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【著者に訊く】「なぜ景気が回復しても給料は上がらないのか」倉重公太朗氏インタビュー 2/2

【著者に訊く】「なぜ景気が回復しても給料は上がらないのか」倉重公太朗氏インタビュー 2/2

眞山 徳人

ベルギービールをこよなく愛する公認会計士。座右の銘は「できるときに、できることを、できるだけ」。

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こんにちは、今回もお読みいただきありがとうございます。

前回のインタビューに引き続き、今回も弁護士の倉重公太朗氏に話をいただきました。

前回は労働法のひずみが生じている背景などについて伺いましたが、今回は、新しい労働法の姿として、倉重氏らが提唱している7つの処方箋について、詳しい考え方を伺っています。




  • 勤労意欲を引き出すためには
――本書では労働法のひずみを解消するための「7つの処方箋」が書かれています。やはり雇用流動化のための施策についてページが割かれているようですね。「入口(採用)」と「出口(解雇や退職)」の両方を拡大するための施策が多いのですが、この処方箋を実現する前提として、やはりセーフティネットの拡充が大事なのではないでしょうか?

その通りだと思います。

例えば「ベーシックインカム」という発想がありました。生活に最低限な支給があれば確かに安心して転職することができるでしょう。しかし、肝心の勤労意欲をそいでしまうことがありうるので、例えば今の失業保険制度の給付期間を、勤労意欲が確認できる人にのみ延長するとか、あるいは失業した人に対して給付つきの職業訓練をする場を提供するなどの工夫をしないといけないと思います。

※ベーシックインカムとは、生活に必要な最低限の給付をすべての国民に対して行うという社会保障の形態。

また、働き方は雇用に限られたものではありません。例えばデザイナーなど一部の職種ではではインディペンデント・コントラクター(個人事業主)という形態があります。ハローワークは求人案件を紹介するだけでなく、このような個人起業の支援ができる仕組みも持てば良いのではないかと思っています。


――ハローワークが起業を支援というのは、新しい考えですね。

「出口」と「入口」の双方を監督する機関という意味でハローワークの果たす役割が大きいわけですからね。もちろん、起業支援には特別な知識が必要なので、ハローワークから民間への業務委託をするなどの落としどころになるのではないかと思います。



  • ホワイトカラーエグゼンプションを見直す
――本書では、いわゆる「ホワイトカラーエグゼンプション」の導入も提唱していますね。

ええ、ホワイトカラーエグゼンプションは、第1次安部政権時代に提案されたのですが、「残業代ゼロ法案」とマスコミに評されてうまくいきませんでした。想定している年収が400万円以上と、かなり広範囲に影響が及ぶことも反対論を多くしたのではないかと思います。

しかし、現実問題として、収入の多い人は就労時間の対価として金銭を受け取るわけではなく、成果に対して金銭を受け取っているような方が多いのです。単純作業であれば、作業時間と成果は比例しますが、いわゆるホワイトカラーの方は、長時間働いたからと言って、無条件に賃金を多く支払うのはやはり馴染まない。現に、モルガンスタンレー事件という、高所得者に対しての時間外手当の支給は不要と判断されたケースもあります(※)。

もちろん長時間の労働に対する健康を害するリスクは別途ケアする必要がありますが、ある程度高給の方については時間に応じた賃金支払いでなくとも不都合はないのでは?と思っています。

※ モルガンスタンレー事件とは、年間2000万円の給与と5000万円のボーナスを受け取っていたモルガン・スタンレー・ジャパンの元従業員が、さらに超過勤務手当の支払を同社に求めて争った事案。元従業員の請求は棄却された。


――第1次安部政権時の教訓を活かして、本書では1000万円という収入の閾値を設けていますよね。これだと逆に対象者が少なくて、ほとんどの人にとって無関係な制度になってしまう気がしますが、どうでしょう?

確かに対象は少ないですね。しかし意識改革の第一歩として、まずは対象が限られていてもいいので制度を導入すべきである、と私は思います。古い制度を見直す必要があるんだ、という意識づけができることに、意義があるのではないでしょうか。

また、実務的には、マクドナルド事件以降、【名ばかり管理職】問題がクローズアップされ、残業代を支払わなくても良い管理監督者の範囲が裁判上相当狭くなっていますし要件も不透明です。そこで、まずは明らかな年収要件を導入すべきと考えています。



  • 積極的な新陳代謝を促す仕組みを構築すべき


――本書の処方箋の中で、退職金制度や退職所得に対しての税制優遇の見直しを提唱していますね。これが雇用流動化にどうつながっていくのか、その仕組みを説明してくださいますか?

