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ドクター余技の事件簿【一次選考通過作】

ドクター余技の事件簿【一次選考通過作】

「誠 ビジネスショートショート大賞」事務局

ビジネスをテーマとした短編小説のコンテスト「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」(Business Media 誠主催)。ここではコンテストに関するお知らせや、一次選考を通過した作品を順次掲載していきます。


■ドクター余技の事件簿その1「アウトソース病の恐怖」

 圭一がアウトソース病に感染したのは、小さなウェブ制作会社を作って1年目のことだった。最初は圭一がデザイン、コーディング、開発、ディレクション、そして経理まですべてやっていた。

 

 やがて会社が軌道にのるにつれ、彼は自分の得意分野以外はアウトソースするようになった。人の時間を活用する事によって、仕事の効率が断然上がることを学習していった。

 

 とある巨大な食品メーカーのウェブ担当者、白石氏と親しくなった彼は、定期的に大金が入る運用案件を手に入れ、会社はずいぶん安定してきた。彼はそれを機にアウトソースをさらに進め、彼がやっているのはもはやディレクションだけだった。

 

 アウトソースしている分、彼は潤沢な時間を手に入れ、余暇を楽しんだ。

 「いかに自分が手を動かす時間を減らし、他人が手を動かす時間をいかに上手に買うか?これが商売のコツだよ」と、いつのまにか彼はドヤ顔で後輩達に語るようになっていた。

 

 彼はとある日、若いフリーランスのディレクター、若井に出会い、彼が受けた高度な教育と、地頭の良さに感心した。
そして若井に、唯一自分がやっていたディレクションをアウトソースすることに決めた。もはや彼は何もしなくてもお金が稼げるようになっていた。

 

 彼のアウトソース病はまもなく発症しかけていた。

 

 とある日、彼のクライアントである巨大食品メーカーの白石は、友人がバーを開店したというので遊びに行っていた。そのバーは、一軒家を改装したステキな雰囲気で、客同士、知らない人でも気軽に話せる空間になっていた。

 

 そこで白石は、ディレクターの若井とたまたま出会い、話しているうちに、彼がやっている仕事が、自分が圭一に頼んでいる案件であることに気付いた。

 

 ふとイタズラな好奇心が芽生えた白石は、自分が大本のクライアントである事を隠しながら、若井に圭一の仕事ぶりについて聞きだしていた。

 

 「いや、もう圭一さん何もしないですからね。というより何もしないのを自慢してますからね。俺は効率の専門家だとかよくわからない事を言ってるし。圭一さんには感謝してますよ、仕事くれてますしね。でも毎月20万であの仕事はきついなあ」

 

 若井の話を聞いた白石は耳を疑った。

 圭一に発注している金額は、毎月500万を越えている。

 そして若井から聞いた他のアウトソース先の内容を統合しても、圭一が異常に高い利益率で仕事を回しているのは明快だった。

 

 「君の会社への発注は今月限りだから」と、突然白石から通達された圭一は動揺した。

 「一体なにを私はしたのでしょう?」と訳もわからず聞く圭一に対し、白石は冷たい口調で「不況でうちも予算が苦しくてね」とだけ答えた。

 

 白石からの売上に多くを依存していた圭一の会社はとたんに苦しくなった。

 白石から切られた理由を噂で知った他の会社も、彼を敬遠するようになっていた。苦しくなった彼は心が弱り、知り合いの精神科のドクター余技に相談していた。

 

 余技は圭一の話を聞き、淡々と答えた。

 「それはアウトソース病だね。この病は軽症ならむしろ良い事なんだけど、人の時間を借りる旨味に変に味を覚えると、大変怖い病に変化することがある。

 

 他人の力を借りて、自分の手間を減らすほど、自分は楽になってお金も稼げる。一見いいことに見えるのがこの病の怖いところだ。

 

 もしそうやって、どんどん自分の時間を減らしていくと、ある日、世間の人は、『この人がいなくても仕事は回るのではないか?』と気付いてしまうんだよ。だって、あなたが仕事につかっている時間は、もう無くなっても問題にならないほど小さくなっているんだからね。

 

