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原子力論考(64)「自己統御感の喪失」は多大なストレスをもたらす(コミュニティ・シリーズ8)
»2012年6月13日
開米のリアリスト思考室
原子力論考(64)「自己統御感の喪失」は多大なストレスをもたらす(コミュニティ・シリーズ8)
社会人の文書化能力の向上をテーマとして企業研修を行っています。複雑な情報からカギとなる構造を見抜いてわかりやすく表現するプロフェッショナル。
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原子力論考のコミュニティ・シリーズその8です。
★ ★ ★
現代の日本人にとって「ストレス」は健康を害する要因の中でも最大級のものと言っても過言ではないぐらいですが、実はチェルノブイリ原発事故でも、ストレス障害のほうが放射能起因の障害よりもはるかに大きかったというのが国連科学委員会の結論です。
この原子力論考の(15、16、17)でもストレスの関連記事を書きましたが、今回は「コミュニティ」が重要であるという話題に関連して、もう少し書いてみましょう。
まずは、昨年の福島第一原発事故に関連して「健康を害する」ことがあるとしたら、どんなルートで起きるか、ということを構造化してみました。
(A)のルート、つまり「放射性物質」そのものによる直接の健康被害が起きる可能性は、今回の福島第一原発事故については事実上ゼロです。
と書くと、今でも怖いと思っている人はその気持ちを否定されたような気がして傷つくと思いますが、「怖いという気持ち」を否定する意図はまったくありません。「怖い」と思うこと自体はあって当然なので、堂々と怖がっていていいんです。
ただ、単に怖がるだけでは「健康状態の低下」を少なくすることはできないんですよね・・・
というのは、「健康状態の低下」をもたらすルートは(A)だけではないから。具体的には
(A) 放射性物質が直接健康被害を与える
(B) Aを軽減するための措置によって健康を害する
(C) AとBにともなうストレスが健康を害する
と、おおまかに3つのルートがあります。(B)と(C)はいずれも間接的ですが、(B)のほうはお金や栄養や運動というフィジカルなものを通した影響であり、(C)のほうはストレスというメンタルな要因による影響だという違いがあります。
たとえば(B)の例としては、
など、こういうものが該当します。(A)を必要以上に怖がっていると、こういう避けられるはずの被害に自ら飛び込んで行ってしまいます。
次の問題は(C)のメンタルなストレスです。ストレスは人間の免疫系の働きを阻害する、とよく言われますし、厚生労働省の「ストレス関連疾患(心身症)」の欄にも気管支喘息や胃潰瘍、糖尿病、心筋梗塞など、ストレスに関連していると考えられる代表的なものが上がっています。
チェルノブイリでも、地域社会にとってのもっとも大きな脅威は放射線被曝ではなく「貧困と生活習慣の荒廃およびメンタルヘルスから来る問題であった」というレポートが国連科学委員会から出ています。(→"Chernobyl: the true scale of the accident 20 Years Later a UN Report Provides Definitive Answers and Ways to Repair Lives" )
そこで、メンタルなストレスを軽減することが重要になってくるわけですが、ここで大事なのが「自己統御感」という概念です。
「自己統御感」というのは、簡単に言うと
自分の生活・行動を自分でコントロール出来ている、という感覚
のことです。
この「自己統御感」は通常、人が意識することもなく持っています。たとえば自動車を運転するときは、走っている道路の状態を「認知」して、赤信号だから止まろう、とか、先行車に接近しすぎてるから車間距離を開けよう、といった「思考」をして、アクセルその他を操作して「対処」するわけです。これを「自分で出来る」という感覚が自己統御感です。
なんの変哲もない日常を繰り返している平常時は、この「自己統御感」が維持されているため、たいてい、自分にそれがあることさえ意識しません。
ところが、大きな事件があるとその「自己統御感」が失われることがあります。
たとえば2005年4月に起きたJR福知山線脱線事故の後、兵庫県こころのケアセンターが乗客に対して行った調査がありますが、それを見ると「事故区間のJR快速に乗車するのが困難」という例が回答者の26%に出ています(毎日新聞 2006-3-11)。
「普通は事故なんて起こらない」と分かってはいても、同じ路線の電車に乗るのが怖い、というそんな状態になってしまうわけですね。
この「自己統御感の喪失」というのは非常に大きなストレス要因です。そしてそれは簡単に言うと、
自分がコントロールできない対象への恐怖