ええ、そもそも退職金の制度は終身雇用を前提としています。そしてそれを促進するために、退職金は通常の給料よりも低い税率が適用されているし、勤続年数が長いほど優遇される仕組みになっています。今では終身雇用は崩壊しつつありますが、それでもほとんどの企業に退職金制度が残っているのは、この税制優遇の存在が大きいのだろうと思います。

つまり今の税制では、同じ仕事を同じ給料で続けても、途中で転職した人は税金が多くかかる。この仕組みが雇用流動化を妨げているのでしょう。


――なるほど。ちょっと話はそれますが、税制の優遇といえば、法人税率の引き下げも話題になっていますね。あれについてはどのように考えていますか?

単に税率を下げるだけでは、給料アップや採用数の増加に繋がりません。せっかく法人税を引き下げるなら、例えば採用者の人数に応じて減税をするなど、採用を促す仕組みを取り入れて欲しいと思います。

突拍子もないように聞こえるかもしれませんが、現に今の日本企業では障碍者の雇用が義務付けられていて、一定割合の雇用ができなかった場合には課徴金が課される仕組みになっています。結果として、障碍者の労働市場は人手が足りない状態なんです。同様の仕組みを健常者に当てはめることも十分可能だと思います。



  • 若い人には、まず何より投票に行ってほしい

――色々と話をうかがわせていただき、ありがとうございました。本書では一般の人には耳慣れない法律用語や古い判例も載っていますが、いずれも丁寧な解説がつけられているので、とても勉強になると感じました。そこで最後にお聞きしたいのですが、ズバリこの本を誰に読んで欲しいですか?

企業に入って間もない20代の人や派遣や契約社員などの非正規雇用の方です。思い切って言うと、彼らは「割を食っている」人たち。本書では、必ずしも勤務態度が良くないような人でも解雇や給料の引き下げがしづらいというひずみを紹介していますが、そのしわ寄せは、新規採用の数を減らしたり、初任給を引き下げたり、という形で若者や非正規雇用者に来ているのです。

もちろん、労働法を無視したブラック企業のような存在を許すつもりはありません。しかし、労働法を遵守していればそれだけで待遇が改善され、雇用が安定化するのかというとそんなことはなく、給与は下がり続けてしまうこともありうる。その現実をまずは知ってほしいです。

そしてその現実に違和感を持ったのなら、やはり投票に行って欲しいと思っています。今回の参院選の投票率はあまりに低すぎる。若い人がもっと選挙に行けば、がらりと結果は変わるはず。若者の声で政治が変わるということに気づけば、政治家の考え方も変わってくると思います。



――どうもありがとうございました。

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  • インタビュー(後編)を終えての感想

後半のインタビューで敢えて私が意識していたのは「労働法以外のことを訊いてみる」ということであった。私たちの生活は、さまざまな法律や制度に囲まれたものであり、労働法だけを切り出して制度を論じることは難しいのではないか、そういう思いがあったからだ。

例えばセーフティネットは社会保障の話であるし、法人税率の引き下げも労働法とは分野の違う話である。しかし倉重氏はそのいずれの質問にも正対して回答をくださった。それは付け焼刃の回答ではなく、7つの処方箋を検討するうえで、色々な周辺事象を考慮しながら、練り上げられた労働法の将来像が、氏の中にれっきと存在しているからだろうと、私は感じている。

前半にくらべるとやや専門的な話が多かったが、いずれも私たちの生活に密着した話である。私たちは複雑な仕組みをじっくり紐解くことをつい面倒がってしまうが、それをおざなりにしていては、労働法や年金といった仕組みを変えることはできない。なお誤解を招かないよう、本書は専門用語や判例を避けることなく使ってはいるものの、そのつど非常に分かりやすい説明がついており、法律に疎い(私を含めた)読者にも十分な配慮がされている一冊であることを付け加えたい。

インタビューの結びに替えて、本書の前書きにある、実にインパクトのある一つの疑問文を、ここに引用させていただく。

「法律は『常に』正しいのか。」