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清掃員でコンサルタントな佐藤千春の見解。【一次選考通過作】
「誠 ビジネスショートショート大賞」事務局通信
清掃員でコンサルタントな佐藤千春の見解。【一次選考通過作】
ビジネスをテーマとした短編小説のコンテスト「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」(Business Media 誠主催)。ここではコンテストに関するお知らせや、一次選考を通過した作品を順次掲載していきます。
私の名前は佐藤千春。
サラリーマンの夫と高校生の娘が2人居る、どこにでもいる中年女性です。
ただいまミキタニ家具の自社ビル4階女子トイレを清掃中。
昼休憩の終わりに近づいた今、4つある洗面台はほぼ満員です。
そこでは事務員にしてはやや派手な化粧の女性達が今夜の合コンについて話し合っています。私はその後ろをすり抜けて床をモップでこすります。休憩時間が残り2分を切った時、トイレには誰も居なくなりました。
私は個室でおもむろにB5のノートPCを取出します。
"女性従業員の態度 おおむね良"
手早く細かな気づきを打ち込んで行きます。
混雑する昼休憩にわざわざ清掃しているのは従業員の反応を見る為で、私は休憩時間にトイレに訪れた数人を観察していました。
私はトイレを清掃中と申し上げましたが、実際には清掃員ではなく、MBAを取得している企業コンサルタントです。
今回は業績の伸び悩みで相談を持ちかけられ、こうして事前調査をしているという訳です。企業を知るにはその会社に入るのではなく、外側からひっそりとそれを観察し、抱えている問題を探り出します。経営が傾いている、業績が伸び悩んでいる会社にはそれぞれ理由があります。
それは企業理念であったり、企業方針であったりと根本的なものである場合が大きく、それを探るにはトップ数人と会って話をするだけではとうていつかめないのです。
メモを打ち終えた私はそれをしまい、時間内に次のトイレへうつるべく清掃に戻りました。清掃員を引き受けているからには清掃もきちんと。
なぜ清掃員なのか?
それは汚い職場には必ず役に立たない上司が居るからです。それを知る為には清掃員の仮の姿はうってつけです。また、清掃員などデスクワークより下に思われがちな仕事に従事する人間をどう扱うか?も重要なポイントです。どんなに大手企業であっても、人を粗末に扱う人間が集まる会社は必ず潰れます。
ある会社では「オバサンそれ捨てといて」と飲みかけの珈琲を指差された事がありました。トイレの洗面台は常に落ちた髪の毛でいっぱい、というような始末で、その点を私は大きな問題として取り上げ報告しましたが、改善はなされなかった様です。改善点を指摘し、実際の改善までが私の仕事ですが、その会社からは調査のみを依頼されました。その後、この会社は資金繰りに行き詰まり、倒産しました。企業を作るのは人なのです。
掃除用具の載ったカートを押しながら、私は次にオフィスに入りました。
まだ出来て10年にならないという自社ビルですから、家屋自体はとても綺麗なものです。ここは総務/経理財務/営業のオフィスで、通常清掃員は立ち入らないとの事でしたので、みんなが不思議そうに見ては仕事に戻って行きます。
フロア端にある給湯室へ移動している間に、耳に怒鳴り声が聞こえてきました。
「お前ら一体何年この仕事やってんだ!やめちまえ!さっさと行って頭下げてこい。許してもらえるまで帰ってくるな!」
頭に血を上らせたと思しき、中肉中背の中年男性が数人の男性部下を並べて怒鳴り散らしています。周囲はそれを気に留めている様子はありません。つまり、いつものことらしいと推測されます。
ふむふむ、仕事は自己責任で有事にも上司は出て行かない、と。
私は心のメモに書き留めます。
上司となった人がもっとも悩むのは「部下の叱り方」ではないでしょうか。
部下を叱る時に最も大切なのは「誰も居ないところでこっそりと」当人のみを叱るという点です。また、怒る、と叱る。は全く別物だと理解しなくてはいけません。誰でもミスをします。ミスをした時、次にやるべきは「出来うる限りの補修」なのです。人前で、ミスをした人間に怒鳴り散らす事ではありません。
