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いらっしゃいませ星海総合調整社【一次選考通過作】

いらっしゃいませ星海総合調整社【一次選考通過作】

「誠 ビジネスショートショート大賞」事務局

ビジネスをテーマとした短編小説のコンテスト「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」(Business Media 誠主催)。ここではコンテストに関するお知らせや、一次選考を通過した作品を順次掲載していきます。


 「これ以上は、まずいぜ...」
 「しかし、どうにも...」

 俺の目の前で、尻尾を生やした身長2メートルの虎娘が、体長1.5メートルの大蜘蛛の甲羅に手を置いて話し掛けている。
 虎娘、という例えがが適切かどうか分からないが、惑星レジートの知的種族を例えるのに、これより分かりやすい表現を俺は知らない。
 大蜘蛛はキューウェイ351人。これでも2万年の歴史を持つ種族だ。
 とても、この世の物とは思えない光景だ。それでいて、行われているのは、家賃の取り立てだ。個人のではなく、数千人の入居する人工生態系-スフェア-の家賃だが。

 「よっし。メンテ業者を替えよう。中古部品がメインになるが、腕はしっかりしている所を紹介する。それで5万は浮くだろ」
 「でも、それだけでは...」
 「なあなあ、スヴェントラの隠し口座から利息が入るだろう?」
 「な、何のことですか?」
 「まあ、いいからいいから。それと合わせれば今年分はクリアだ。それでいこう。それとも、今まで利息をあんたが何に使ったか、みんなに説明するかい?」
 「いいい一体、どこからそんなでまかせを...」

 黒い。そしてセコイ。
 星間文明の知的種族と、星間企業の支店長の間で行われているとは思えない。
 だがそれが事実で、俺はその企業の社員一年生(研修中)だったりする。
 俺は、これで良いんだろうか。


 3ヶ月前、俺は焦っていたんだ。
 いつのまにか学生仲間は、有名星間企業か地球大手企業への就職を決め、俺は取り残されていた。
 焦った俺が目を留めた募集は、シュルベストル・コラオリプレジ...星間標準語は言いにくすぎるので日本語表記の方で言い直せば、星海総合調整社、という会社だった。
 両銀河に2700の支店を持ち、17万の物件を扱う、種族単位の不動産・半動産仲介業という会社の募集に駆け込むような形で、どうにか俺は就職できたのだ。
 そして俺が入社日に出社を命じられたのが、月の開港地区に設けられたソル系支店。
 勇んで出社した俺だが、そこは店員一人が支店長のミニ店舗。研修もレジーナ人支店長の仕事に任されていた。
 星海総合調整社。それは支店の九割が他の中小業者との合同店舗に出店した、仮想現実AI店員のみの無人店舗、残りの殆どはミニ店舗、物件は中古か訳あり、顧客は宇宙の底辺種族という、宇宙の三流会社だった。

 資金繰りも苦しく、信用も足りない種族が借りられるのは、船齢の近づいた老朽都市宇宙船団や、寿命間近のレンタル惑星(それも、その一区画)しかない。
 そういう種族と物件の間を取り持つのが、このような星間企業という訳だ。
 お客がそういう種族ばかりと来れば、まともな業務だけで済む訳も無い。
 今回のように、さまざまな理由で行われる滞納の分を取り立てたり、夜逃げを寸前で取り押さえて激烈な説教をしたり。
 そして支店長は、そんなお客の財政資料を見て、節約や効率化の余地を指摘して、延納分を分割払いする契約を結んだりしていた。ここまで不動産会社の仕事?

