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人間取引市場における宇宙ニートの無価値【一次選考通過作】

人間取引市場における宇宙ニートの無価値【一次選考通過作】

「誠 ビジネスショートショート大賞」事務局

ビジネスをテーマとした短編小説のコンテスト「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」(Business Media 誠主催)。ここではコンテストに関するお知らせや、一次選考を通過した作品を順次掲載していきます。


 だいたい2年くらい前に人類は宇宙人に侵略され征服され管理されることになった。力の差があまりにも圧倒的であったので人類はいかなる抵抗もなしえなかった。気が付いたら世界のありとあらゆる兵器が解体され、処分され、使い物にならなくなっていた。世界は宇宙人によって表面的には平和な社会となっていた。

 人類はすべからく宇宙人たちの奴隷とされた。奴隷と言っても、僕たち人類が想定していたものとは大きく異なる。肉体労働は全て宇宙人たちのテクノロジーによりロボットが代替した。宇宙人にとって地球人を肉体的に働かせることは非効率的で無意味なことらしい。宇宙人が地球人に求めたものは、新しいものを生み出すクリエイティブさであった。と言いつつ、僕にはそれがどういうものなのかはよく分かっていない。軍隊と肉体労働が宇宙人によって回収されたこと以外、僕らは2年前とさほど変わらぬ日々を送っていた。

 正直なところ、宇宙人侵略のニュースを見た時は胸が躍った。ようやく僕の憂鬱で、怠惰で、どん詰まりな人生を一変させてくれる大イベントが発生したと思ったのだ。僕は高校を卒業と同時に全てに対してやる気を失ってしまった。受験勉強をしていると言いながら、実際は部屋でダラダラと漫画を読んだりゲームをしたりして過ごした。そして2年前、僕が20歳の頃に世界は一変した。でも僕は変わらなかった。いつも通りのニートだった。

 宇宙人が開発したシステムに「人間取引市場」なるものがある。名前の通り、人間を取引するためのシステムだ。僕たち奴隷は全員この市場に取り込まれている。例えば有名なアーティストや、大企業の社長には市場の上位にランクインしている人が多い。全ての人にはまず100ポイントの人間指数が与えられる。そこにその人が持っている技術を加算していくのだ。それは学歴や資格、その他様々な経験値だったりする。ただし加算されたポイントは時の経過によって減少していく仕組みらしい。どんなに良い大学を出ても、すごい資格を取っても、磨かれずに放置されると価値が劣化していくわけだ。

 宇宙人たちはこの人間指数を基準に人類の労働効率を高めることにした。その人の能力に沿って仕事を与え、時に奪い、世界規模での配置転換を行ったのだ。その光景を見て、僕もついに働くことになるのかとぼんやり思った。けれど宇宙人は僕に仕事を与えることは無かった。人間指数が100のままだったからだ。無能を働かせることはむしろ効率が悪いと考え、部屋で大人しくさせる方針らしい。ニートの多くはまだ存在するにも関わらず、ニートの問題は社会から無くなった。

 かつて僕らニートは自分たちのことを揶揄して自宅警備員と呼んだ。ずっと自宅にいて自宅を守っているから自宅警備員。こんな言葉を思い付いた人は天才だと思う。きっとそんな才能を持つ人は自宅警備員なんてやっていないだろうな。そして今は自宅警備員ではなく宇宙警備員だと言うネタが広まりつつあった。せっかく宇宙人に侵略されたのだから、自宅警備員も宇宙に羽ばたく時が来たのだ。僕らはただのニートから宇宙ニートに格上げとなった。自虐的ではあるけれど、なんとなくすごいことだと思う。

 自分の部屋で、飼っている猫をぼんやり眺めながら過ごした、とある日の夕方。予想外の客人が現れた。それが宇宙人のリリーさんだった。

 「初めまして。私は地球管理局日本支部所属のリリーと申します。こちら人間コードJP8243931931さんのお宅で間違いありませんでしょうか」

 年齢は僕より少し上くらいだろうか。いや、ひょっとしたら30歳前後あたりかもしれない。髪は短め。メガネをかけた理知的な女性が玄関前に立っていた。リリーと名乗るその女性はどう見ても普通の人間と変わらないが、れっきとした宇宙人である。その証拠に頭には天使の輪っかのようなものが浮いている。詳しくは知らないのだけれど、宇宙人たちはその輪っかを使って通信したり、計算を行ったりするらしい。

 「えっと、ちょっと待ってください」

 そう言って僕は自分の部屋に財布を取りに戻った。自分のコードが書かれたIDカードを確認するためだ。コードが割り振られてからもう2年にもなるのに、いまだに自分の数値を覚えていないのはどうかと思われるかもしれない。ただ、コードなんかを使う機会はネットでゲームをする時くらいで、パソコンに記憶させているからいちいち覚えていないのも無理はないと思う。

