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技術者と政治家と。どちらもプロでなければ事態は収拾しない。

技術者と政治家と。どちらもプロでなければ事態は収拾しない。

島田 徹

株式会社プラムザ 代表取締役社長。システムコンサルタント。1998年に28歳で起業し、現在も現役のシステムエンジニア、コンサルトとして、ものづくりの第一線で活躍しつつ、開発現場のチームとそのリーダーのあり方を研究し続けている。

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理系的な、あるいは経済学的な視点から言えば、すべての情報は完全にオープンにされることが、トラブルの被害を最小限に抑える方法であると考えられがちです。

しかし、これは現実の社会では、多くの場合、当てはまりません。

たとえばよくある話。

出前を頼んでいたきつね蕎麦がなかなか来ない。そこで電話をかけて

「もう1時間も待ってるけど、まだこないよ」

というと、おかみさんが

「ああ、ごーめんなさいっ。今出たところ...!」

と答える。本当は、店内がごったがえしていて、まだ蕎麦が出来上がってないにしても。

このとき、本当のことを言ったらどうなるのでしょうか。

「すみません、急に団体さんが入ってきて、そちらのお客様の4名の方が同じきつね蕎麦だったので一緒に作っているんですけど、やはり5人前一緒となると、どうしても時間がかかってしまって...。カレーとか頼まれたお客さんもいて、そっちは簡単なので先に出しちゃってるんですけど、カレーでもそれなりに時間はかかるんです。」

こんな風に正直に言うと、

「知るかボケっ。こっちのが先だったんだから、こっちの1人前だけを先に作れや!」

となるでしょう。

こちらのお客さんの言い分は正論なのですが、しかし、それをやれば同じだけの仕事量を回せなくなってしまうのは、蕎麦屋の方がわかっています。効率を考えずにオーダーを受けた順に作っていたら、赤字経営が続き、蕎麦屋はいずれ倒産。多くのその蕎麦屋の利用客の効用を下げてしまうわけです。

おかみさんが、お客さんの納得しやすい適当な嘘をつく。それはある意味仕方のない方便です。


▼一般に理解されない高度な内容は説明しても無駄

先の例は、蕎麦屋も客もレベルがある意味一緒で「お互いがお互いの立場や状況を想像しやすい」簡単なパターンでした。

この場合、「本当のことは、言わない方がお互いにとっていい」というだけの状態ですが、これが一般人がなかなか理解できない専門性の高い業務を行っている会社とその顧客の関係になると、「本当のことを言っても意味がない」状況になります。

今注目されている原発の開発や操業とは比較にもなりませんが、コンピュータシステムの開発・保守を行っている弊社でも同じような緊急性の高い障害対応は間々あります。

専門性が高く複雑な業務は、いくら詳細に説明しても顧客には理解されません。理解されない情報を垂れ流しにすることは、その労力が無駄になるだけで顧客にはなんのメリットも与えられないということです。

もちろん何か顧客側に協力を求める必要がある場合は、その部分に関しては最低限の説明が必要です。原発の話で言えば、放射線量の発表は、それは重要な意味があります。

しかし、そうでない部分に関しては本気で専門的な説明をすればまず納得してもらえないですし、理解できないということで逆に怒りを増幅させてしまう可能性もあります。

「ベントとか何とかプールとか、わかんねえよ!!いいから早く直せよ!」

という感じです。

また親切心をもって、デフォルメしたわかりやすい説明をすると、「じゃあこうすればいいんじゃない?」とかの提案を受けたりして、そのデフォルメされた世界と現実との違いを説明するのに四苦八苦することになったりします。

時間に余裕のある障害事案であれば、顧客を交えた対策会議を行って徹底的に説明してもいいのですが、一刻を争う障害であれば、我々技術者(技術会社)はとにかく状況を正確に把握して、現象を再現させ、原因を突き止め、収束させることに全神経を集中させるべきです。