 俺はかなり高ランクの大学で、星間法学を学んだ。ぶっちゃけ自分の学力と星間企業就職率を天秤にかけて決めた。成績も中の上だ。
 就職に多少でも有利なように、軟式テニスサークル(本気レベルの体育会系は無理だから)に参加し、NPOにも参加して海外でのボランティア活動も行った。
 自分ではそれなりに出来る方だと思っていた。
 だが就職活動では敗退し続けた。やっとたどり着いたこの会社では、大学で勉強したことがほとんど生きてこない。宇宙のマフィアを使っての競売妨害をどうやって排除するかとか、そんなのまったく習った覚えが無い。
 俺はひたすら支店長にくっついて、教わったり(これはとても少ない)、手伝ったり(これがほとんど)、怒られたり(けっこうある)しているだけだ。
 このままじゃまずい。
 これじゃ...丁稚だ。いや、丁稚がどんなものか、よく知らないけど。
 とにかく、俺だって前進しなけりゃいけないんだ。


 キューウェイ351人の取立てからの戻り、俺は支店長に申し出た。
 「私に、通常業務一つを丸ごとやらせてください!」
 支店長は、視線を俺の頭のてっぺんからつま先まで、宇宙港の防犯スキャナのように眺めまわしてから、口を開いた。
 「ほう、大丈夫か」
 「はい!」
 ここまでの間で、業務の流れは大体飲み込んだ。トラブル対応ならともかく、物件の斡旋なら何とかできる筈だ。
 支店長はにやり、と笑った。表情が表す感情が地球人とあまり違わないのが、レジーナ人のありがたいところだ。
 「ようし、やってみろ。ちょうど良い仕事を割り振ってやる」
 支店長は空中のデータをぐるぐる回しながら眺めていたが、やがてその一つを俺の方に飛ばしてよこした。
 ナトューリ人という種族の移転先を探すという業務だった。

 ナトューリ人がどんな種族かというと、トカゲ+サソリ+ケンタウルスだろうか。
 四本脚で歩行し、二本の腕で物を持つ他に、背中に跳ね上がる尻尾の先に発光体が着いている。
 肌は虹色の光沢を放つ鱗で、布の衣服ではなく、軽装の鎧のような衣装を身に着けている。
 通常の発声による会話の他に、揮発性の発光分泌物で空中に描き出す一種の絵文字、サリュティロイ...これは日本語に訳すより、ルミノグリフという英語名のほうが良いだろう...での感情表現を行う。

 業務システムのコンソールを空中に呼び出し、種族の身体的特徴、人口、予算などを設定して物件を選別させると、候補が13件。ポイントによる順位は出ているが、圧倒的な差はない。
 うーむ。
 決め手がない時はシステムの推薦に従っておこう。
 俺は一位の物件に決め、支店長の承諾を得る。理由を聞かれてそのまま説明したら、あっさり承諾をくれたが、一瞬にやっとしたように見えた。特に何も言わなかったのがやや不安だが、それ以上突っ込んで聞くのもクドい気がして、俺はそのままお客さんへの資料まとめに入った。

*******************************

 約2週間で、ナトューリ人との移転契約が成立、俺は支店長と共に彼らの移転にも立会い、この案件を無事に終わらせた。筈だった。
 だが移転の翌日、勤務に入った俺の目の前に、通信呼び出しのアイコンが浮かび出た。
 外からの連絡は、一度情報システムによる拡張現実型受付係・通称『事務員ちゃん』が受け付けている。基本的な問い合わせなどは、彼女(?)が対応してくれ、個別の店舗にいる社員に回される案件は、全体の二割に過ぎない。
 支店長曰く、
 「こいつの対応スキルはな、新人の百倍はあるんだ。本来お前が事務員ちゃんなんて呼んで良い相手じゃねえんだぞ、分かったか!」
 その代わり、人に繋がれる案件は、必然的に皆面倒な案件ばかりということになる。俺は不安に襲われながら、アイコンをつつく。
 その途端、ものすごい早口の大声が飛び込んできた。
 「うわっ!」
 混乱した頭で、それが第2銀河標準語だということ、その声があのナトューリ人の外務局長だということ、そしてどうやら罵詈雑言らしいことが分かってきた。
 「ちょ、ちょっとまってください!」
 俺は問い直した。
 「一体何があったんですか?」
 「何がじゃないですよ! こんな話は聞いてません! この区画の隣、ズエデリ人じゃないですか!」
 「ズエデリ人?」
 俺は聞き返しながら、その言葉に意識を集中させた。リングがその言葉を検索し、目前に浮かび上がらせる。

ズエデリ人
 ゴルオラータ銀河(これは俺たちの言う、アンドロメダ銀河の事だ)フェデリオ腕ディルラ第3惑星ズエデリ発祥の知的種族。
 両銀河暦31億9658万7584年(約3万2千年前)に知的種族連盟に加盟し...(飛ばそう)...同31億9660万7584年(約1万2千年前)、ナトューリ人との入札戦争に勝利してヨネグ327スフェアを獲得...

