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【著者に訊く】「なぜ景気が回復しても給料は上がらないのか」倉重公太朗氏インタビュー 1/2

【著者に訊く】「なぜ景気が回復しても給料は上がらないのか」倉重公太朗氏インタビュー 1/2

眞山 徳人

ベルギービールをこよなく愛する公認会計士。座右の銘は「できるときに、できることを、できるだけ」。

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こんにちは、今回もお読みいただきありがとうございます。

アベノミクスの効果で、景気が上向いているという報道が増えてきていますね。

しかし本当に景気が増えたということを生活の中で実感できる機会はほとんどありません。円安や原料高騰をはじめとした値上げ圧力で、むしろ生活は苦しくなっているような気がする、という人も多いはずです。

端的に言うと、「景気は良くなったというが、給料増えてないぞ?」というのが、普通の感覚だと思います。


そんな中、7月30日に労働調査会より発売されたのが「なぜ景気が回復しても給料は上がらないのか」という本です。



景気と給料の関係は、表面的には経済学の範疇で扱うものですが、今回この本を書いているのは3名の弁護士です。労働法が私たちの給料、あるいは雇用を硬直化させたり、様々な「ひずみ」が生じていることを分かりやすく説明してくれている本です。

いつもどおり書評を書こうとも思いましたが、これだけホットなテーマを扱った本ですから、ただ書評にしてももったいないなぁ、ということで、思い切って著者インタビューを敢行しました。

というわけで、今回は著者代表で倉重公太朗氏(弁護士)との対談をご紹介します。


  • 法律は常に正しいのか
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――今回、執筆にいたった経緯を教えてください。

私たちは労働法を専門とした弁護士として、企業の依頼を受けて、裁判の案件、あるいは裁判にいたらないまでも企業内で生じる案件を多く取り扱っています。

当然労働法に照らして正しい処遇ができるように力を尽くしているわけですが、そのような案件に携わっていると、疑問を感じざるを得ない場面にしばしば出くわすのです。たとえば、定時まで一生懸命仕事をして、きっちりと帰宅できる優秀な社員には残業代が出ず、いっぽうで昼間はコンピュータの「ソリティア」に精を出して、夕方から夜遅くまでダラダラ残業している人には残業代を出さざるを得ないケースもあります。

何故こんなことが起こるのか。それはやはり、労働法そのものに問題があるのではないか?そういう思いで執筆に至ったわけです。



――本書は労働法を専門分野としている3名の弁護士の共著になっていますが、皆さん同じようなご意見のもとに本を書かれたのですか?

3名とも使用者(企業)側の弁護士だが、この本に関しては企業だけのためではなく、広く社会のためという観点からみた労働法の将来像を書こう、という思いで集まりました。もちろん細かい部分で、制度のあるべき姿についてははじめから同じ意見を持っていたわけではなく、時にはかなり激しい議論をしました。また3名で激論を交わしただけではなく、行政の担当者や労働組合の人などへの聞き込みも行いもしました。その過程を経て3名の意見はよりよい形にまとまったという手ごたえはあります。


――なるほど。企業のためではなく、広く社会のため、というのは素晴らしい意気込みだと思いますが、そもそも「社会のあるべき姿」としてはどのような像を描いたのでしょうか?

大きく2つのポイントがあります。1つ目は「頑張っている人が正当に評価されて、賃金や待遇に反映されること」です。2つ目は「退職、転職を気軽にできる社会」。思い切って言えば、『イヤならやめる』という判断がしやすい社会にしたいと思っています。

特に2つ目について、現状の法体系では、むしろ転職のチャンスを奪っていると言えます。採用した会社に入ってみて、定年まで幸せという人も中にはいますが、これからは多数派ではなくなってきます。大半の人は、同じ会社にいるとしたら嫌々ながら働くことになるのだろうと思います。

自分のキャリアを考えたときに、そこが思い通りの会社、あるいは思い通りの部署ではない場合には、転職を繰り返して天職にたどり着くというのがあるべき姿なのではないか、ということです。


――倉重さんは海外の法体系にも詳しいそうですが、日本とはどのように異なっているのでしょうか?