補修がすんだら、次が「叱る、当人は反省する」というプロセスです。さらに進めて「原因の追求」、そして「改善」に至ります。
ミスには必ず原因があります。繰り返されるようであれば、その原因が取り除かれていないという事になります。それは個人のスキルの問題ではない場合が多いのです。経験から申し上げてミスの7割は「仕組」によって改善されます。
今まで、根性や気合いといった言葉で「ミスの許されない仕事」を強いられて来た人は、「仕組」や「プログラム」によって「ミスが発見し易い、また簡単に修復できる」環境を提唱していく必要があるでしょう。
カートを押しながらさりげなく見るのはデスクの清掃/整理状況です。また、PC画面にも素早く目を走らせ、彼らの仕事がどんなツールを使っているのかを確かめます。一瞬でわかるのかとよく質問されますが、その会社会社によってかならず「特色」があります。主にPCの使い方で一番多いのは驚く事に「手書き作業をそのままPCで行っているもの」です。解り易く言えば、表計算などの機能はほとんど使用せず、黒板に書かれたものをそのままノート代わりに打ちこんでいる、といった様なたぐいのものです。
それらはたいてい表に毒々しい色が色とりどりにつけられ、細かな字で沢山の備考が書いてあります。表計算の表に吹き出し、コメント機能が多用されている場合などがそれに当たります。それらは入力ミスが多く、毎回様式が変わるために、データとしてはほとんど役に立ちません。
現在、ほとんどの企業が何らかのシステムを導入して様々な情報を管理しています。それらは大きなデータベースです。しかし、それを最大限に利用している会社はとても少ないのです。未だに電卓を片手に集計を行っている会社は多くあります。データを活用すれば、一瞬で済む照合を、手計算で行うメリットはありません。それらの多くがやり方を変える必要がある、オールドタイプの仕事の進め方です。
デスク周りが整理されていない事は致命的で、効率の低下が見られます。例えば「あの書類を見せてください」と言った時にすぐに出てくる人間と、10分探さなければ出てこない人間の差は歴然です。その10分は残業に繋ります。「非効率」と呼ばなくてはなりません。
職場環境は整理整頓されているべきなのです。
給湯室手前に位置するデスクで熱心に画面をクリックしている彼女はサーバー内にある目当てのフォルダにいきつくまでに実に8つもフォルダをクリックしました。サーバー内の整理がされていない。無駄なファイル/フォルダが多い、これもまた、隠れた非効率です。
データは一元化し、出来るだけデータベースで管理するのが効率的です。8つもフォルダを開いてようやくアクセスできるデータは非効率的です。
何より、人間が覚えておける事には限界があります。
「気をつける」「忘れない」という事は仕事の進め方としてあいまいであり、不確かなやり方です。何らかの機械的方法によってアラームを仕掛けておく、安全装置を組み込んだ仕事のやり方が望ましいでしょう。
まだ怒鳴り声を上げている男性のデスクは紙と沢山のファイルで埋まっており、作業スペースはノートPCの周り数cmといったところ。そこにはどうやらこぼした珈琲で茶色く色がついた用紙がちらばっており、珈琲カップが乗せられています。これは問題だ。私は再び心のメモをとって、その他のデスクにも目を配ります。全てを素早く。私が彼らを観察していると悟られてはなりません。
一週間程の清掃活動をしながらの調査で、ミキタニ家具の抱える問題が徐々に明らかになってきました。ミキタニ家具は創業50年を数えようかという老舗の家具メーカーであり、その古いながらもしっかりとした造りの家具が長年受け入れられてきました。しかし、昨今では目新しいもののないミキタニの家具は海外輸入の安くてお洒落な家具に押され、徐々に業績数字が下がり、人員整理を行う必要があるところまで来ています。
ものづくりに私は口を出す事はできません。クリエイティブな部分はその会社のオリジナルであるべきです。指針となる指摘はしますが、結局「売れるものを作る」のは自社の努力でしかないのです。