 そういうことか。
 俺が選んだ区画の隣に入居している種族が、かつてナトューリ人と激しく居住地争いを繰り広げた種族だったのか。
 「何故あんなところにしたんですか! 嫌がらせですか?」
 「と、とんでもありません、私はただ...」
 耳の後ろに冷たいものが流れる。思わず救いを求めて支店長の顔を見てしまうが、彼女は他の通信中だった。
 通信アイコンからは引き続き客先の罵声が響いてくる。
 まずい、これは、確実に手に余る。
 こうなってしまったら、報・連・相の相すなわち相談だ。俺は支店長の仕事が切れる間を狙って声をかけた。
 「支店長、申し訳ありません!」
 「どうした」
 俺は手短に状況を説明した。支店長は激怒...するかと思ったが、鼻の頭に軽くしわを寄せただけだった。
 「斡旋する時に、隣接種族については調べなかったんだな」
 「...はい」
 「そのことで説明したのを、覚えているか?」
 そうだ、その前に支店長が話をした中に、その事もあった。それがすっぽり抜け落ちてた。
 「......はい」
 「じゃあ、これで刻み込まれたな」
 「はい」
 「よし、代わるぞ」
 支店長は通話を切り替えた。
 「代わりました。支店長の...はい、ご無沙汰しております。お話は伺いました。このたびは弊社の不手際で大変ご迷惑をおかけして申し訳ありません。今からそちらに向かわせていただきます。いえ、直接お伺いします」
 支店長は通信を切ると、俺に頷いた。
 「おい、行くぞ」
 「...はい」
 そして俺達は、店を受付ちゃんに任せ、現地へと向かった。

 彼らの居住するズモイ2913スフェアへは、直通の便が出ていた。トータル5時間で現地に行ける。大規模スフェアに所在の物件を選んでおいたのは不幸中の幸い、ということになるだろうか。小規模スフェアや都市宇宙船だと、直行で約5日かかる所もあるのだから。
 船の中で、一応、支店長からこの件に対する対処方針は聞いた。
 そして俺はこの経緯を整理し、情報を収集した。ナトューリとズエデリ、二つの種族の歴史、文化、生態。それぞれの一万年以上にわたる歴史の中で、繁栄も衰退も、栄光も屈辱も、駆け足だが学んだ。
 彼らは、結局星間文明の主役にはなれなかったが、俺たち地球人類が氷河時代を抜け出した頃から星間文明で生き抜いてきたんだ。

 ただのお客じゃない。
 っていうか、ただのお客なんてどこにもいない。
 みんな、それぞれの人生や歴史の主役で、それぞれの思いを持って生きている。
 居住区選びもその一部で、俺はそれを任された登場人物だった。

 俺は、それを自覚していただろうか。
 俺は、自分がちゃんと仕事が出来ると見せたかっただけじゃないのか。
 支店長の仕事の上っ面だけを覚えて、仕事を覚えた気になっていたんじゃないか。

 まあそりゃ支店長だって、そういう事をいちいち説明しちゃくんなかったが。
 今思うと、問題アリアリのお客との、交渉だか脅しだか分からないようなやりとりは、そういう事を教えてくれていた気がする。そうでなくて、なんでお客の財務まで見直して支払いできるようにしたりするかって言う事だ。

 背中を見る、か。
 そういうの、俺は苦手だ。手順に従って物事を解決するのなら、結構自信があるんだが。
 でもそれじゃ、社会じゃ役に立たないんだな。
 社会で生きるって、学生の世界に比べたら何が起こるかわからない、冒険の旅みたいなものなんだな。でも俺はもう乗り出したんだから、頑張らなければ!

