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面接【一次選考通過作】

面接【一次選考通過作】

「誠 ビジネスショートショート大賞」事務局

ビジネスをテーマとした短編小説のコンテスト「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」(Business Media 誠主催)。ここではコンテストに関するお知らせや、一次選考を通過した作品を順次掲載していきます。


 人生とは、お菓子に似ているのかもしれない。甘すぎてもダメだが、きっとどこかで誰かを笑顔にしている───。

 強い雨が、窓を打ちつけている。

 採用面接会場となった小さな会議室で、一人の学生の姿を、履歴書を握る二人の面接官が不思議そうに眺めていた。

 大友製菓株式会社は九州北部の中堅の菓子メーカーである。地元では比較的人気のある商品を販売しているが、九州商圏を一歩出るとほぼ無名に近いような小さな会社だった。

 同社は毎年、地元の高校や専門学校の卒業生を採用することが多かったが、目の前にいる志願者は大学院生、しかも東京の一流大学の大学院生である。

 面接官である人事部長の吉弘、主任の志賀───といっても同社の人事部にはこの二人しかいないが───は、これまでに面接したことのない部類の相手に戸惑いながらもいくつか質問をぶつけてみた。すると、この学生の知識は豊富で、また人柄も全く申し分ない。

 「本当にあなたは、うちのような地方の会社に入りたいと思ってるんですか?」

 20代後半の志賀は皮肉っぽく言う。

 「はい。御社に入りたくて、東京から面接に来ました」

 リクルートスーツ姿の大学院生・立花は、薄暗い照明と激しい雨音が醸し出す重い雰囲気に反して、晴れやかな顔で答える。

 志賀には納得がいかなかった。大友製菓は地元に愛される菓子メーカーではあるが、東京生まれ東京育ちの立花には何の縁もゆかりもないはずである。なぜ彼のような人間が、わざわざ九州の会社を志望しようと思うのか。

 また志賀は、東京の学生が好きになれなかった。かつて地元九州の大学生だった志賀は東京の会社への入社に憧れたが、東京での就職活動に惨敗して地元の同社に入社したという経緯があり、東京に対して劣等感のようなものを抱いていたのである。

 志賀は見下ろすような視線で、意地悪く立花に言った。

 「東京は就職活動の激戦区だから、一流の学歴があれば地方の小さな会社なら簡単に採用してくれるだろう、という甘い考えで来られたんじゃないですか?」

 「とんでもない!」と、立花は慌てて頭を振る。

 

 「では、志望動機を伺いましょうか」

 今度は、豊かな白髪の下から優しそうな微笑を覗かせる、50 代の吉弘部長が言った。吉弘もまた、若い頃から東京に憧れる人間で、いつかは東京にも通用する人材を採りたいとも願っている。学生の本気度を話の中から見出そうと、立花に志望動機を聞いた。

 立花は良い姿勢のまま、その動機を答える。

 「はい。私は小さい頃、とても内気で人見知りで、友達も全くいませんでした。小学生の頃に行かされていた珠算塾にも行くのが嫌で、よくサボりました。ある時、いつものように塾に行くのをためらって公園にたたずんでいると、隣りのベンチに座っていた社会人の
方が声をかけてくれて、お菓子がたくさん入った段ボール箱をくれたんです」

 「......箱ごと?」

 「はい。みんなに分けて、みんなと仲良く食べなさいって。塾に持っていってみんなに分けたらすごく喜ばれ、それがきっかけでみんなと仲良くなれました。人と仲良くなることの素晴らしさを知った私は、友達もたくさん増え、大学院に進んでコミュニケーション学を研究するまでに至りました。就職活動を前に人生を振り返った時、私の人生を変えてくれたのはあの小学校の時のお菓子だったということを思い出したのです」

 「......そのお菓子が、当社の商品だった、と?」

 「はい。確か『何とかタッチでお友達』とその箱に書いてあったのを覚えていたので、最近インターネットでその言葉を検索したら、御社の過去の商品だったことを知りました。私は東京生まれですが、昔以上に過酷な受験戦争の中にいる東京の子どもたちにも、私が
笑顔を取り戻せたこの会社のお菓子を知ってもらって、どんどん笑顔になっていってもらいたいんです」

 立花は目を輝かせて、その情熱を語った。

 「───吉弘部長。彼の言うことは信用できますかね。話ができすぎで、作り話のように思えるんですよね」

 面接会場を後にして廊下を歩きながら、志賀主任はつぶやくように尋ねる。

 しばらく考え込んでいた吉弘は、立ち止まって志賀に言った。

 「いいんじゃないか。彼を採ろう」

 「えっ。部長は、彼の言うことを信じるんですか」

 志賀は驚きの声を上げ、慌てて確認を取る。吉弘は笑ってうなずいた。

 「ああ。うちには以前、『大友タッチでお友達』というキャッチフレーズの商品があったのは事実だよ。タッチチョコレートって言ってね」

 「そ、それは事実かもしれませんが、そんなことはネットで検索したら誰でも分かることです。でも、うちの商品が東京でそんなに簡単に手に入ったなんておかしくないですか。ネットで知ったことを使って、嘘の話を作り上げたのでは」

 「まんざら嘘でもないだろう。志賀君が入社するもっと前、実はうちは一度だけ東京に進出したことがあるからね」

 「えっ、そうなんですか!?」

 志賀は驚いた。吉弘はその頃の話を志賀に語り始める。

 ───十五年以上前、営業部のある営業マンが一人、東京進出のプランをぶち上げた。そこで彼一人だけで小さな東京営業所を開設し、精力的に営業活動を行なったが、知名度のない九州の弱小企業の商品を認めてくれる卸会社や小売店は簡単には見つからず、あえなく惨敗。わずか一年半で東京営業所は閉鎖し撤退となったのであった───。

 「一人で営業に回って全く相手にされなかった彼も、寂しくて公園のベンチに放心状態で座っていたんだろう。そして、似たような境遇に見えた子どもに声をかけたんだろうね」

 「そんなことが......。それなら、立花君の話も本当なんですね......。でも、東京営業所を作った営業の方はそれからどうされたんですか?」

 「全責任を取って営業の前線から去り、他の部署に異動になったよ。それからはずっと、人事畑ひと筋だがね」

 「......えっ!?」

 言葉を失う志賀を前に、吉弘は豊かな白髪の頭を掻いた。

 「東京での苦戦は、髪の色を激変させるほど彼を追い詰め、最終的には失敗に終わった。でも、それはムダじゃなかったようだね。うちの商品は、東京の子どもにも笑顔を与えていたんだ。そしてまた、東京進出を叶えてくれる有能な人材を引き合わせてくれた」

 「......」

 「志賀君。営業を離れた彼も、今は東京の時ほど寂しくはないと思うよ。今の彼には、元気な部下がいるからね」

 吉弘は志賀に言うと、照れくさそうに白い頭を掻いて笑いながら、人事部へのフロアと戻っていった。

 その後ろ姿を見ながら、志賀は会社の明るい未来と、自分の仕事への誇りを感じた。

 ふと気が付くと、外は雨が上がっている。志賀は窓に目をやると、ガラスにぼんやり映る自分に、しばらく忘れていた笑顔が蘇っているような気がした。

 人間の仕事は、空間も時間も超えて、笑顔を届けることができる───。

 そう感じながら、志賀は吉弘の後を追った。

(投稿者:ヒロナカ)

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【事務局より】「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」の一次選考通過作品を原文のまま掲載しています。大賞や各審査員賞の発表は2012年10月17日のビジネステレビ誠で行いました。