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読めねばーランドへようこそ!【一次選考通過作】
「誠 ビジネスショートショート大賞」事務局通信
読めねばーランドへようこそ!【一次選考通過作】
ビジネスをテーマとした短編小説のコンテスト「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」(Business Media 誠主催)。ここではコンテストに関するお知らせや、一次選考を通過した作品を順次掲載していきます。
「まったく...この国の潜在文盲率って、一体何%なんだ? 5%? 10%? それとも、もっと多いのか?」
センザイモンモーリツ? 何それ...美味しいの?
だが、店長がかなり怒っていることだけは、僕にもわかった。店長から送られてきたメールの内容を、僕がキチンと理解していなかったのが原因だ。無理もない。僕は漢字がロクに読めないのである。
昨日のメールは、こんな内容だった。
「スタッフ各位
明後日より、副店長のヒデキ君が〇〇店の店長になることが決まりました。そこで、明日の営業終了後に、スタッフ全員で『世界に一つだけの花』を歌いたいと思います。よろしくお願いします。
※彼にとって念願の店長昇格ではありますが、〇〇店は郊外店であり栄転なのかは微妙です。お含みおき下さい」
僕が苦手とする漢字の多いメールだったが、『ヒデキ君』『世界に一つだけの花』という部分だけは奇跡的にすんなりと読めた。
そういえば、ヒデキさんは自分の願いが叶うまでの間、大好きな『世界に一つだけの花』を封印しているという話を聞いたことがある。この封印が解かれるということは、もしかして...憧れのミーコちゃんとデートできることになった? やったね、ヒデキさん!
そこで、僕は今日、ヒデキさんを見るなり
「やりましたね、ヒデキさん! ヒュー!」
と言ったところ...ヒデキさんがひきつり笑いを浮かべ、スタッフ一同が僕を白い目で見てきて、店長が我が国のセンザイモンモーリツとやらを嘆く事態に発展したのである。
僕は、20歳のフリーアルバイター。一応高校を卒業している。成績は最悪だったが、漢字で苦労したという経験は、少なくても高校を卒業するまではしたことがなかった。
僕が好きなマンガは、たいていの漢字にふりがながふってある。教科書も、難しい漢字にはふりがながふってあった。それでも読めない漢字はたくさんあったが、授業というものは、放っておけばいつの間にか次のページに進んでくれる。だから大丈夫なのだ。
よく覚えていないのだが、小学校3年生くらいのときには、既に教科書の漢字が読めなくなっていたと思う。教科書の中には、聞いたことのない言葉も増えていった。わからない言葉があれば辞書を引きなさい、と大人は簡単に言う。でも、辞書を引いても、その説明の中には読めない漢字が幾つも出てくる。結局、何もわからないままなのだ。それでも、漢字が読めないことだけを取り上げて怒られるというようなことはなかったから、そのままにしていた。
僕が初めて漢字が読めずに苦労をしたのは、高校卒業を前に履歴書を書いたときだ。全ての項目が漢字である。「名前」と「生年月日」はなんとか読めた。でも「住所」は読めなかった。「ケータイ」は「携帯」と漢字で書くことをはじめて知った。
あと漢字4文字の大きめの項目があったので、てっきり「自己紹介」だと思い、自分は背が高くずっとバスケットボールをやっていたと書いた。シュートしている絵も添えた。でも、その漢字4文字は、実は「志望動機」だった。
当然の結果というか就職は決まらず、バイトの面接も落ち続けた。そんな中で、ようやく採用してもらえたのが、今バイトしているファーストフード店だ。店長の「俺より背が高い奴はみんな賢く見える」という採用基準には、本当に感謝している。
その店長を、例のメールの件で怒らせてしまったわけだ。クビになったらどうしよう...内心ビクビクしていた。
だが、幸いこれといったペナルティーはなかった。ただ、店長が時折僕をじーっと見ることがあり、何となく気になっていた。
ある日、僕は店長から「これから飲みに行かないか?」と誘われ、応じた。
「お前、メチャクチャ漢字読めねぇよな」
少しお酒が入ったところで、店長が唐突に言った。
「...すみません。」
「何でそんなに読めねぇんだ? 真面目に勉強しなかったからか?」
「確かに勉強は出来ませんでした。でも、漢字については...」
僕は、マンガにはふりがながついていたから困らなかったこと、辞書を引いてもその説明の中の漢字が読めず結局何もわからなかったことなどを話した。店長は黙って聞いていた。