 ちなみに支店長は、いくつかの案件を済ませると、移動時間の殆どは席をリクライニングさせてうつ伏せで気持ちよさそうに寝ていた。

*******************************

 やばい。

 問題のエリアに到着した俺達は、ナトューリ人の皆さんに取り囲まれた。
 外務局長に案内されて、代表の所に向かう道は、見世物のように多くのトカゲケンタウルスさんを引き連れての移動となった。
 四方から怒りの視線が俺達に、いや、俺に集中する。実のところ、複眼の視線がどっちを向いているかなんて正確に分かる訳がないが、何となくそんな気がする。
 執務室で代表と3人きりになれば、少しは楽になると思ったが...。

 「し、集会ですか...」
 俺の背中に冷たいものが走る。
 俺たちが案内されたのは、執務室のある庁舎を通り過ぎた先にある集会場だった。
 それは、彼らの大きな意思決定事項で開かれる全市民会議の会場、そして俺たちを囲んだ住人は、先に待っていた住人とともに、擂り鉢状の集会場に席を占めた。
 総人口約3500人が、擂り鉢の底に立つ俺たちに頭を向けて並ぶ。彼らが尻尾でさまざまなルミノグリフを描き出し、辺りがきらきらと輝く。コンサートみたいで美しい、でも恐ろしい。

 「この度は、不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
 まず支店長が片膝を着いて謝罪し、俺は頭を下げた。
 「意図的にされたことではないことは、分かっておりますよ。星海さんは、私共にとっても大切なパートナーですからな。早めに決着をつけてしまいたいとこちらも思っております」
 代表は鷹揚に、尾の先で大きな円を描いた。
 「恐れ入ります。それでは担当者からご説明申し上げます」
 俺は支店長と入れ替わって、前に出た。
 「この度はまことに申し訳ありませんでした。皆さんには、代替のエリアをご提案させていただきます」
 「お待ちください」
 代表が遮る。
 「今回の事は、我ら種族の心を、大きく傷つけました。何らかの補償がなければ皆が納得できません」

 来た!
 補償要求来た!
 俺の心臓がビクンと反応した。くっそ、チキンハートめ。
 だが、補償は駄目だ。そういうことに決めたんだ。こちらにも通すべき筋がある。
 だけど...。
 「俺達の怒りを、なんだと思っているんだ!」
 周りから、怒号が飛び始めた。ルミノグリフも、赤やオレンジが増え、形もとげとげしくなってきた。
 これだけの人(異星人だが)から怒りをぶつけられたのは初めてだ。
 鼓動が速くなり、息が苦しい。体が震える。心が、萎える。
 「あの、皆さん、今度のことは...」
 「ふざけるな!」「馬鹿にしてるのか!」
 前からも、後ろからも、怒号しか聞こえない。
 代表は、黙ってこちらを見ている。
 これは...まずい。早く収めないと。何とかしないと。
 謝らなきゃ。謝らなきゃ。
 震える足から、力が抜ける。
 生まれてこの方、やったことがなかった、一生やる事がないと思っていた行為、それを今、俺はしようとしている。
 「も、申し訳...」
 両膝が地に着こうとした瞬間。
 腕がぐっと引かれた。
 支店長が、俺の二の腕を掴んで、引き上げていた。
 彼女は厳しい表情で代表の方を見たまま、一言。
 「それは出来かねます」
 大声ではないが、よく通る声。
 一瞬、場が静まり返った。それが動き出す寸前に、再び機先を制する。
 「お気持ちを害された事は申し訳ありませんが、同一隔室エリアならともかく、隔壁で分離された隣接区域の居住種族について、今回のような事例で代替のエリアご提案でご不満であれば、ご返金の上契約解除していただくのが最大限の責務といいうのが、私どもの考えです」
 指を回し、いくつかの文章を呼び出すと、代表に差し出す。
 「これら星間法の判例を見る限り、このどちらかが妥当な解決策と思いますが、いかがでしょうか。それ以上ということになりますと、星間司法士を立てて裁判手続きをしていただく事になります」
 裁判、という言葉に、皆さんの動きが止まる。
 「私どもは、今までもナトューリの皆さんと共にその生活を考えてまいりました。これからもそうさせていただければ、と願っております。それでも、出来ることには限りがあります。それをご理解ください」
 話し終えると、支店長は尻尾をゆっくりと下げた。