に対して起こります。災害や戦争、児童虐待にともなうPTSD、あるいは職場の「うつ」を引き起こす大きな要因でもあります。
そして原子力発電所の過酷事故はこの「自己統御感の喪失」を起こしやすい。
なぜかというと、普通の人にはなじみがないですから。
自動車なら毎日目にしますしほとんどの人が運転免許を持っていて、身近に運転者も多いですが、「放射性物質」になじみのある人なんてごくごく限られています。
そのため、ヨウ素だセシウムだストロンチウムだ、という新たな「脅威」がやってきたときに、それをどう「認知」したらよいのかわかりませんし、まして考えることも対処することもできない、という状態が起きやすいわけです。
そしてこれが自己統御感の喪失をもたらし、大きなストレス要因になる。
ストレスが重なると、①~④のルートを通じて健康状態の低下を招きます。
そこで、ストレスを減らすために「自己統御感の回復」を図る必要があるわけですが、自己統御感の喪失というのは簡単に言うと
自分がコントロールできない対象への恐怖
なわけで、逆に言えば
自分がコントロールできる対象
にしてしまえば、乗り切れるんですよ。
そのためには「コミュニティ」単位で「自律的に」ことに当たる必要があります。
(続く)
(関連記事)
"原子力論考(15)無限・無期型ストレスとの付き合い方(前編)"
"原子力論考(16)無限・無期型ストレスとの付き合い方(中編)"
"原子力論考(17)無限・無期型ストレスとの付き合い方(後編)"
■開米の原子力論考一覧ページを用意しました。
→原子力論考 一覧ページ
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現代の日本人にとって「ストレス」は健康を害する要因の中でも最大級のものと言っても過言ではないぐらいですが、実はチェルノブイリ原発事故でも、ストレス障害のほうが放射能起因の障害よりもはるかに大きかったというのが国連科学委員会の結論です。
この原子力論考の(15、16、17)でもストレスの関連記事を書きましたが、今回は「コミュニティ」が重要であるという話題に関連して、もう少し書いてみましょう。
まずは、昨年の福島第一原発事故に関連して「健康を害する」ことがあるとしたら、どんなルートで起きるか、ということを構造化してみました。
(A)のルート、つまり「放射性物質」そのものによる直接の健康被害が起きる可能性は、今回の福島第一原発事故については事実上ゼロです。
と書くと、今でも怖いと思っている人はその気持ちを否定されたような気がして傷つくと思いますが、「怖いという気持ち」を否定する意図はまったくありません。「怖い」と思うこと自体はあって当然なので、堂々と怖がっていていいんです。
ただ、単に怖がるだけでは「健康状態の低下」を少なくすることはできないんですよね・・・
というのは、「健康状態の低下」をもたらすルートは(A)だけではないから。具体的には
(A) 放射性物質が直接健康被害を与える
(B) Aを軽減するための措置によって健康を害する
(C) AとBにともなうストレスが健康を害する
と、おおまかに3つのルートがあります。(B)と(C)はいずれも間接的ですが、(B)のほうはお金や栄養や運動というフィジカルなものを通した影響であり、(C)のほうはストレスというメンタルな要因による影響だという違いがあります。
たとえば(B)の例としては、
- 内部被曝を防ぐために食材を厳選した結果、栄養の偏りが起きる
- 子供を外で遊ばせないことによる運動不足
- 冷房のない学校で窓を開けないことによる熱中症
- 「放射能を防ぐ」と称する、実際は有害な対策へ飛びついてしまう
など、こういうものが該当します。(A)を必要以上に怖がっていると、こういう避けられるはずの被害に自ら飛び込んで行ってしまいます。
次の問題は(C)のメンタルなストレスです。ストレスは人間の免疫系の働きを阻害する、とよく言われますし、厚生労働省の「ストレス関連疾患(心身症)」の欄にも気管支喘息や胃潰瘍、糖尿病、心筋梗塞など、ストレスに関連していると考えられる代表的なものが上がっています。
チェルノブイリでも、地域社会にとってのもっとも大きな脅威は放射線被曝ではなく「貧困と生活習慣の荒廃およびメンタルヘルスから来る問題であった」というレポートが国連科学委員会から出ています。(→"Chernobyl: the true scale of the accident 20 Years Later a UN Report Provides Definitive Answers and Ways to Repair Lives" )
Poverty, "lifestyle" diseases now rampant in the former Soviet Union and mental health problems pose a far greater threat to local communities than does radiation exposure.
