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飢饉の世紀【一次選考通過作】

飢饉の世紀【一次選考通過作】

「誠 ビジネスショートショート大賞」事務局

ビジネスをテーマとした短編小説のコンテスト「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」(Business Media 誠主催)。ここではコンテストに関するお知らせや、一次選考を通過した作品を順次掲載していきます。


 山間を横切る高速道路を沈む夕日が赤く染めている。目的地までは3時間弱。到着の頃には、すでに夜になっているのだろう。タケシはぼんやりと、流れてゆく窓の外の景色を眺めていた。後ろのシートからのいびきの合唱が、感傷に浸りたい気分のタケシを現実に引き止めていた。

 「おい、寝れるなら寝とけよ。帰りの運転はおまえなんだからな。」

 ハンドルを握ったゴトウがタケシに話しかける。

 「大丈夫っす。眠くないんで。」

 タケシは首を小さく突き出してながら返事をした。"調達"の前は気持ちが高ぶって、とても眠る気にならない。

 「おまえ、まだビビってるのか?もう何度もやってるだろ?」

 ゴトウは鼻で笑いながら、タバコを灰を灰皿に落とす。

 タケシはむっとして、ゴトウの方に向きかけたが、思い直したように窓の外を向いて呟いた。

 「ビビってるんじゃないっす。そんなんじゃないす。」

 「じゃあ、あれか良心の呵責?ってやつか?」

 ゴトウの咥えたタバコの先が、赤く点る。大きく煙を吐き出すと、忌々しげに言った。

 「そんなん必要ねえよ。金出すってんのに売らないアイツらが悪いんだ。」


 

 20XX年 世界の食料供給力は、80億を越えて増え続ける人口増加のスピードに全く追いついていなかった。

 特に14億を越えた中国や20億近いインドなどは、名実共に超大国となっており、膨大な人口を賄う為に世界中から食料を買い漁っていた。情勢が安定し、先進諸国に近づいてきたアフリカの国々や、南アメリカも食料需給の増加を後押ししている。

 また、北半球の高緯度では冷害、赤道近くでは洪水、南半球では干ばつと、世界中で続く異常気象は深刻なものとなっていた。南北アメリカやオーストラリアの食料輸出国でさえ、自国での需要にさえ供給が間に合わず、輸出を大幅に制限し始めている。

 世界中で、食糧不足が深刻化し、各地では紛争が多発していた。

 80億の人間達が食料を争う時代。飢饉の世紀に人類は解決方法を模索していた。


 

 マサハルは、倉庫の窓から堆く積まれた米を見下ろした。今年の米の高騰は、一世一代のチャンスと言っていい。マサハルが父の跡をついで、米農家に就農した時は、TPPが開始し、米価が暴落した時だった。供給過多を理由に、国からは減反を強いられて何度も悔しい思いをした。

 正に逆風の中、日本市場に見切りをつけ、海外への販売ルートを開拓し、それまで無名だったこの地域の米をブランド化することに成功した。

 日本では、二束三文に買い叩かれた米を、海外ではトップクラスの知名度に押し上げたのは、マサハルを中心としたこの地域の米農家の努力の結晶だった。

 単に、儲けだけで海外市場に輸出しているのではない。農家の努力を正当に評価してくれていると判断しているから輸出しているのだ。事実、海外でも国内でも、価格高騰以前から継続的に購入してくれた顧客には、相場より大幅に価格を抑え提供している。

 最近の価格高騰を見ていると天井知らずだが、儲け主義に走りたい気持ちを抑えている。

 マサハルがこの価格高騰のチャンスは、蓄財ではなく信頼を高める為のチャンスと捉えていた。

 当たり前のことだが、上がった価格は必ず下がる。

 「社長。」

 作業服に身を包んだ社員に声をかけられて、マサハルは我に帰った。

 「今晩の準備できました。」

 「よし、後で行く。」


 

 「・・・・はい。わかりました。ありがとうございます。はい・・・失礼します。」

 タケシは、携帯電話の画面の上で人差し指を何度も素早く滑らせた。

 朝から20件近く電話し続けているが、1件も面接にたどり着けていない。今日中にどうしてもバイトを決める必要がある。求人は少しで条件が良くなると、経験や資格が必要だった。普通車の運転免許以外の資格がないタケシに、選り好みできる余裕はない。

 (・・・ん)

 -食品などの荷物を搬送する簡単なお仕事です。経験不問、スポーツ好き、体力に自信がある方歓迎-

 弱小とはいえ、中学、高校とラグビー部で、体力にはそれなりに自信があった。資格、経験が不要の求人にしては、破格の条件に思えた。何より食事付き。この食料不足の時代に食事付きというだけでも好条件だ。ラグビー部で鍛えた胃袋がこのご時世は重荷になっていた。