 凍り付いていた場内はざわめき始めた。ルミノグリフは、青や緑の光も増えてきた。動きは速いが、円を描くような動きが多い。色々と互いに議論を交わしているようだ。
 代表は周りを見回し、彼ら自身の言葉で話し始めた。回りからも次々に発言がある。リングがそれを通訳してくれるが、それを全部再現するのはパスしよう。
 賛成も反対も出たが、最終的には応ぜざるをえない、という方向にまとまっていった。なにしろ星間司法手続きは莫大な金がかかるのだ。
 とりあえず議論が落ち着いたところで、代表が取りまとめをして、向き直って答えた。
 「分かりました。それでは、別エリアへの移転で妥結させていただきます」
 「ありがとうございます」
 支店長が答えた。

 終わった...のか。
 体の震えが何とか収まると、支店長が腕を放してくれた。仰ぎ見る支店長の顔は、ルミノグリフの反射で輝いていた。
 これで解決ということになりそうだ。

 だけど。

 これで...これでいいのか?

 心の中で、何かがくすぶっている。
 俺の失敗だからか? それは間違いなくあるが、それだけではないような気がする。
 なんだろう。

 俺の心の中で、いくつかの物事はふわふわと浮かんでいる。
 急いでデータコンソールを呼び出し、幾つかの項目について調査する。
 やがて、それが結びつき始めた。

 学生の頃、NPOにも参加した。元々は就職に向けての実績作りの為だったが、その活動の一環で、アフリカの元紛争地に行った事がある。
 もちろんその時には紛争は落ち着いていたが、その根となる民族対立は解消しては居なかった。
 俺たちはそこで、双方の民族の人たちと交流し、共同で管理する井戸掘りを手伝った。
 生まれてはじめて、虫も埃も入ってくる所で寝起きして、今まで食べたことの無いものを食べた。
 煮沸の足りない水を飲んで腹を下して3日寝込んだのも、今では良い思い出だ。
 井戸の完成の日、二つの部族が一つの祭りをした。少し強張っていた人たちが、だんだんと柔らかい表情になって、話を始め、歌を交換したり踊り始めたときは、不覚にも涙がこみ上げたものだった。
 そんな事を思い出した。

 ああ、無駄じゃなかった。
 勉強したことがすぐに使えなくても、あの4年間は無駄じゃなかったんだな。

 俺は考えを簡単にまとめて、支店長に声をかけた。
 「支店長」
 「なんだ」
 彼女は小声で首を傾ける。
 「少し、よろしいですか?」

 俺の話しを聞いた支店長は、目を細めて俺を睨んだ。
 「お前はなぜ、それをしたいんだ?」
 その目が意味する所が、俺には分かった。
 それは、自分の失敗を少しでも帳消しにするためじゃないのか、自分のためじゃないのか、ということだ。
 俺は自分のやりたい事を、その根底にある望みを話した。拙く、青臭く、だが全力の熱をこめて。
 支店長はゆっくりと尻尾を振り、にやっと笑った。
 「それなら仕方ねえな。よし、行って来い!」
 「はい!」

 俺は再び、前に進み出て、代表に声をかけた。
 「少しお時間をいただけないでしょうか? 一つ、ご提案が有ります」
 代表の尻尾が震え、戸惑いを光で描いた。もし彼らに瞼があれば、目をパチクリさせている事だろう。
 「...なんですかな?」
 俺に向けられる視線は厳しい。それも当然の事だ。めげるな、負けるな。俺は息を吸い込んで、一気に言った。
 「このズモイ2913スフェアで、ズエデリ人と合同事業をする、というご提案です」

 !