きちんと収束したら、事後的に始末書や障害報告書を提出し、もし運営会社側に不備があったのであれば、賠償についても誠意を持って話し合わせていただく、と。

これが障害対応の基本というものです。


▼重要なのは、過去から培ってきた信頼関係

しかし、この基本をスムーズに進めるには、2つのポイントがあります。

まずは、保守窓口の担当者と顧客担当者との揺るぎない信頼関係が築けていなければならない、ということです。

これがないと、障害を収束させようとチーム一同奮闘している最中に、「まだかまだか」「今どうなってる」「原因はわかったか」「いつなおるんだ」と電話が鳴り続けます。

これを「私を信じて待っていてください。現在、最善を尽くしているので。」と言えるかどうかは、これまで築いてきた信頼関係によります。このお願いが通れば、電話は止まり、仕事は3倍速くなります。

ウチのような小さい会社ですと、この手の話はすぐ私に回ってきまして対応するのですが

「社長が言うなら、わかりましたよ。待ちます。ただ、今日中になんとかならないと、大変なことになります。そのときは、覚悟を決めてもらわないといけないですよ。」

「了解しました。必ずなんとかします。」

と、こういうやりとりが必要です。これが「責任を持つ」という意味であり、これは技術者ではなく政治家の役割です。

技術者の私は「必ず」「絶対に」「100%」などという言葉は使いませんが、社長の私は使います。半分は技術者の視点からなんとかなると思っていますが、残り半分は、なんとかならない時はどうするか、を考えています。

※原発の問題の場合は、過去にこのような経緯から「原子力損害賠償法」なる法律ができたのかも知れません。しかし、その責任とはただの大風呂敷であり、それによって急進的な反対派との議論を収束させる狙いがあっただけだったのではないでしょうか?


▼作業者の矢面に立つ覚悟

もう一つのポイントは、顧客が作業者に直接話しかけたり、プレッシャーをかけられない状態を死守するということです。

「私、昔プログラムかじったことがあるんです。ちょっとプログラマーと直接話させてもらえませんか?」

とか

「もういてもたってもいられないから、そこ行くわ。丸椅子ひとつあればいいですから。」

とか、最悪なわけです。これは窓口をやっている担当者や上長、はたまた社長が全力で阻止しないといけません。プレッシャーをかけられることで作業上の利点は何もありません。

逆にプログラマーがtwitterとかで

「あー、これ原因じゃなかったよ-。3時間無駄になった。てんでわからん。松屋で牛丼食って頭を整理しよう。」

とか、ずるずると現在の状況やら悩みを全世界に垂れ流ししている、なんていうのもあってはなりません。

政治はある意味、お芝居みたいなところがあります。それを裏方のスタッフが舞台裏のドタバタを明かしたら、役者は演じることができなくなってしまいます。そういう意味では、今の時代は、環境的に「役者が演じにくい世の中」であると思いますね。


さて、以上、舞台を弊社に想定した規模のきわめて小さい話をさせていただきましたが、この小さい世界をまず100倍くらいに広げ、その世界を50個くらいアメーバ状につなげた世界が、今繰り広げられている東電の原発事故対策の現場だと思います。

ここまでの規模の舞台で大鉈(おおなた)を振るえる役者が一切居ないのと、情報公開へのプレッシャーが激しすぎて情報の交通整理ができていない。そして、「大丈夫だと言っていたのに大丈夫じゃなかった」ということで苛立った顧客から、裏方スタッフへ繰り広げられる容赦ない直接攻撃。

今はこういうゆゆしき状態です。

この混沌は、原発事故が物理的に引き起こす障害そのもの以上に事態を混乱させています。

日本にはこのようなトラブルを「政治力を持って」収拾できる人もいなければ機構を作る能力もないようです。東電がやるのではダメです。強い政治家が先陣を切って対応しなければいけません。

政府はフランスやアメリカからプロフェッショナルなチームを呼んでみたようですが、彼らを調整してうまく使えるのかどうか、はなはだ不安ではありますね。プロを使えるのはプロだけです。