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プログラマとキャリアパス

プログラマとキャリアパス

島田 徹

株式会社プラムザ 代表取締役社長。システムコンサルタント。1998年に28歳で起業し、現在も現役のシステムエンジニア、コンサルトとして、ものづくりの第一線で活躍しつつ、開発現場のチームとそのリーダーのあり方を研究し続けている。

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プログラマは、30過ぎたらお客さんに提案できるようなシステムエンジニアになっていくべきだ。

そして、遅くとも35にはマネジメントを勉強し、何人かのチームをまとめていくような仕事を目指していくべきだ。

会社のメンバーが5人、6人と増えてったとき、私はそんなことを言っていました。

リーマンショックの前は社員が15名ほどいて、その頃はチームを3つに分け、出来るプログラマに各チームのリーダーをやらせて、メンバーの勤怠管理をさせたり、教育をさせたりしていました。

しかし、これはまああまりうまくいきませんでしたね。。

これはそもそもが、私の持つステレオタイプな『エンジニアの進むべきキャリアパス』の方に問題があった気がします。

いや、出来るエンジニアがみなそういうキャリアパスに興味があり同意できるならよいです。

そのためのマイルストンを私から次々指示することもできますし、社員の方からもその期待を超える結果を出すこともあるでしょう。

しかし、特にそんなルートをよしと思っていない人にとっては、ただ指示を待って、言われたことの6割、8割を形式的にこなすだけになりがちです。そしてじわじわと技術者としてのモチベーションを下げていきます。

腕の立つプログラマは、基本的にいわゆるドキュメンテーターなどと揶揄されるシステムエンジニアという職業に嫌悪感を抱いている人も多いですし、人をマネジメントする煩わしさを避ける一匹狼タイプも多いです。

これは悪いことではないです。

そういう仕事を避けても社会に価値を生み出していけるなら、それは給料をもらうだけの確かな価値のある生き方です。

そういうプログラマに「そろそろ君はコードを書くのをやめてエクセル方眼紙をやろう」「30代も中盤に入ってきたのでそろそろマネジメントに進んでいこう」と言っても、「うへぇ」と思われるだけでしょう。

そう考えるようになって、私はエンジニアのキャリアパスを一つに固定しないようにしました。プログラマはプログラムをやりたいならずっとプログラマでいいじゃないか、と。

これは投げやりでも諦めでもなく。

技術的なキャリアを積んだプログラマがシステムエンジニアやマネージャに適しているわけではないですね。

また同じキャリアパスを目指していても、時期は人によってマチマチでしょう。自由に考えればいいと思います。

そのために一昨年あたりに給与規定を変更し、多様なキャリアパスに対応できる柔軟な査定評価シートを作りました。ブドウはいろいろなのが用意されているけど、取って食べてみるかどうかは自由だと。


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会社は、大きくなってくるとどうしても他のなんとなく凄そうな会社の真似をしてしまうものです。

ワークスペースに私物PCやフラッシュメモリの持ち込みを禁止したり、休憩時間を厳密に管理したり、日報をつけさせたり。

キャリアパスのルートを敷くという次元の話ではないですが、こういう一つ一つを「ちゃんとする」ことによって、会社のパワーというのは次第に失われていく気がします。

反省しつつ、頑張って「ちゃんとしない」ようにしています。