 ナトューリ人の間に緊張が走り、再び怒号が響き、ルミノグリフが赤色光で輝いた。
 代表もとげとげしい図を光で描いた。
 「なぜそのような事を。私たちをもう一度怒らせたいのですか?」
 そりゃ怒るだろう。ここまで話がまとまりかけたのに。俺も正直怖い。だが、ここが勝負だ。
 「はい」
 俺の一言に、みなが息を飲むように一瞬言葉を切った。おれは支店長に見習って、機先を制するように言葉を続けた。
 「今このお怒りの中でこそ、私のプランを聞いて頂きたいんです。これがきっと皆さんにも良い事だと思うからです」
 「何を言っているんだ!」「自分のミスを帳消しにしたいだけだろう!」
 俺はうなずいて、もう一歩前に出る。
 「その動機が根底にあることを否定はしません。もともと、私の不手際が原因です。でもこのご提案で、それを無かったことにできるとは思いません。ご賛成頂けない場合は、先ほど弊社上司のご提示申し上げましした案をご検討いただくことになります。まずはお聞きくださいますよう、お願いいたします」
 「...聞きましょう」
 代表が空中に星のマークを連ねたような図形を描いた。肯定の意味を表しているらしい。
 「ズエデリ人が皆さんとの入札戦争で獲得したヨネグ327は、1300年後にンリバ人に奪われました。今、ズエデリ人は人口4200人。人口減少と、ランクダウンを続けています」
 「当然だ」「自業自得」「世界の導きだろう」
 怒りの呟きが聞こえてくる。
 「今、彼らの主な文化資産は、彼ら独特の発声器官が生み出す音楽です。彼らは、視覚系の文化資産を持つ種族と連携し、業績を上げてきました。しかしこの50年ほど、新たなパートナーとの連携は無く、その資産は減少しつつあります」
 「皆さんは、パートナーシップを組んでいたファルツァ人と法的トラブルから提携を解消し、資産減少により移転のやむなしにいたりました。しかし皆さん方のルミノグリフをズエデリ人の音楽と連携する事で、新たな協同文化資産を生み出せる可能性があります」
 代表が言葉を遮る。
 「何故、彼らとそれをしなければならないのですか。わざわざ、敵対した種族と」
 「わざわざ、敵対した種族とだからです!」
 俺は声を強める。
 「私たち地球人類がまだ文字も生み出す前、すでに皆さんは星間文明の一員となり、宇宙に乗り出しておられた。その長い歴史の中で、争った種族を含めても公式の交流を持った種族は1100程しかないということです。この3万年の間、両銀河には8万の種族が存在したというのに! この広大な銀河で、かつて争った種族が隣り合う、その縁を捨てて、再び離れてしまうことを、私は残念だと思います!」
 俺は長老から、周りを囲む人々に視線を移した。
 「私はここにくる途中、ネットで皆さんが描き出された死者の弔いの画像を拝見しました。皆さんが描き出したルミノグリフは、とても、とても美しかった。もし皆さんが、これほど恨んでいる種族を許し、共に一つの芸術を生み出すとしたら、それはどれだけ...」
 やばい。のど元にこみ上げてくる。視界が滲んでぼやける。
 「...美しいかと...それを見てみたいんです」
 言い終えた途端、決壊してしまった。
 くそ、仕事の話で泣くとか、今までありえないと思っていたんだが。
 代表が話しかけてきた。
 「なぜですか。あなた方の種族で、目から液体を分泌するというのは、悲しみの表現だそうですが。なぜ悲しいのです?」
 俺は、首を横に振った。
 「それは、私たちの星全体での話です。私たちには、まだローカルな文化があります。私の属する文化では、嬉しい時や、感情が高ぶった時にもそうなる事があります。なんというか...興奮してしまいました。ただ私は、夢を見てしまったんです。二つの種族が和解する夢を...」
 俺が言葉を切ると、ナトューリ人の間で議論が始まった。
 代表が支店長に声をかける。
 「支店長どの、あなたもこれに賛成ですか」
 彼女は尾を振って肯定した。
 「そうでなければご提案を許可しません。確かに新人の思いつきで、実現可能性の検討も十分とはいえず、心理的なハードルも高い。ですが、成功すれば相互利益の大きな共同事業です。ご提案し、検討していく価値はあると思います」
 目の前に浮かせたデータキューブを閉じながら、
 「ズエデリ人のコーディネートは弊社ではなくホルドネイム社です。しかし、幸いあちらの担当者とは知り合いです。先ほど連絡しましたが、皆さんのご意向が固まれば、先方にも正式にご提案する事になります。」
 「これが破談となった場合でも、先の交換提示は有効ですかな」
 「はい」
 「もしこのご提案を受けた場合、この後の交渉にも、支店長さんのご出席をいただけますか」
 「もちろんです。これも含めて、私どもの業務と思っていますから」