 タケシは、電話番号をタップした。呼び出し音の後、電話が繋がる。

 「すみません。まだ求人してますか?」

 

 目の前には、丼に山盛りになったご飯と、揚げたてのフライ、肉、炒め物などのおかずがずらりと並べられている。タケシは生つばを飲み込む、という言葉を体現していた。

 「おいおい。遠慮するなよ。どんどん食えよ。」

 ゴトウは、ニヤニヤしながら、タケシの肩をがっしりと掴んだ。

 「どうだ?ウチの飯はこだわりの"ひとめぼれ"だぜ。今時、珍しいだろ?」

 ひとめぼれ、コシヒカリ、あきたこまち。タケシも話には聞いたことがあるが、一度も食べたことはなかった。米好きのタケシは、配給米でも十分に美味いと思っている。タケシがフライに箸を伸ばした時、ゴトウがタケシの手をぱっと掴んだ。タケシは驚いて、ゴトウの顔を見上げる。ゴトウは笑いを浮かべながらいった。

 「あせんなよ、まずは、米から食ってみろよ。」

 ゆっくりと立ち上る湯気。一粒一粒がツヤツヤと輝きを帯びている。こんな米は見ることも初めてだった。箸をご飯の山に差し込むと、ふんわりと箸の間に乗っかってくる。ゆっくりと口に入れ、何度か噛み締めてみる。

 「うまっ。」

 配給米とは、全然違う。タケシはたまらず、丼を口の前まで引き寄せて、ご飯を掻き込んだ。

 「だろ?うまいだろ?」

 ゴトウは得意げな顔で言った。タケシは米を口いっぱいにしながら何度も頷いた。

 「ゆっくり食えよ。おかずもな。」

 そう言って、ゴトウは食堂から出ていった。無言の空間の中に、箸と食器が軽快に奏でる音と、咀嚼音とが鳴り響いていた。


 

 タケシは、床に倒れこんだ男を見下ろしながら、激しく後悔していた。

 手に持ったバットに、男を殴った時の感触が今でも残っている。男は頭から血を流しながら、ピクピクと足先が痙攣していた。うめき声もしない。

 (死んだのか?)

 呆然と立ち尽くすタケシに、目出し帽を被ったゴトウが叫ぶ。

 「おい!ぼやぼやすんな!運び出すぞ。」

 「は、はい。」

 タケシは、ゴトウの後に従った。仲間はすでに山積みされた袋を肩に抱えて、運び出しを行っている。

 確かに食品の搬送には違いない。ただ、目の前の米はゴトウの所有物ではない。ましてや、タケシの物であるはずもない。彼らはただの強盗集団なのだ。タケシは、手にもった金属バットを床に投げ捨て、米袋を手にした。金属バットは、先日近所の中学校から盗んだ物だ。手袋をしておけば、凶器から足がつく恐れもない。ゴトウが属する犯罪集団は、警備が手薄な倉庫の情報をどこからか得ているらしい。ゴトウの後ろには、巨大な犯罪組織があるようだが、タケシも余計なことには首を突っ込む気もなかった。

 タケシは、床の男が視界に入らないように意識しながら、米袋を抱え上げた。


 

 世界的な食糧危機に対して、日本も傍観していたわけではなかった。農林水産省は、各国が輸出制限を始めたことで、第一次産業の立て直しを計画、移民を拡大して食糧自給率の回復を目論んだ。しかし、日本人が嫌がるものは、移民も嫌がるのは当然で、移民の多くは都市部へと流出し、第一次産業の減少に歯止めがかからないどころか、移民の人口増加が食糧需要を増やす悪循環を生んでしまった。

 また、安直な山林開発による農地整理が、天然ダムの役目を果たしていた山林を破壊し、度重なる水害を招いてしまった。それは、山から流れ込むプランクトンが減少し、水産業に大きなダメージを与える原因ともなっていた。

 農産物、水産物の高騰により、産地周辺では、強盗団による略奪が横行し始めていた。地方では圧倒的に人数が不足している為、パトロール地域が広い地元の警察では神出鬼没の強盗団に対応することは不可能で、小さな集落の農村、漁村地域は、自警団などを組織していたが、被害は増える一方だった。


 

 タケシ達は、目的地に到着してから、車の中で息を潜めるように待機していた。今夜は月明かりもなく、暗闇に包まれている。

 「変な正義感でタレこもうなんて考えるなよ。言っとくけどな、今ブタ箱に入れば合成栄養剤しか食えないからな。」

 ゴトウはタケシを横目でみながら、低い声で脅すようにいった。タケシがゴトウ達と仕事を始めて、3ヶ月が経とうとしている。食糧事情はさらに悪化し、米などの配給は滞りがちになっており、比較的手に入りやすかった缶詰や、インスタント食品は、買い占めにあってほとんどが市場に出まわらなくなっている。政府は、増え続ける餓死者対策として、工場で大量生産が可能な合成栄養剤を配給し始めた。タケシも一度食べたことがあるが、それは食事でなく餌であった。