 しかし財布を探しているところにリリーさんは断りなく部屋に上がり込んできた。

 「カードは探さずとも結構です。あなたがJP8243931931さんであることは99.998%の確率で間違いありません。ですので、効率化のために話を先に進めさせていただきます」

 「残りの0.002%は......」

 「ホストコンピュータが故障する確率に私があなたの顔を見間違える確率を掛け合わせた数値です」

 なるほど。リリーさんはこちらが納得した様子を確認してから、話を切り出した。

 「私は人間取引市場の日本セクターを担当する人間アナリストです。実は先月よりあなたの人間指数が暴落しているのですが、そのことはご存じですか?」

 僕は驚いてリリーさんの顔を見た。リリーさんは落ち着き払った表情で話を続けた。

 「ご存じなかったようですね。どうも私とは別の人間アナリストがあなたの評価をニュートラルからネガティブへと切り替えたようです。そのため、元々あった指数100を割り込み、現在では半分以下の40前後で推移しております。大変申し上げにくいことですが、急ぎ対応しなければ手遅れとなってしまいます」

 「て、手遅れって、いったいどうなるんですか」

 人間指数が100を下回ることなんて想像もしていなかった。ずっとこのまま100が維持されるのだと思っていた。しかしパソコンで確認してみると、確かに僕の人間数値が激減していた。今は38となっている。

 「100というのは、居ても居なくても世の中に何の影響も無いという数値なのです。世の中に何等かの価値を提供することで、数値は加算されていきます。つまり、逆に言えば100を下回るということは社会にとって悪い方向での影響を与えてしまっているということになります。我々としては、そういった悪影響の芽は早いうちに摘んでしまわねばなりません」

 「摘むって」

 「要するに殺処分するという意味です」

 急に体が冷えた。嫌な汗がどっと出たせいだ。体が重くなって、肘を床に置いて支えた。あまりに現実感が無く、何も考えられない。しばらく僕はリリーさんより少し手前の空間を見ていた。どのくらいそうしていたのか分からないけれど、たぶん10分も経ってはいなかっただろう。

 「僕は、死ぬのですか」

 「それは選択肢の一つとして浮上するでしょう。しかしあなたには別の選択肢が与えられます。それは、反乱軍の鎮圧部隊に参加することです」

 あっさり宇宙人に侵略されはしたものの、やはりそう簡単には従えないものらしい。実は世界各地で宇宙人に対する反乱が発生していた。反乱軍と言ってもそれほど大それた装備ではない。重火器の類は侵略初期にことごとく解体されており、残った武器はナイフくらい。それと火炎瓶などを用意して宇宙人に戦いを挑んでいるらしい。僕の友人の何人かも反乱軍に身を投じていた。はっきり言って宇宙人にとっては蚊が飛び回っているくらいの影響しかなく、世界中の反乱行為は単なる抗議デモくらいに扱われている。

 是非もなかった。僕はまだ死にたくない。しかし自分の命を守るために、ひょっとしたら友人に引き金を引くことになるかもしれない。そんなことが許されるだろうか。僕が絶望に打ちひしがれていると、リリーさんは少し優しげな口調で僕に語りかけてきた。

 「我々が提供できる選択肢は死か鎮圧部隊への参加の二つだけですが、それは決してあなた自身の選択肢が二つしかないという意味ではありませんよ」

 「それは、どういう......」

 「勘違いなさらないでほしいのですが、私はただの人間アナリストであって、人間管理官ではありません。つまり、あなたを殺処分したり鎮圧部隊に編入したりする権限を持ち合わせてはいないのです。そしてこうした処置はあなたの人間指数が0になった時に行われます。現在の指数下落のペースであれば、あと2週間ほどは猶予がありますね」

 「それってつまり、僕が人間指数を0にしないよう、何かしらの価値を生み出せばいいってことですか」

 「ええ、その通りです。そして私はあなたのお手伝いに来たのです。私はバリュー人間投資を専門にした人間アナリストなのです。あなたの価値が100を下回るのはいささか不自然と思い、こうやって現地調査に来ました。あなた自身の手で人間指数の下落を食い止めていただければ、私のクライアントは高い利益を得ることが出来ます。つまりこれは、私とあなたとのビジネスです」

 宇宙人侵略から2年。ついに僕の人生が動き始めた。僕は必死で勉強し、人と交流し、世の中に価値を提供するために努力することとなるのだった。

(投稿者:入江祥太郎)

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【事務局より】「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」の一次選考通過作品を原文のまま掲載しています。大賞や各審査員賞の発表は2012年10月17日のビジネステレビ誠で行いました。