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矜持【一次選考通過作】
「誠 ビジネスショートショート大賞」事務局通信
矜持【一次選考通過作】
ビジネスをテーマとした短編小説のコンテスト「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」(Business Media 誠主催)。ここではコンテストに関するお知らせや、一次選考を通過した作品を順次掲載していきます。
学生時代のゼミ仲間、山村から"友達申請"がきた。
「懐かしいな。会おう」なんてことになった後で、なんとなく、プロフィールに載っているあいつの肩書きをみて面食らった。
メディアでも時々紹介されるベンチャー企業の副社長になっている。にわかには信じられずに、ホームページで確認までしてしまった。
あいつ、山村は大学のゼミの同期だ。席が隣同士だったので、学生時代は随分と将来の夢や他愛も無い事を語り合った。
10年前、あいつは起業して、中国で携帯のストラップを日本から輸出して儲けるんだと言っていた。まだ、中国がここまで大きくなってなかった頃のように記憶している。
当時、就活を控えていた学生の大半は外資だとかコンサル、商社、銀行だとか大手に入ろうとしていた。外資の金融機関なんか会社説明会をホテルのレセプションルームで開いていた時代だった。周りがそんなこと言っている時分に、「起業」しかも「海外」なんて突飛も無いことに思えた。
私も、特段やりたい事も無く、理由もなしに一番早く内定を出してくれた銀行に就職してしまったのだった。金融業界では、国内の都銀同士が合併して、三大メガバンク体制に集約され、「世界のトップを狙う」という鼻息があらい時代だった。
でも、この10年に起こった出来事を振り返ると、あいつの言っていた事はあながち間違いでもなかったのだろう。外資系の金融機関は、主力を本国に人員を戻すか香港やシンガポールに拠点を移すところも多くなった。三大メガバンク体制で華々しくスタートした国内金融機関も「世界のトップを狙う」から、「トップ10」まで目標を下方修正している。
果たして、10年の月日はあいつと私の間を有望なベンチャー企業の副社長と係長とは言ってもしがないサラリーマンという挽回不可能に思える距離にまで開けてしまった。入社した当時は、合コンに行っても聞こえは良かった金融機関勤務という肩書きも、最近ではだいぶ神通力がなくなってしまった。
思えば、もう30代も半ばにさしかかり、40も見えて来た。いつのまにか入社した時の課長が支店長を勤めていたり、同期でもトップ組は課長になるやつも出始めた。自分が思っている以上に、会社の出世レースは早いペースで進んでいるらしい。自分の出世レースの立ち位置はどこなのだろうか。
山村から指定された小洒落たレストランに行くと、もう先にあいつは来ていた。着ているスーツも良い仕立てだ。
10年の歳月を埋めるかのように、学生時代のように色々な話をした。楽しく久しぶりの再会を締めくくれるかな、という時だった。
「いつまで、そんなつまらない仕事してんだよ。うちだったら、もっと働きがいがある仕事がたくさんあるぜ。うちで働かないか。」
山村が切り出した。
私は、努めてさりげなく「いや、やめとくよ。ありがとう」と言って断るのが精一杯だった。
山村と別れてからの帰り道。山村と会った事をずっと後悔していた。激しく後悔していた。
同じ立場にいると思っていた山村に、"従業員"として引き抜かれようとしていた。
目下に見られた自分の今の立場に居たたまれなかった。あいつはよかれと思って言ってくれたのかもしれないが・・・。
学生時代の仲間さえ今は社会的な立場、社会的な成功を抜きに会えないのか。そんなことさえ考えなかった私が無邪気すぎた。
そして、もう一つ。
山村に「つまらない仕事」と言われた時に、言い返すだけの理由も思いつかず、自分自身が今の仕事に誇りを持っているか確信が持てなかった。悲しかった。
翌日、暗い気分を引きずったまま出社した。