ミキタニ家具の問題点として大きなものは三つありました。
まず、整理整頓がなっていない人間が多いという事が第一。困った事に、誰からも苦情を言われる事のない役職クラスの人間が整理整頓が出来ていないようです。
次に、紙媒体の使用が多い。という点です。
誰もが気軽に情報を印刷し、手書きでそれにあれこれと書き散らかし、そして「機密文章」の段ボール箱にそれを入れて行きます。機密文章を処理する業者は数多くありますが、けして安価ではありません。まず、「印刷しない」ことから。
ペーパーレスはもっとも初歩的なコスト削減の一つです。
しかし、最大の問題と思われたのは、どの部の予定表を見てもびっちりと「会議」の文字が書き込まれていたことです。
イントラで会議室の予約状況を見せてもらったところ、驚くべき事に毎日が満室の状態でした。自社ビルで、会議室を10もかかえる会社の社員が毎日、無駄に顔をつき会わせて一日中「意見交換」を行っているのです。
まずは会議、何はともあれ集まって話し合おう、それは一見、民主主義的な発想ですが、会議というのは魔物です。
集まって話すという事は必ずしも良い結果を生み出すとは限りません。そして、非常に厳しい意見となりますが、企業とは社会的貢献などをのぞき、営利を追求する団体です。結果をうまない会議は無駄という事になります。
コスト削減の考え方の基本は、全て数字、具体的には金額に直す事です。単純計算でかまいません。まず、この会議の費用について考えてみましょう。
月給50万円の重役10人が日に2時間会議に参加するとします。月給を時間給に直すと50万円÷20日(通常の月度勤務日数)÷8時間(一般的な基本労働時間)で、3,125円。約3千円がこの重役達の時間給となります。その時間給を人数と時間でかけます。10人×3千円×2時間×20日(通常の月度勤務日数)=1,200,000となり、実に120万円ものコストがひと月あたりの会議に当てられている事になります。これは純粋な人件費の数字ですが実際には使用する部屋の照明、空調など、さらにコストがかかっています。何よりその10人が日々2時間で行うことの出来る通常業務が全く出来ていない事を考えれば、これは120万円どころのコストではなくなってきます。
この計算は多少乱暴な例ですが、この様に会議には多大な人件費がかかっています。会議を多く持つ事で最も恐ろしいところは、「結論が出ない事の日常化」であると私は考えます。今日決まらなくとも明日のあの会議でまた話し合えば良い。
そう言った風潮は企業に怠慢をうみます。怠慢は良い「製品」をうみません。
決まらない会議がずるずると行われ、問題の回収に繋がりません。
会議を行う時、必ず議題となった問題に期限を設けます。すぐに実践が無理な計画は段階を踏んで終結させます。
期限を設ける、これは仕事において非常に重要な点の一つです。
以上のような骨子のレポートをまとめ、いくつかの改善案を提唱しました。
TVで見るような、劇的なビフォア、アフターはなかなか起こりませんが、企業が上手に営利を追求し、福利厚生を充実させ始めた時、不思議と業績は上がります。
数日後、私の元に一通のメールが届きました。ミキタニ家具の常務から丁寧な御礼の文章が連ねてあり、指摘した事項をこのように改善した、との報告がありました。
『先生のご指摘通り会議をへらすべく、まず会議のためのミーティングを開く事に致しました。議題を挙げてゆき、議論すべき内容を決定するものです。これによって議題がより明確となり、会議にかかる時間が以前に比べ、2割近く減りました』
私はその文章を二度読み、少しばかりがっかりして、新たな改善策を模索し始めました。ミキタニ家具が過剰な会議を廃止し、業績不振を打破する日はまだまだ遠いようです。
(投稿者:羽佐木隺子)
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【事務局より】「第1回 誠 ビジネスショートショート大賞」の一次選考通過作品を原文のまま掲載しています。大賞や各審査員賞の発表は2012年10月17日のビジネステレビ誠で行いました。