 「俺たちは、百姓達が抱え込んでる食料を流通させているんだぜ。いってみりゃ義賊だ。わかるか?義賊。」

 義賊。ただの強盗団が何を言ってる。 タケシは、ムカムカしながらも、自分もそのただの強盗団の一員である事実と葛藤していた。

 「今日の調達先は、とくに悪い奴らだぜ。日本人が飢えてるのに、外国の金持ちに米を売ってやがる。」

 そんな強欲な連中なら、自業自得かもしれない・・・。タケシは自らを無理やり納得させて、湧き上がる良心を押さえつけた。

 ダッシュボードに投げ出されていたゴトウの携帯電話のランプが光り、バイブで震えた。ゴトウが素早く掴んで、電話に応える。

 「・・・了解。俺たちも向かう。」

 偵察の男からの連絡に違いない。ゴトウが電話を切ると、車の中の男達が一斉に準備をはじめる。

 「案の定、このご時世にろくなセキュリティもないようだ。見張りさえいないんだとよ。」

 「こんな山奥だから油断してるんだろうな。ちょろいな。」

 仲間の男が笑いながら言った。今回は、誰も傷つけなくて済みそうだ。タケシは内心ほっとしていた。車のドアをゆっくりと閉めて、周囲を見回した。人気のない闇夜に、倉庫の外灯が浮かんで見える。虫の声が煩いぐらいに響いていた。

 タケシ達は、ヘッドライトの明かりをたよりに、倉庫にゆっくりと近づいた。仲間の一人が、ドアの南京錠を大きなペンチで破壊する。重いドアがガラガラと音を立てて開いていく。仲間たちは素早く倉庫に飛び込んだ。今回も獲物は米だ。有名ブランド化したこの地域の米は、ヤミ市場では高値で取引される。

 「よし、運び出せ。」

 ゴトウが指示を出したその時だった。何かが倉庫内に投げ込まれた。シューシューという音を立てて、立ち込める煙がヘッドライトに映し出される。

 「うわ、な、なんだ。」

 「ゴホッゴホッ。」

 「うっ、さ、催涙弾だ。」

 タケシは何が起こったのか、全く把握出来ていなかった。仲間の男たちが崩れ落ちるように、床に倒れこんだ。

 「に、逃げろ。」

 倉庫の入り口に向かって、這うように進んでいく。倉庫が一斉に明るくなった。倉庫の2階から、ガスマスクをした男たちが取り囲んでいるのが見えた。そこで、タケシの意識は途切れた。

 

 あれから、1ヶ月が経った。結局タケシは、自分が盗みを働こうとしたマサハルの農場で働いている。

 マサハルは情報収集を徹底して行なっており、強盗団の動向も掴んでいた。ハッカーを使ってニセの情報を流すという徹底ぶりで、ゴトウ達はまんまとその罠に嵌ったということらしい。

 タケシは自分の素性が徹底的に調べられていることに驚いた。タケシは半ば騙されて悪事に手を染めていたということも分かっていたので、警察に届けられることもされず、今は貴重な人手として期待されている。

 タケシとしては、罪を赦されたばかりか、この食糧危機の時代に食事が出来るだけでも幸せだった。タケシは、額に汗して働くことに生きがいさえ感じ始めていた。

 ゴトウ達、タケシ以外の強盗団のメンバーは、警察に突き出されたということになっていたが、実際はそうではない気もしていた。強盗団という田舎で大規模な事件の割には、穏やかな日常だったからだ。報道に取り上げられると、好奇の目にさらされるのは目に見えている。注目を避ける為に、警察に届けず内々に処理されたのかもしれない。

 タケシは、開墾された畑をぼんやりと眺めた。

 あの事件後、3日間は一日中稼働していた巨大なバイオ化処理機が、最近は全く稼働していなかった。このバイオ化処理機にかかると、生ゴミなどは1日で跡形なくなってしまうのだ。

 ゴトウ達のことは忘れた方がいい。過去よりこれからのことを考えよう。

 トラクターに乗り込んでキーを回すと、エンジンが奏でる重低音が、タケシの心の中のわだかまりをかき消していった。

(投稿者:和田強)

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【事務局より】「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」の一次選考通過作品を原文のまま掲載しています。大賞や各審査員賞の発表は2012年10月17日のビジネステレビ誠で行いました。