今日は金曜日。課長を前に、営業マン全員で「営業会議」という名の今週の実績報告と来週の営業実績獲得目標の手形を切らされる日だ。
「・・・。A社のところで、え?、月末までには5億円は融資実行できるようにがんばります」最近担当を持ったばかりの新人君がたどたどしく決意表明している。
「がんばりますぅ?! お前の決意表明なんかこっちゃ聞いてないんだよ。しかも月末までって何だよ、おまえ。え?そんな粗いスケジュールじゃ、月末になったって穫れねえよ!来週中に社長から確約貰ってこい!それからあそこの社長は、預金残高に金遊ばせてるから運用商品の契約も貰ってこい!」課長の檄が飛んだ。課長も、ここ二期連続で目標達成ができていないから、今期も目標未達だと自分の次の配属先に影響が出てくるから必死だ。
あーぁ、課長につめられて新人君、目を白黒させちゃってる。ここは助け舟を出してやるか。
「課長、その案件ですが、私が引き取って面倒みますから。」
「お。おぉ、頼むわな。」
幸い、私はここ最近自分の目標も達成しているし、支店の数字も引っ張っているだけに風当たりは少ない。若手の教育の役割も期待されている。
課長に怒られてしょげ返っている新人君に声をかけた。
「派手に怒られたな」
「はぁ。そうですね。正直、僕、あの5億無理だと思うんですヨね。社長、まだ要らないって言ってたし。月末って言ってたのも、僕の希望的観測です。」
新人君はため息まじりに白状した。死んだ魚の目をしている。
私は答えた。
「だったら、その案件は今はヤメろ。とっとけ。課長はああいうけど、最後決めるのはお客さんだ。俺らはお客さんが決める材料だけ用意して待つしかないんだよ。」
「??」
予想外の答えに新人君は戸惑ったようだった。
私は続けた。
「あのな、俺らはお客さんに金を借りてもらって商売してる。だから、適切なタイミングで適切な金額をいつでも借りてもらえるように俺らは準備してなきゃならん。いいかげん、じゃなくて良い加減ってやつさ。
でも、必要ないならお客さんは金を借りないんだ。そのタイミングまで俺らは待つんだよ。中には、付き合いで必要もないカネを借りてくれるお客さんもいるかもしれんけど、それに俺らは甘えちゃいけないんだ。」
新人君は真剣に聞いている。いい感じだ。
私はさらに続ける。
「それにな。お客さんは一社だけじゃないんだぜ。そのお客さんは借りるタイミングじゃないかも知れんけど、他にも金を借りる必要のあるお客さんは沢山いるんだぞ。きっと。目標が行かないんだったら、ドブ板営業で、金が必要なお客さんを探してくるしかないだろうが。そうやって、経済の血液であるカネを回してくのが俺らの役目だろ?」
新人君は、ため息をもう一つつきながら
「そうですね。別のお客さん探してきます」と納得したように言った。
私も「そうだ。がんばってドブ板営業してこい」と励ました。
そして、新人君を励ましながら気づいた。
そうなのだ。カネが必要な会社にカネを回して、経済の底辺で回して行くのが私の役割であり、誇りなのだ。
よく「銀行は晴れの時に、傘を貸して、雨の時には貸さない」と言われる。
業績好調な時には都合良く接するけれども、業績が悪くなると融資を引き上げる、という事だ。
そうかもしれない。しかし、それでもなお、雨の時にも傘を貸せるように担当のお客さんを守るようにするのが、自分の社会的な役割なのであり、自分の仕事に対する矜持なのだ。
それに対しては、出世レースも社会的な立場も関係ない。自分のお客さんが守れればそれで良いじゃないか。
そして、自分のアドバイスが必要な若手もいる。まだまだ若手に伝えなければいけない事も多い。
晴れがましい気持ちで、私はママチャリのペダルをこぎ始めた。そうだ、お客さんのところへ行こう。
(投稿者:坂尾暢)
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【事務局より】「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」の一次選考通過作品を原文のまま掲載しています。大賞や各審査員賞の発表は2012年10月17日のビジネステレビ誠で行いました。