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【GW中特別企画】『週刊 ダイヤモンド』創刊号に見る100年前の日本

【GW中特別企画】『週刊 ダイヤモンド』創刊号に見る100年前の日本

広報女子部 部長

「広報女子部」発起人。美容室広報担当。中小企業の中での広報活動に限界を感じ、広報の集まりである「広報女子部」を設立。月1回の勉強会を通じて、他社の広報との情報交換をしている。

当ブログ「誰も書かなかった、広報女子部ログ」は、2015年4月6日から新しいURL「​http://blogs.itmedia.co.jp/703mix/」 に移動しました。引き続きご愛読ください。


2013年5月10日で週刊ダイヤモンドが創刊から100周年を迎えます。
先日、日比谷図書文化館で実施されたイベント「創立100周年 ダイヤモンド社のビジネス情報100年とこれからの100年」に参加させて頂きました。

そこで頂いたダイヤモンド創刊号(復刻版)に、「100年前の日本を見る」と題して、ブログを書いてみようと思います。

ダイヤモンド.jpg
■やんちゃな若い力が日本を変えていく

『ダイヤモンド』創刊者の石山賢吉は、学生時代から『三田商業界』を創刊。当時、石山は慶応義塾商業学校(2年制の夜学)に通っており、『三田』などと名前がついているため、いかにも慶応義塾の後ろ盾があっての創刊のように見えます。しかし!なんとやんちゃな彼らに慶応義塾は公認することなく、非公認で雑誌は創刊しました。そして、非公認であるはずなのに、毎号、渋沢栄一、高橋是清、大隈重信といった名だたる政財界人の寄稿、談話を集めたという力強い動きをしています。

先日、現役明大生がファッション誌『N Magazine』を創刊したということがありました。これにしても、エッジが効いている!と評されたわけですが、100年前の日本人はもっとすごい。型破りな「え?そんなこともやっちゃうの??」ということをやってのけているのであり、まだまだ今の自分たちはチャレンジが足りないのだと思いました。

今回の100周年イベントで、わたしは100年前に活躍した人たちから、今の自分たちに対して"勇気"をもらいました。わたしが努力していることなんて、彼らの足元にも及ばない。もっともっとアヴァンギャルドに活動してよいのだと。あとは"飛ぶ"勇気だと、思ってしまいました。

■『ダイヤモンド』は至極のネーミング

なにせ驚いたのは、100年前から『ダイヤモンド』が『ダイヤモンド』ということです。100年前の日本でこのアヴァンギャルドな洋語を使うということがすごいです。『ダイヤモンド』という名前が一見して"経済誌"としてわかりにくいこの名前を創刊後から第一次・第二次世界大戦前後も使っており、時代背景を考えると、ますますこの名前は凄みを増します。

創刊時は、雑誌が売れることが先決であるため、内容が経済誌と推測できる名前をつけることが普通であるのに、まったく関係ない『ダイヤモンド』をつけるところが、またすごい。実際のところは、やはり経済誌だと受け止めてもらえず、ダイヤモンドの文字の下に「経済雑誌」という文言が注釈で入ります。創刊号にはありません。しかし、創刊号から『ダイヤモンド』の表題の後ろは"そろばん"が描かれており、感慨深いです。

■時代の寵児は英語に強い

そして、『ダイヤモンド』というハイカラな名前をつけたのは、池田藤四郎。この方は、ある書籍の翻訳で150万部を当時の日本で売り上げたとも言われる、すごい方だそうです。その話は後でするとして、この時の寄稿メンバーは外国語に強かったそうです。

海外の本の翻訳が出ると、その和訳の間違いを指摘するコラムなどもあり、人気を博していたそうで、情報の源は日本国内だけでなく、常に海の外にも目が向けられ、適切に発信されていたことが本当にすごいと思います。

■100年前からテッパンの『もしドラ』スタイル

ベストセラーになった『もしドラ』。この『もしドラ』もダイヤモンド出版ですが、その『もしドラ』スタイルは、100年前の創刊時からあったそうです。機会工学のエンジニアだった米国のフレデリック・テイラーは、1911年、ニューヨークで"The Principles of Scientific Management"(日本では『科学的管理法』)を出版しました。これによって彼は"経営学の父"と呼ばれるようになります。

先に出た『ダイヤモンド』というネーミングをした池田藤四郎ですが、この『科学的管理法』をわかりやすく人々に伝えるために『もしドラ』スタイルを採り入れた『無益の手数を省く秘訣』を出版。この本は、14歳の少年が、父親が突如抱えた負債により町工場の工員になるところから始まるそうで、その仕事の過程で「いかに仕事を効率良くこなすか」ということを研究していくことが綴られており、150万部の大ベストセラーになったと言われています。"むずかしいことをわかりやすく伝える"はどの時代でもテッパンの悩みで、それ故にテッパンの手法があるようです。
『科学的管理法』につきましては、絶版されていたものが2009年よりダイヤモンド社より新訳が出たとのことですので、ご興味がある方はどうぞ→)

■100年前から変わらないもの・変わるもの

ダイヤモンド2.jpgこのイベントで頂いた『ダイヤモンド創刊号』は、興味を持ちそうな人がいるさまざまな飲み会に持参しました。
創刊時の編集人の勢いの良さや、物怖じしない態度、そして継続していくことなど、イベントで聞きかじったことを皆にも共有し、最後には「自分たちはもっとできる。先人たちはこんなにできたのだから」と締めくくる。もちろん、石山賢吉が才能があってやったことだとは思うけど、それにしても今の自分たちはまだまだチャレンジが足りないな、などと思います。

失敗してもいいから、とは言わない。でも、失敗するかどうかはともかくとして、チャレンジだけは続けなければならない、と思います。

何故ならば、創刊号を見ていると、株の買い方が書かれ、チラシやカタログなどの販促物の効果について語られ、今と共通のテーマはたくさんあり、これらの内容は今のものと差異ありません。(右図は中身の一部ですが、上の記事は「チラシその他の広告」について書かれ、下の記事は、株についての記事ですが「同じ事に又失敗」と書かれています)

人間は常に同じような行動を繰り返しており、100年経ったからといって、その本質はあまり変わらないことがわかります。本質は変わらないのであれば、後は変えられるのは、わたしたちの行動だけであるからです。しかし、その行動も思う存分やったところで、大方のところは大きな歴史の流れからするならば大したことがないものなのだと思います。で、あれば、今の時代に頭をさんざんひねって、やれるところまでやりたいな、とGW中の青い空を見ながら思うのでした。

<参考情報>
・Kindle版のみAmazonで購入可能です。
 「経済雑誌ダイヤモンド」創刊号 1913(大正2)年5月10日発行 ダイヤモンド社創業100周年記念復刻版 
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