そこで、メンタルなストレスを軽減することが重要になってくるわけですが、ここで大事なのが「自己統御感」という概念です。
「自己統御感」というのは、簡単に言うと
自分の生活・行動を自分でコントロール出来ている、という感覚
のことです。
この「自己統御感」は通常、人が意識することもなく持っています。たとえば自動車を運転するときは、走っている道路の状態を「認知」して、赤信号だから止まろう、とか、先行車に接近しすぎてるから車間距離を開けよう、といった「思考」をして、アクセルその他を操作して「対処」するわけです。これを「自分で出来る」という感覚が自己統御感です。
なんの変哲もない日常を繰り返している平常時は、この「自己統御感」が維持されているため、たいてい、自分にそれがあることさえ意識しません。
ところが、大きな事件があるとその「自己統御感」が失われることがあります。
たとえば2005年4月に起きたJR福知山線脱線事故の後、兵庫県こころのケアセンターが乗客に対して行った調査がありますが、それを見ると「事故区間のJR快速に乗車するのが困難」という例が回答者の26%に出ています(毎日新聞 2006-3-11)。
「普通は事故なんて起こらない」と分かってはいても、同じ路線の電車に乗るのが怖い、というそんな状態になってしまうわけですね。
この「自己統御感の喪失」というのは非常に大きなストレス要因です。そしてそれは簡単に言うと、
自分がコントロールできない対象への恐怖
に対して起こります。災害や戦争、児童虐待にともなうPTSD、あるいは職場の「うつ」を引き起こす大きな要因でもあります。
そして原子力発電所の過酷事故はこの「自己統御感の喪失」を起こしやすい。
なぜかというと、普通の人にはなじみがないですから。
自動車なら毎日目にしますしほとんどの人が運転免許を持っていて、身近に運転者も多いですが、「放射性物質」になじみのある人なんてごくごく限られています。
そのため、ヨウ素だセシウムだストロンチウムだ、という新たな「脅威」がやってきたときに、それをどう「認知」したらよいのかわかりませんし、まして考えることも対処することもできない、という状態が起きやすいわけです。
そしてこれが自己統御感の喪失をもたらし、大きなストレス要因になる。
ストレスが重なると、①~④のルートを通じて健康状態の低下を招きます。
そこで、ストレスを減らすために「自己統御感の回復」を図る必要があるわけですが、自己統御感の喪失というのは簡単に言うと
自分がコントロールできない対象への恐怖
なわけで、逆に言えば
自分がコントロールできる対象
にしてしまえば、乗り切れるんですよ。
そのためには「コミュニティ」単位で「自律的に」ことに当たる必要があります。
(続く)
(関連記事)
"原子力論考(15)無限・無期型ストレスとの付き合い方(前編)"
"原子力論考(16)無限・無期型ストレスとの付き合い方(中編)"
"原子力論考(17)無限・無期型ストレスとの付き合い方(後編)"
■開米の原子力論考一覧ページを用意しました。
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