでしたら自社をよろしくお願いします」

 老人は深く頷き礼を言った。

 「いや、あそこと仕事を結ぶか考えていたところだったので助かった。初めは不安だったが君のところに任せて良かったよ」

 ニッコリと面接時には決して見せなかった笑顔を浮かべて丁寧に頭を下げて立ち上がり、扉に向かおうとした時、私はいつもの台詞を思い出し振り向いて、きっと顧客になるであろう業界大手の取締役兼会長に話しかけた。

 「そうでした、あの面接官にも一つ良いところがありました、それはあの時の私みたいな人間を雇おうなんて考えなかったことです」

(投稿者:ジョニー・A)

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【事務局より】「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」の一次選考通過作品を原文のまま掲載しています。大賞や各審査員賞の発表は2012年10月17日のビジネステレビ誠で行いました。