実際に韓国やタイに調査に行ったり、欧米の労働法の研究もしています。

アメリカは非常にシンプルで、人種差別などの極端な例を除いては、解雇が原則自由です。フランス・ドイツなどでは程度の差こそあれ、解雇の金銭的解決を可能にしていて、その制度は東南アジアでも普及しています。

日本の裁判では、和解に落ち着かなければ「解雇が有効か無効か」を争うことしかできないため、例えば裁判で10年争ったあとに、労働者側が勝訴して復職する、ということが起こりうる。このようなことがあるから、事実上日本の企業は解雇をしづらくなっていくのです。



  • 雇用流動化は「解雇自由化」ではない

――うーん。。。ということは、解雇しづらい、という状況に対して懸念を抱いているわけですよね?確かに本書では大きなテーマとして、雇用流動化を提唱しています。雇用流動化というキーワードに対して、多くの方はアレルギー反応を示しているような気がしますが、倉重さん達は敢えて雇用流動化を推進すべきと訴えているのは、何故なんでしょうか?

何より問題なのは、雇用流動化を「解雇自由化」という文脈で用いられることです。メディアを見ていると特にそういう表現が多い気がしますが、正直、それは正しくない。もちろん、解雇の要件を緩和することも内容には含まれていますが、それ自体を目的としたわけではないのです。

解雇の要件緩和は、いわば「出口」の開放です。雇用流動化は、同時に「入口」つまり採用の間口を広げていくことも含めた考え方だということを理解するべきだと思います。



――確かに定年年齢の引き上げなど、労働を提供できる期間は少しずつ長期化していますが、一方で企業の寿命は少しずつ短命化しています。そういう意味では、「入口」の拡大を含めた雇用流動化というのは、必要な考え方なのかもしれませんね。ちなみに、高度経済成長期に整備されたこれらの法体系が、社会がこれほど変わったのにもかかわらず改められない、これはいったい何故なんでしょうね?

高度経済成長期は、当然日本の経済は強かったわけですが、今でも日本経済は相対的には強さを維持しています。言ってみれば、過去の遺産を食いつぶすことでやっていけている時期ではないかと思います。しかし、それがずっと続くわけではない。
今は整理解雇も企業がだいぶ追い込まれたタイミングにならないとできない。会社を立ち直らせたり、新しい成長戦略を描いて成長産業に人を流入させるためには、本来はそれでは遅いのかもしれません。今後、人員整理に関して遅きに失したがために倒産するという事例が加速度的に増えてしまうのではないか?、人材が滞留し、成長産業に人が集まらず、国際的な競争力が失われてしまうのではないかという懸念をしています。
だからこそ、早めに労働力の移動を可能にする雇用流動化が大事ではないか、と思うのです。

※インタビューの続きは明日アップいたします。




  • インタビュー(前半)を終えた感想

倉重氏の話を聞きながら私が思い出していたのは、大学生の就職活動を題材にして直木賞を受賞した「何者」という書籍であった。

就職活動が人生にとって大事なイベントだというのは今昔変わらない話だと思うが、それにしてもここ十数年の就職活動の環境は、厳しい側面が多い。

100社をゆうに超える企業にエントリーシートを提出し、何とかお呼びがかかったところで課題や面接を受け・・・内定を得た企業の「第●希望」には、いったいどんな数字が入るのかも分からない。これをお見合いに置き換えたらどうだろう。本当に結婚に至った相手と死ぬまで添い遂げることができるだろうか?

ここまで就職活動が大変なのは、言うまでもなく「募集している席」と「応募している人の数」が全くつりあっていないから、なのだが、さらにその原因を考えたとき、「解雇しづらい会社」あるいは「解雇しづらい社会」というものが浮かび上がってくる。どうせ解雇しづらいから、あまり採用はすまい。あるいは解雇できずに居残っている従業員が多すぎて、採用の枠をとれない。本書を読めば、そういう事情が透けて見える。

解雇をしづらくしている規制。その存在理由は、かつては的を射ていた。労働者の生活を安定させることである。

しかし、今ではどうか。20年ほど前の「就職人気企業ランキング」上位100社に名を連ねていた会社のうち、実に3割ほどが統廃合をしたり、上場廃止をしたり、あるいは経営破たんに陥っている。「労働者の生活を安定させる」その義務を単一の企業に負わせるのは、もはや酷な時代になりつつあることの、ひとつの表れだろう。だとすれば倉重氏らが提唱する「入口を拡げた上で、出口を拡げる」雇用流動化は、陽の目を見るべき考え方だろうと、私は思う。

※インタビューの続きは明日アップいたします。