「やっぱりな。ふりがな...あれは良くない」
彼がポツリと言った。
「えっ?」
「いや、前からボンヤリと感じてたんだ。何でこんな基本的な字が読めないんだ?って奴。お前に限ったことじゃない。バイトの子たちと接していて思う。
この国は、漢字がロクに読めない奴ってのが、確実に増えている。そしてその大きな原因として、小中学生の読むものにふりがなをふりすぎているということがある」
「はぁ...」
「前に俺が、潜在文盲率という言葉を使ったことを覚えてるか?」
「はい。でも、あんまりわかんなくて...」
「日本という国は、表面上では文盲率はゼロということになっている。義務教育で、一定の文字学習をしているからだ。
だが日本語は、漢字かな混じりで書かれており、漢字が読めない小さな子供たちにも読む必要があるものに対しては、ふりがなという救済措置がある。
これが近年拡大解釈され、とりあえず何にでもふりがなをふっておけば、その本やマンガを読む人が増える。つまり売上増に繋がる。じゃあ、どんどんやれ、みたいな...その結果、本来はふりがな無しで読めなければならない年齢になっても相変わらずふりがなに頼ってしまう。そしてますます漢字が読めなくなっていく。
もし今の日本で本当に潜在文盲率が増加しているとすれば、ある意味それは人災と言えるかもしれない。」
「......」
「こういう人たちにとって、最大の災難は何だと思う? よくインターネットは情報の宝庫だなんて言うだろ。でも、個人がネットに書き込みをするときに漢字にふりがなをふるか? 普通そんなことはしない。ということは、ある程度漢字が読めないと、その情報の宝庫を使いこなせない。漢字が読める人と読めない人の情報格差は広がる一方だ。」
店長は熱っぽく語り続ける。
「ふりがなだらけの世界に子供たちを縛り付けること、それはネバーランドから出られない大人達を生み出す。本の内容が、18禁だろうと天才科学者の世界征服の物語だろうと、そこにふりがながふられている限り、ネバーランドであることに変わりはない。
でも実際の社会でそれはとても困る。ふりがなのある世界がネバーランドならば、実際の社会は『読めねばーランド』だ」
わからない言葉がたくさん出てきたが、何か引き付けられるものがあった。店長が、漢字が読めない人について、こんなにもいろいろなことを考えているのが驚きだったし、何よりも僕自身が励まされているようで嬉しかった。
「このままじゃいけないと思う。仮にも先進国である日本に、どのような形であれ文盲が存在するなんて普通じゃない。こんな現状を少しでも変えたい。誰もやらないなら、俺がやる。
今の仕事を辞めてもいい。店長の変わりなんていくらでもいる。でも、読めねばーランドを作れるのは、俺しかいない。
で、お前に頼みがある」
「何...ですか?」
「読めねばーランドという会社を作ろうと思う。手伝って欲しい。」
「僕に...ですか? 漢字がロクに読めない、この僕に?」
「だから必要なんだ。読めねばーランドを作るには、ネバーランドから抜け出そうとしている大人が不可欠だ」
「で、何をすれば...」
「その人その人の漢字力に応じて必要なところだけふりがなをふるような書籍を手がけたい。コミック一冊からでもいい。一冊でも、ふりがなのふり方は読む人の数だけ存在する。
紙の書籍しかなかった時代ならば、不可能なことだろう。でも、電子書籍ならば可能だと思うんだ。
一緒に立ち上げてくれるよな?」
「だ...大丈夫です!」
ノリで承諾してしまった。でも、店長と一緒ならば出来る気がした。この人についていこうと思った。
「よし、決まった。起業するぞ!」
キギョウ? 聞いたことあるようなないような言葉だけど...そうだ、辞書引かなきゃ!
キギョウ、キギョウ...あった! 企業?あれ何か違う。起業...これだっ!
今の僕にとって、読めねばーランドはまだまだ遠い世界だ。でも、頑張り次第で必ず行けることを、身を持って証明するしかない。それがこの起業の成功に繋がると信じ、頑張ろう。店長の力強い手となり足となろう。
そしていつの日にか、今の僕みたいになりかけている人たちに向かい、両手を広げて呼びかけるのだ。
「読めねばーランドへようこそ!」
(投稿者:山口葉子)
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【事務局より】「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」の一次選考通過作品を原文のまま掲載しています。大賞や各審査員賞の発表は2012年10月17日のビジネステレビ誠で行いました。