 アウトソース病は、自分の得意分野により時間を割きたい、というならいい病だ。しかし、自分の手間を減らしたい、とどこかで思ってしまったら、もうこの病の恐ろしさからは逃げられない。この病はそう思ってしまった人をブローカーに変えてしまうんだ」

 

 圭一は呆然と「私はこれからどうすればいいんですか?」聞いた。

 余技は「君の得意な事で手を動かす事だよ。かつての君のように」と淡々と答えた。

 

 しかし、すべてを人に任せていた圭一が今持っているものは、もう何世代も前のウェブ技術でしかなかった。


 

■ドクター余技の事件簿その2「父親の軽減」

 

 「君のパソコンから13万人の個人情報が流出して大騒ぎになっているぞ。どういう事だ?」日曜日にのんびりと親子で釣りをしていた岸は、突然の上司からの電話に呆然としていた。

 

 自分のはずはなかった。

 過去、多量の個人情報を扱ったプロジェクトを扱ったことはあるが、すでに2年前のことだ。しかも、上司によればファイル共有ソフト「WinWin」経由で流出しているというが、彼はそのソフトを使ったことは無かった。

 なぜ私なのだ?

 

 「どうしたの?」

 高校生の息子の声に我に返った岸は、

 「仕事でトラブルだ。悪いけど家に帰ろう」と蒼白になりながら、あわてて釣り道具をクルマに乗せた。

 

 もし自分が本当に流出させたのなら、ただごとじゃすまない。

 あのプロジェクトは、世界的なITベンダー・M社から委託された業務で、流出が事実なら全国的なニュースになるだろう。そして、彼の会社が莫大な損害賠償を請求されることも自明だった。

 

 家についた岸は、自分の部屋のパソコンを起動した。このパソコンは、2年前に業務で使用したが、故障したのでデータを別のパソコンに移しかえ、それ以来自宅用に使っている。流出したとすれば、このパソコンに違いなかった。そして13万人の顧客ファイルが、消去されずにフォルダの奥底に存在しているのを見たとき、岸は眩暈がしてきた。

 

 しかしWinWinを自分は使っていない。なぜ私が?

 困惑した岸は、ふと友人の余技の事を思い出した。

 彼は精神科医だが、様々な事件を解決している話を聞いていた。

 

 上司に連絡する前に、岸は余技に電話してみた。

 これまでの事情を聞いた余技は、「岸は、自分はどういう父親でありたいと思ってる?」と聞く。

 

 「関係ない話をしている暇はないんだ!」と岸が思わず怒鳴ると、余技は「いや、関係ある」と言う。

 「うーん、友達のようにフラットに話し合える親でいようと思っている」

 「やはりな。息子が犯人だから聞いてみろ」

 

 そのとき、隣から息子がかけた音楽が聞こえてきた。

 岸はハッとして、「恵二!」と息子の名前を読んだ。

 恵二はポカンとした表情で現れた。

 

 「お前、私のパソコンにWinWinを入れたか?」と単刀直入に岸は聞いた。

 恵二は悪びれない顔で「うん、欲しかった曲があったから」と答えた。

 恵二の入れたWinWinがウィルスに感染し、個人情報が漏れたのだった。

 

 「それだけの為に...」岸は呻いた。

 恵二は、自分がなにを引き起こしたのか、なんの自覚もなかった。

 

 再び電話した岸に対し、余技は話した。

 「大人がファイル共有ソフトで情報漏洩するニュースは多いけど、実際には多くのケースで、子供が親のパソコンを使って起きているんだ。子供は音楽やファイルを無料で欲しがるからね。それを親がかばって自分がやったと言っているのさ。

 

 そもそも、友達のような父親は舐められるから、パソコンも勝手に使われるんだ。だからパソコンに関してだけは、激怒するような親父じゃないとダメだ」

 

 電話を切ると、岸はへらへらと笑っている恵二を、ギラリと睨み据えた。

(投稿者:谷口一刀)

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【事務局より】「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」の一次選考通過作品を原文のまま掲載しています。大賞や各審査員賞の発表は2012年10月17日のビジネステレビ誠で行いました。