 そうか。
 これが『調整社』のビジネスなのか。
 没落種族や弱小種族、その居場所を提供するだけでなく、その情報から顧客同士を引き合わせて新しい活力を生み出す。それは不動産業であるだけでなく、プロデュース業なんだな。
 漠然と捉えていた事が、具体的な形になって、自分の心にすとんと落ちてきた。

 「今回、私どもがご迷惑をおかけしましたが、今後の交渉の席に、この新人にも出席して勉強させます。よろしいですか?」
 「ええ」
 長老は、クローバーの葉のような、柔らかいルミノグリフを描いた。
 「新人殿の教育、熱心なことですな」
 「ただの新人じゃありません」
 支店長は、尻尾を高く上げ、ひげをピンと伸ばした。
 「期待の新人です」

 港へもどる道すがら、俺は支店長に絞られた。
 「まったく、思いつきで仕事を増やしやがって」
 「...申し訳ありませんでした」
 「ま、いいけどな」
 支店長は肩をすくめた。
 「この商売のいつものことだ。貧乏人相手で利幅は大きくねえ。手間はかかる。割に合わねえ商売だ。だがな、借主が成功して居住区をグレードアップするために出て行くこともたまにはある。それを見送るのは...」
 支店長はにやりとして牙を見せた。
 「イキそうになるくらい良いぜ」
 支店長、かっこいいんですが、それセクハラですから。

 「じゃ、わかってたんですか?」
 帰りの船の中、おれは支店長に抗議した。
 「さすがにあれを分かった上で進めさせたらまずいだろう」
 支店長は苦笑した。
 「ただ、何かミスはあるだろうとは思ってたってだけだ」
 「えぇ...」
 「これも教育の一環ってことよ。一応こちらで下調べして、取り返しがつかない失敗は無いって分かってたからな。痛い目にあうのは、座学の百倍、勉強になるぜ。考えても見ろ? ミスったら致命的になるような物件を新人に任せると思うか? んなことしてたら新人なんて何人取っても足らねえよ。 あたしの首も同じ」
 「はあ...」
 「それとだ」
 「はい」
 「詫びる姿勢は必要だ。だがすべてをなげうつような謝罪を簡単にするんじゃねえ」
 はっと胸を衝かれた。土下座しようとして、支店長に腕をつかまれた感触が蘇る。
 「あの...ご存じなんですか? 地球の...というより、日本の土下座を」
 「地球人の習慣とかよく知らねえが、お前を見ていると、謝る時には頭を前に下げているからな。最大級の謝罪をしようとしているのはわかったさ。あたしらみたいな狩猟動物系の種族だと、むしろ腹をさらす方になるがな」
 頭の中に一瞬、支店長が地面に寝転がって両手と両足を広げている図が浮かんだ。...萌える。
 「それでもだ、誇りをかなぐり捨てても詫びなければならない状況はこれからあるさ。お前が今日やろうとしていたことは、そのときまでとっておけ」
 そう言って牙を見せた彼女は、そんな妄想を吹き飛ばすほど、凛々しかった。
 俺はなんだか嬉しくなってしまった。この人の部下でいることが。この仕事を選んだことが。
 「は...はい。 はい!」
 「返事は一回!」
 「...はい」


(投稿者:中原民人)

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【事務局より】「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」の一次選考通過作品を原文のまま掲載しています。大賞や各審査員賞の発表は2012年10月17日のビジネステレビ誠で行いました。