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未来は僕等の手の中 -ハーバード・イノベーション・ラボ訪問記 (1)-

»2012年7月 9日
The World is all one

未来は僕等の手の中 -ハーバード・イノベーション・ラボ訪問記 (1)-

原 泰史

一橋大学イノベーション研究センター特任助手。技術開発の社会構築性やイノベーションの科学的源泉を主な研究テーマに、半導体レーザーやバイオスタートアップ、ライフサイエンス産業のことを日々研究しています。

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 イノベーションって、いったい何でしょう?

 新しいビジネスを起こすこと?誰も思いつかなかった新しい技術を創りだして、それを売り出すこと?まだ誰も見つけていない素材を見つけて、商品に仕立て上げること?ひとと人同士がより働きやすく、成果を収めやすくなるような組織を考えだすこと?それとも、熱々のカツをとき卵で閉じるのではなくソースをかけて、ソースカツ丼を作り上げること?

 いろいろな本や雑誌で、いろいろな学者や識者がイノベーションの大切さを訴えています。よくありがちな言葉に、「イノベーションは日本経済の回復に必要不可欠だ」とか「イノベーティブなこころを持つことが大切だ」など。でも、「イノベーティブなこころ」と言われても、何のことだかあまりよくわかりません。そこで、イノベーションという言葉をもう少しわかりやすく、「新しい何かを生み出し、育て、みんなに伝えること」と言い直すと、ほんのすこしだけ、(僕自身にとっては)しっくりします。

例えば、アップル・コンピュータを生み出したスティーブ・ジョブズさんは、皆が簡単に使うことができるパーソナルコンピュータマッキントッシュや、どんな場所でも気軽に音楽を聴くことのできるiPod、電話とパーソナルコンピュータを組み合わせることでよりみんながコミュニケーションを円滑に取ることを可能にした iPhoneを生み出し、育て、みんなに伝えました。それによって、アップルは多大な利益を生み出しましたし、今では世界中の街並みでiPhone を使うひとを見かけることができます。フェイスブックのマーク・ザッカーバーグさんは、映画『ソーシャルネットワーク』で描かれているように、ハーバードの学生たちが情報をやり取りしやすくするソーシャルネットワークサイト、The Facebook を作りました。そして、それを一般の人々にも使えるようにして、今では世界中の人達が、自分たちがどこで、何を見たり、食べたり、誰と会ったりしたかを、競うようにフェイスブックにポストしています。そうした人々の属性情報をもとに広告が提供され、その広告収入を収入源のひとつとして、フェイスブックは大きな利益をあげ、ついには上場さえ果たしました。

このような、新しいビジネスを作り出せることのできる企業家(エントレプレナー)を目指す人が現れ、成長し、市場で成功を収めることで、人々は新しい技術や生活様式を手に入れることができます。企業家が新しいビジネスを作り出し、人を集め、成功を収めることで、国の経済にも良い影響を与えるし、仕事を生み出す分失業者を減らすこともできる。どうやらイノベーションや企業家というものは、魔法少女のように、みんなに夢と希望を与えてくれる類の活動や存在のようです。

 では、どうやって企業家を作り、イノベーションを起こせばよいのでしょうか?魔法少女ならば、魔法の契約を取り結ぶ従者が現れて、女の子に言葉巧みに近づいて契約をすれば済む話です(『僕と契約して、魔法少女になってよ!(魔法少女まどか☆マギカ)』)。でも、企業家のもとにはイノベーションを取り結ぶ従者は現れません。彼らは自分の意思で新しい事業を考え、それを実現するための技術を開発し(もしくは見つけてきて)、事業の計画を立て、実行する能力を持つ人々を探しだして組織を構築し、いざ行動に映さなければなりません。そうして、組織と戦略を立て実行に移したとしても、イノベーションは必ず成功するとは限りません。組織を動かしていくために必要な、お金の問題、技術の問題、人とひと同士の問題は、時間が経てば立つほど増えていきます。それに、そうした技術や経験や、何よりやる気を持つ人間を探すことは、街を歩けばいろいろな種類の娯楽が用意されていて、家に居たとしても、こうしてインターネットで誰かの書いた文章やゲームでいつまでも時間を潰すことのできる現代ではなかなか難しいことです。Youtube やニコニコ動画を家やスマホで観ている時間の代わりに、イノベーションを作り出すことに時間を割いてくれる人を探して、その人達を束ねて、イノベーションを実現に導く役割を果たすのも、企業家の役割です。

 イノベーションを実現するために、企業家が一緒に働ける人材を見つけて、頭の中にあったアイデアを行動に移す。一言でいえば簡単ですが、これを実行するのはなかなか、本当に難しいことです。スティーブ・ジョブズのように、スティーブ・ウォズニアックのような、自分の頭の中のアイデアを一緒に具現化してくれる存在と出会うのは、好みの相手と結婚することより難しいのかもしれません。では、こうしたイノベーションを実現したい企業家のために、「場」を提供したらどうなるでしょうか?彼らがビジネスアイデアを考え、人を集め、情報をやり取りしやすい場所を提供したら、少なくとも、イノベーションを最初に生み出す段階での様々な困難を、少しだけ軽減し、新たなイノベーションがほんの少しだけ生まれやすくなるのではないでしょうか?

 ハーバード大学が始めた「ハーバード・イノベーション・ラボ (Harvard Innovation Lab) 」は、イノベーションを生み出すための場を学生たちに提供するための施設です。大学の技術と企業のニーズを結びつけるためのインキュベーション施設とは異なり、異なるファカルティに属する学生たちが議論をして、知識や情報をやり取りし、新しいビジネスプランを構築し、イノベーションの種として育てていけるようにするための苗床として、ハーバード・イノベーション・ラボは作られました。幸いなことに、僕自身がMITでの研究発表を終えた直後、ハーバード・ビジネス・スクール (HBS) の方にお誘い頂き、6月の終わりに訪問することができました。次回は、そのハーバード・イノベーション・ラボの様子を紹介したいと思います。